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雪原に訪れた春



■ゲームED後捏造話。ローレライと共に世界を見守るルーク















深々と雪が降り積もる夜。見上げれば降り注ぐ真白の結晶。美しい夜だと思った。




「(ジェイドはこの光景を見て、育ったんだな。)」




想い人は隣にはいない。あるのは静かに積もった雪だけである。寂しいと呟こうと、持て余した手を伸ばそうと、応える者はいない。独りの夜。




「(ジェイド・・・。)」




胸の奥が熱くなる。今の自分には大きすぎる感情だ。力を抜けば空へと舞い上がる浮遊感、鏡を見ても見当たらない自分の存在。自分は確かにあの日、死んだのだ。そこまで考えて、ルークは苦笑いを浮かべた。死んだ、という表現は不適切のように思われたのだ。今もこの世界には、確かにルーク・フォン・ファブレという存在があるのだから。ルークの意識は、二年の時を経てローレライと共にあることとなった。第七音素で構成されたルークの身体はアッシュの一部となり、ルークの記憶を持った、アッシュでもないルークでもない聖なる焔の光が生まれたのだ。だが、その意志は確実にアッシュのものである。ナタリアと共にキムラスカとマルクトの為に尽力するアッシュの姿を見ていると、これで良かったのだと何度思っただろうか。この世界を見守りたいと願ったのは、他でもない自分自身。ローレライの鍵をエルドラントの大地に差し込んだ時、既にルークの存在は消えかかっていた。だが、ただ消えるのではなく、自分の代わりにアッシュがオールドラントにいるのだし、消えかかっていた意志はこの世界に留まったのだから悲しむ事はないのだ。悲しむ事はないはずなのに。




「(どうして、涙が溢れてくるんだろう。)」




零れおちる雫を手の甲で受け止める。拭いきれない雫は温かな緑の光となって大地に染み込んでいった。止めようとしても何度も溢れる涙。しまいには苦しくなって、その場にしゃがみ込んでしまった。オールドラントに聖なる焔の光が戻ってから一年近く経ったというのに、自分のこの世界への未練の多さに、情けなくて更に涙が溢れた。




「うっ・・・っ・・・。」




凍てついた大地に何度も何度も温かな光が吸い込まれていく。生きている人間が見れば、見渡す限り一面の白にぼんやりと淡い光があるようにしか見えないのだろう。




「ううっ・・・っ、ジェイド・・・!」



「・・・ルーク?」




突然の声に、ハッとなる。振り向けばコートを身にまとった男が自分を見下ろして立っていた。




「じぇ、ど・・・?」




今まで溢れていた涙がぱたりと止まった。突然の出来事に驚いたからだろうか。




「そこにいるのですか、ルーク?」




その言葉に、ジェイドにはこの姿も声も届いていないということを知った。それでも良かった。ずっと逢いたかった男に今、逢えたのだから。




「・・・気のせい、ですよね。」



「うん、気のせいだよ。だから、こんなところにいないで早く帰れよ。」




自分の口から出た言葉が、自分の胸にちくりと突き刺さった。聞こえていないのだから、どんな言葉を言ったとしても現実では何も変わりはしないのだ。ジェイドが踵を返す。ありがとう、気づいてくれて。さようなら。元気で。どの言葉も、その背中にかけたい言葉ではなかった。胸がどんどん熱くなる。身体が鉛のように重たく感じた。熱き血潮が体中を駆け巡るような、そんな温かさ。




