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あれから半年以上の月日が流れた。
オレは街を遠く離れ田舎で無事出産し、大変ながらものびのびとした生活をする事が出来ている。慣れない子育ては分からない事だらけで、毎日があっという間に過ぎていく。だけどこんな忙しさも悪くない。
コンッコンッとリズム良くドアが音を奏でる。
今は夫婦で経営している飲食店で住み込みで働かせてもらっている。素性の分からないオレを、何も聞かずに受け入れてくれた女将さん達にはただただ頭を下げる思いだ。
きっと女将さんだろうと、誰かも確かめずにいつもの調子でドアを開いた。
「なんですか?……!?」
「久しぶりね。エドワードちゃん」
予想を反してそこに立っていたいたのは、半年以上前にもう二度と会うことは無いだろうと思っていた人物の内の一人。
突然の来訪者にただオレは口を開けて呆然と立ち尽くす。
頭の中が真っ白で言葉が何も出てこない。
「今時間大丈夫かしら?」
「あっ、はい。どうぞ…」
まだ冷静とは程遠い頭で、部屋の中へと勧める。
「無事産まれたのね。今何ヶ月?」
ベッドで寝ている赤ちゃんを見る優しい眼差しは、昔とちっとも変わっていななかった。
ちょっと年の離れた姉のような存在。
「二カ月になりました」
「そう。頑張ったわね」
優しく抱き寄せられた腕の中は、とても暖かくて安心できた。
「それで?わざわざ探してまで来るって事は、何かよっぽどの事なんだろ?」
腕の中から抜け出して、早速本題へと切り出す。
この場所にいる事は誰にも知らせていない。わざわざ地道に探して来たのだ。そんな事までして、ただ会いに来ましたなんてことがある訳はないだろう。
「あっもしかしてトップしか知らないような事が漏れだして、オレに疑いが掛かってるとか?それで念の為に口封じに来たんだ」
何かあった時に真っ先に疑いの掛かる立場にいるのが自分だろう。だから、その時には有無も言わさず消されるであろうという事も、ファミリーを抜ける時に覚悟していた。
「予想よりも早かったな…もう少しこの子と一緒にいられると思ってたけど仕方無いか。それでオレはどうすればいい?」
死がすぐそこまで迫っているというのに、まるで他人ごとのように冷静な自分がなんだか可笑しい。
だって普通覚悟してたって、いざその時になるとビビったりするもんだろ?でもこの子が…守るべき者がいるからか、自分のことなんかよりも、自分がいなくなった後の事で頭がいっぱいになる。
「明朝6時、あの丘にある木の下に来てちょうだい」
リザさんが指し示した場所は、丁度この部屋から見える丘の上。この村で一番見晴らしが良い場所だ。
「分かった…」
オレが了承したのを聞くと、リザさんは複雑そうな笑みを顔に貼り付けたまま出て行った。
元々必要最低限の物しかなかった為、一夜の内に荷物は片付け終わった。子供の事は女将さん達によろしく頼むと手紙を書いた。自分の孫のように可愛がってくれてたから、きっと良いようにしてくれるだろう。本当に何から何までお世話になりっぱなしだな。
音を立てないように静かに外に出ると、朝早い為か活動を始めている人はいない。
朝の冷たい風が痛い程に頬を打ち、吐いた息は瞬時に白く色を変える。そう言えば雪が降るかもとか予報が流れてたな…
雪が降ると考えると余計に寒く感じて身を縮めた。
約束の場所にはリザさんはまだいなかった。
木に背中を預けながら静かに昇る太陽を眺める。いつも見ているそれも、これが最後になるかもしれないと思うと、その光がとても愛おしく感じられる。
ガサッと後ろに人が来る足音がするまで、その光に見入っていた。
「エドワード」
リザさんではない声。
大好きで、安心できて、でも苦しくて…自ら振り払ってきた声。
体が石になったように固まり動かず、息の仕方を忘れたように呼吸が上手く出来ずに息が詰まる。
「エドワード…」
もう一度聞こえた声に聞き間違えではない事が決定付けられ、体をビクッと跳ねさせた。
油の切れた機械のように、ぎこちない動きで振り返る。
前と何も変わっていない。漆黒の髪と瞳。太陽と真逆の闇の色のそれが、風に撫でられサラサラと左右に揺れた。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだよ」
