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番外編













無性に甘えたい衝動に駆られた。
あの広い胸に抱き着いて、満足するまで抱きしめてほしい。
肌に馴染んだ体温が恋しくて恋しくて。



それなのに、貴方は居ない。




さがしても、

さがしても、

さがしても、




あなたを見つけられない。






(息の仕方を忘れそうだ。)










**







はっと跳び起きる。
胸が馬鹿みたいにどくりどくりと鳴り響く。
息が荒い。頬に手をやれば、涙に濡れていた。


震える手でぎゅうっと自身を抱きしめる。


なぜ、こんなに怖いんだろう。わからない。けど、なんだかとても悪い夢を見たのは確かで。

ふと隣を見ると、居るはずの人がいない。
そっとシーツに触れると、冷たい無機質な感触しかなかった。


「せん、ぱい?」


広い寝室で自分の声だけが反響する。応えてくれる筈の人がいない。

どくん、とまた心臓が鳴る。


やめてくれ。


まるで、これは、



そうだ。





さっき見た、夢みたいじゃないか。






**




裸の躯にシーツだけ纏い、寝室から抜け出す。リビングに向かう暗い廊下が自分を拒絶している気がしてならない。


いつもは、そんなこと考えもしないのに。


リビングにいくと、そこも闇に包まれ静謐を纏っていた。

じんわりと浮かぶ涙。



どこ?

どこ?



回らない頭で必死に辺りを見回す。すると、ベランダに続く窓が開いているのが見えた。
ふんわりとカーテンが揺れている。
恐る恐るベランダの方へ行けば、手摺りに凭れながら煙草を吸う先輩の姿があった。


下だけスウェットを身につけ、目を細め、ゆっくりと煙を吐いていた。


闇夜に染まらない紅が綺麗。

濃紺の空に吐き出された白い煙が、音もなく消えていく。


その光景を、じっと見つめていた。眼を逸らすことが出来なかった。
俺の視線に気付いたのか、ふと先輩が顔を上げた。こちらに気付いた先輩が、目を見張った。


「悪い、起こしたか。」


煙草を灰皿に押し付け、ふんわりと微笑んだ。


その瞬間、俺の涙腺は決壊した。


「智也?」


俺の名を、また呼んでくれた。
安堵の涙が次から次へと溢れる。
止まらない涙がもどかしくて、眼を力まかせに擦る。


「痕が残る。」


淡く香る煙草の匂い。
擦っていた手をやんわりと取られ、抱きしめてくれた。


「どうした、何で泣いている。」


いつもの声とは違う、不安げな声が上から降り注ぐ。


直に感じる先輩の体温と鼓動が、先輩の存在を教えてくれる。


「こっ…こに、…っいる?」

つっかえながら聞けば、もっと強く抱きしめられた。


「いるよ。わかるか?」


とくん、とくん。


温もりを持つ者だけが奏でることのできる音。


とくん、とくん。


心地好いあなたの音。


「……う、ん。」


その音が、これは夢ではないと証明してくれる。




「……わかる、よ。」





悪夢はもう終わった。










end

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