「ジェイド、俺はずっと、ジェイドが大好きだった。今日も、ジェイドに逢いたくてローレライに我儘言ってきた。俺にはもう、ジェイドを見守ることしか、できないんだ。」




拳をぎゅっと握りしめる。油断したせいか、また涙が溢れて来た。やはり、拭っても拭っても止まらず大地へと落ちていく。




「昔みたいに、ジェイドにからかってもらったり、戦闘中に怒られたり、できないんだ。」




遠い記憶に思いを馳せる。苦しい時、寂しい時、嬉しい時、いつも隣に居たのは。




「もう、抱き締めてもらえない、笑ってもらえない、愛してるって!・・・言って、もらえない。」



「・・・どうして。」




背を向けて止まったままであったジェイドが、ぽつりと一言。俯いていた顔を上げると、ジェイドが振り返っていた。




「どうして貴方は、私の予測しえない言葉をいつも向けてくるのですか。」



「・・・え?」



「聞こえていますよ、全て。よく御覧なさい、貴方の身体を。」




嘘だ、と呟いてから初めて感じた足に伝わる冷たさ。身体に舞い降りた氷の結晶。素肌に刺すような風。頬を伝う温かな、涙。




「な、んで・・・?」



「今朝、アニスが私の所にすっ飛んできましてね。あぁ、ご存じでしょうが、ダアトの導師になりました、アニスです。どうも預言士が、貴方が今日ここに来ることを詠んだようです。」



「ど、どういうことだよっ、ローレライ!」




声を荒げるが、呼べば聞こえた声が、ない。




「もう一つの聖なる焔の光は、ケテルブルクの雪原に大地を癒す涙を零し、オールドラントの大地に繁栄をもたらすだろう、とね。もう、預言には頼りたくなかったのですが、望みがあるのならば、と。」



「そ、んなの・・・、俺がこの世界で生きていくという証には・・・。」




空を見上げれば、その時初めてよく知った声が聞こえてきた。お前はよく頑張ったのだよ、と。確かに、ローレライの元で彼の手助けをしてきた。世界中を駆け巡り全ての音素との提携もしてきた。だからと言って、自分がこの世界に蘇るなど都合の良い話ではないだろうか。




『もういいのだよ、ルーク。我の同位体であるお前は、神々の寵愛を受けたのだ。』




身体を温かな光が包み込む。色とりどりの光がルークの周りに集まったかと思えば、吸い込まれていく。全ての音素が身体に宿っているのだ。




「だって、俺は、もうルークじゃない。ルークはオールドラントにいる!二人も・・・いらないだろ。」



「嬉しくないのですか?」



「嬉しいよ!でも・・・、俺の居場所は・・・。」



「貴方の居場所はここですよ、ルーク。」




そっと、手を握られる。手袋越しに伝わる冷たさ。幾度も求めた、冷たい指。




「貴方が言ったのでしょう?アッシュも貴方もどちらも本物である、と。」



「俺は、ここにいてもいいのか?ジェイドの所に帰ってもいいのか?」




天空に投げかけられた問いに答えるように、最後の光が吸い込まれていった。胸に手を当てれば、確かに聞こえる心音。




「あ・・・嗚呼っ・・・。」



「おかえりなさい、ルーク。」




掴まれていた手を引っ張られ、ジェイドの胸へと飛び込んだ。冷たくて、でも確かにそこにある温もり。まだ信じられなくておずおずと腕を回せば、それに気付いたジェイドがしっかりと抱き締めてきた。




「神々の前で、抱き締められるのは恥ずかしいかと思い、我慢してました。」



「・・・ははっ、何だよ、それ。」




ジェイドの胸に埋めていた顔を上げれば、ぽたりと温かな雫がルークの頬に当たった。




「ずっと、貴方が返ってくる日を待っていました。」




優しい微笑みが、ルークの瞳に飛び込む。ずっと逢いたかった、ずっと触れたかった、ずっと求めていた、ジェイドの温もり。




「ただいま・・・ただいまっ・・・!」




まだ子どもっぽさが残る少年の、ルークの身体を離すまいと、ジェイドは強く強く抱いた。









ケテルブルクに春はない。一年中雪の降る街。その街から少し離れた所に、一か所だけ春の訪れる場所がある。人一人分の大きさの場所に、ひっそりと咲くセレニアの花が、春の訪れを告げていた。






2009/03/04 ゆきがた



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