今から殺そうとしている相手に元気もなにもないだろ、とか言ってやりたかったけど声が出てこない。
「君に最後に聞いておきたい事がある」
聞きたい事?…あぁオレが本当に情報を流した本人かどうかとかか。違うって言ったって結果は変わらないだろうけど。
「もう一度ファミリーに戻って来る気はないか?勿論子供も一緒に」
予想外。まさかそうくるとは思ってなかった。生きる為の最後のチャンスってやつか…
「折角だけど断る。あの子は普通に学校に通って、友達と遊んで年をとって…オレには出来なかった普通の生活をさせてやりたいんだ。親がいないのは辛い思いさせるけど…表の世界で堂々と笑って暮らしてほしい。それにもう…オレはあの生活には戻らない」
側にいるのが苦しい…
でも嫌われたくなくてずっと隣で苦し紛れの笑みを続ける。
だけどそれも耐えられなくなって、全てを投げ捨てた。
全ては自分の我が儘…
一度は決めた事なんだ。
だから何があろうとそれを貫き通そうと決意した。
例えそれが悪い方に転がったとしても、自分が納得出来る道だから。
「そうか…」
ロイが上着の内ポケットに手を入れたのを見て、ゆっくりと目を閉じた。
自分の命を救ってくれたのはこの人。
その人がオレの命を奪うと言うのなら、何の戸惑いもない。
ロイがいたからオレは今こうしとここに立っていられるのだから。
さようなら…
ありがとう…
今会いに行くよ
母さん、父さん……
「それなら…私と一緒にここで暮らしてくれないか?」
は?最初に出たのは疑問符。
思わず目を開いて視界に入った物は、ロイの手とその上に乗っているシルバーリング。
「な、何言ってんだよ。あんたは…」
「分からなかったかい?結婚してほしい。子供と三人で暮らそう」
プロポーズ。そんなの誰が聞いたって分かる。これが別れの言葉だって言うんなら、言葉の意味が真反対の異世界へとオレは迷い込んでしまったとしか言いようがない。
「そうじゃなくて、ファミリーはどうすんだよ!?」
こんな所でのんびり暮らしながらやる仕事では無い。ボスがそんな事をしているようなら、あっという間にこの世とさよならだ。
「心配しなくてもちゃんと辞めてきたよ」
「辞めてきた!?」
驚かされる事ばかりだ。今日オレほど驚いている奴はいないんじゃないかと思う。
開いた口が塞がらない。そんな状況。
「というより、辞めさせられたって言う方が正しいのかもしれないな」
苦笑を漏らすその顔からは、後悔も未練も感じられなかった。
「君がいなくなってからずっと考えていた。振り返ればいた筈の君がいなくて、自分の足音しか聞こえない家の中で。単調に過ぎていく毎日でいつも何か物足りない。気付くと君の事ばかり考えていた。そうして漸く分かったんだ。私はエドの事がこんなにも好きだったんだって」
ただ黙って聞いていた。何年も一緒にいたのに、初めて本心を知れた気がした。
笑っていても何時も感じていた壁がやっと消えた気がする。
「やだって言ったらどうすんだよ…」
「その時はここで仕事でも探して、君がいいと言うまでプロポーズを続けるさ」
「オレが他の奴と結婚するって言ったら?」
「そこまで考えてなかったな…そうだな。君を攫って無人島にでも逃げるかな」
何だよそれ。あまりに考えが馬鹿らしくて吹き出してしまった。
こいつはこんなにガキっぽかったっけかと、新たな一面を見れた気がして嬉しくなる。
「それで返事を聞きたいのだが…」
不安げに揺れる瞳が可愛いと思ってしまう。
「…断る訳ないじゃん」
タックルでもするかのように、勢い良く抱きついた。
オレは幸せを競う大会で優勝出来ると確信出来るくらあ幸せだ。
ちょっと順番が違ったけど、結果善ければ全てよしってやつだよな?
母さん、父さんへ
そっちに行くのは当分先になりそうだよ。
許してくれるよな。
今オレはすっごく幸せです。
だから空の上からこれからのオレ達を見守っていてください。
エドワード
闇に落ちた少女は
黒き者に救われた
黒き者は
太陽の少女に照らされた
この出会いは偶然という名の神の悪戯か…
否、これは
運命という名の必然――――
Fin
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