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番外編
ちいさな恋人









「やぁー」


プイッと横を向いたカワシマくんに青ざめてショックを受けている由神に思わず苦笑する。
全く、小さくなっても由神は彼に敵わないらしい。



まるっとした後頭部に、俺の膝下にも満たない身長。舌ったらずな喋り方。


「まぁ、どうみても高校生には見えないよねぇ」


昼寝に耽っているたっちゃんのお腹の上でまじまじとたっちゃんを観察するカワシマくん。
どう見積もっても3歳、いや2歳かもしれない。とにかくそれくらいの年齢だ。
事の発端は俺と由神が昼飯を買って屋上に戻った時には起きていた。






****






屋上の扉を開けて、一番最初に眼に入って来たのは安眠を貪るたっちゃんの姿。
そして、次に見えたのが、たっちゃんのお腹の上でスヤスヤと眠る一人の赤ん坊の姿だった。






『……たっちゃんの隠し子?』

『なわけねぇだろ』

『だよねぇ。あの子、誰の子?』

『知るか。それより智也がいない』

『お昼取りに行ってるんじゃないのー?』

『タツの隣に弁当箱ある』

『えぇー、んじゃ便所なんじゃないのー』

『……………あの赤ん坊、制服着てないか』
『まっさかぁー、そんなわけ……………あるねぇ』

『まさか……』

『イヤー、ナイデショ。それー』


その時だった。赤ん坊が眼を擦りながら、もぞもぞと起き出した。

『うぅーん、』

眠そうに眼を瞬かせながら、キョロキョロと辺りを見回す。その顔には幼いながら、どこかカワシマくんの面影があるように見えた。
パチリ、と赤ん坊と眼が合った。純真無垢な瞳が不思議そうにこっちを見つめた。とにかく、へらっと笑ってやると、赤ん坊はへにゃっと顔全体で笑顔を作った。


『ボクー、お名前なんてーの?』

しゃがみ込み、赤ん坊と目線を合わせて聞く。







『かわちまともや!』







赤ん坊は元気よく手を挙げて応えた。
俺は由神を振り向く。すると、由神は眼を見開いて固まっていた。






****







それから数分。たっちゃんの上から降りようとしないカワシマくんに焦れた由神が、「お出で」と言ったが、その答えは「やぁー」。
後ろで密かに傷ついてる由神なんて気にも止めず、カワシマくんはたっちゃんの上で楽しそうにはしゃいでいる。


「カワシマくーん、」

「う?」

「たっちゃん好きなの?」

「しゅきー!」

満面の笑みで言ったカワシマくんに由神はもっと青ざめている。スゴいなベビーカワシマくん。


「んー、じゃあ俺は?」

ニッコリと笑って自分を指差すと、カワシマくんは複雑な顔をした。

「しゅ、しゅき…」

つ、と眼を逸らされる。

「本当に?」

笑顔でもう一度聞けば、泣きそうな顔になりながら、


「ちょ、ちょっろこわーの…」

と言った。赤ん坊でも変わらず正直だ。

「んじゃあ、ユージンは?」

その言葉に由神がピクリと反応した。

「んーとね、」

もじもじと手を合わせる。そして、ちらっと由神を見た。








「だいしゅきー」








へにゃー、と笑いながら言うカワシマくんに由神は大きく眼を見開いた。そしてみるみる内に顔が赤くなっていった。
アララ、珍しいもんみたわ。



「ネェ、カワシマくんどうするー?これじゃ、教室も帰れないデショ。つか、いつ戻るんだろーね」

「明日まで様子見るか」

「まぁ、それが一番良いかな。今日のとこはカワシマくんどうするよ。家にも帰れないっしょー」

「……連れて帰る」

「……変なことしないデヨ?」

「するか」

「ハイハイ。カワシマくーん」

「あーい!」

「今日はユージンのとこお泊まりするけどいーい?」

「うー?あい!」

こてり、と首を傾げ、少し考えるとカワシマくんは元気よく返事をして手を挙げた。その姿に殺られたのか、由神は顔を腕で隠している。メロメロかよ。


「んじゃ、その方向で。明日になっても戻ってなかったらその時考えよ」

「ああ」

由神が頷く。


「あ。そうだ」

俺はパチンと指を鳴らして。由神が訝しげな顔で俺を見てくる。

「カワシマくーん、」

「う?」

「しっつもーん。カワシマくんの一番好きな人ってだぁれ?」

そう聞くとカワシマくんは少し考えて、










「にーたん!!」








と大きな声で宣言した。





由神のあの時の顔は今思い出しても爆笑できます。




end

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