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「ロイ…ちょっと話あるんだけどいいか?」

リビングのソファでくつろいでいるロイにオレは声を掛けた。テーブルの上にはビンと氷の入ったグラスが置かれている。
夜に活動する事が多いのもあって、昼間から酒を飲んでる姿を見るのも、さして珍しくはない。

「おや、お帰り。構わないよ」

にこりと笑いながら座るように促され、ロイと向かい合うように腰を下ろした。
決意していたって緊張はする。膝の上で固く握られた手のひらが、じっとりと汗で濡れて気持ちが悪い。

「オレ…ファミリーを抜けたいんだ」

他に音があれば簡単にかき消されてしまいそうな声。
先程までの和やかな顔がその一言で一変した。ロイは眉間に皺を作り、視線を鋭くさせる。
ぴりぴりとした空気が身を刺す。今の状況を例えるならば、ライオンとシマウマ、虎と狐、要は喰う側と喰われる側が同じ空間にいると言えばいいだろうか?息一つするのも苦しい。

「君は自分の言っている事の意味が分かっているのかね?」

自らファミリーを抜けるのは、仲間を裏切る事にも繋がりかけない。よって秘密は守るという誓いをする為に、それ相応の意思を見せなければならない。
例えば爪を剥いだりだとか、指を切り落としたりだとか、その方法は様々だ。そしてそれは上部に近い存在であればある程その対価は大きく、辛いものになる。エドの場合ならば命に関わったっておかしくはない。

「分かってる。どんな罪でも受けるつもりだ。でも…命だけは助けてほしい」

自分でも図々しい頼みである事は分かっているが、死んでしまったのでは元も子もない。
ロイは腕を組んで、背もたれへと体重を預ける。

「理由は何だね?」

その質問にオレは肩をビクッと揺らした。聞かれるとは分かっていても、いざとなると体が強張る。

「…子供‥赤ちゃんができた。今、妊娠三カ月だって……」

予想もしていなかった答えに、流石のロイも顔を歪めた。何か言ってくるかと思ったが、ロイはそのまま口を噤んでしまった。
沈黙を守っているロイに、オレはありのままの自分の気持ちをぶつけるように吐き出した。

「オレはこの子を産みたいと思ってる。だからって別にロイに何かを求めるつもりは無いから安心して。一人で産んで、育てていくつもりだからさ。オレはこの子に普通の生活を送らせてやりたいと思ってる。その為にファミリーを抜けたい。これが理由の全てだ」

一気にそれだけ言い切ると、後はロイの返答をひたすら待った。
答えが返ってくるまでに、どれだけの時間が経ったのだろう。一分だったのか、一時間だったのか、実際のところは分からなかったが、オレには時が止まってしまったのではないかと思える程長く感じた。

「…分かった。ファミリーを抜けることを許可する。ただしここで知り得た情報を漏らさないこと。そして…この街から離れること。これが条件だ」

情報を漏らすことは絶対に無い。何の得にもならないし、第一ファミリーの皆の事は好きだ。皆を危険に晒すような事は絶対にしたくない。
そしてもう一つの条件は、最初から考えていた事だった。端からこの街で暮らしていこうとは考えていなっかた。ここには思い出が多すぎる…新たなスタートをするなら、新たな場所で一からやり直すのが一番だ。

「分かった。もう二度とこの街には来ない。明日の朝には荷物をまとめて出て行くから…」

それがロイと交わした最後の会話。
部屋を出る前に聞いたカランという氷の音が、いつまでも耳に残っていた。












「エドがファミリーを抜けた!?」

「あぁ」

「どうして!?」

次の日、エドが抜けた事が上部ん人間に知らされた。
ハボックはそれを聞くなり信じられないとばかりに声を上げ、ホークアイは顔を難しくさせた。

「子供を生むんだそうだ。情報を漏らさない事と、この街から出て行く事を条件に許可した。それだけだ…」

「それだけって…ボスとエドって付き合ってたんでしょ!?いいんスか!?」

普段二人は仲良さ気に一緒にいる事が多かった。そんな二人の様子を見て、きっとエドの気持ちが伝わって付き合いだしたのだと思っていたのだ。
それなのに、子供が出来たエドを一人追い出すように許可を出したロイの考えは、ハボックにとって理解しがたい。

「彼女がそれを望んだんだから構わないだろ。それに私たちは付き合っていた訳じゃない。成り行きで体の関係があっただけにすぎない…」

淡々と述べるロイからは何の感情も感じることができなかった。

「本当にそれでよろしかったのですか?」

「何がだ?」

遠まわしに問うようなホークアイの言葉。出した条件の事を指すのか、ファミリーを抜けることを許した事を指すのか、それとも違う事なのか。

「エドワードちゃんを一人にさせる事です。エドワードちゃんのあなたに対する気持ちはお分かりでしょう?一人で産んで育てると言ったのも、きっと本心じゃないんじゃないですか?少なくとも私にはそう思えます。それにボス、あなたは…」

それ以降は言葉に出すことは無かった。しかし言いたいことは唯一つだろう。私がエドを好きか否か…

「しばらく一人にさせてくれないか?」

椅子をキィと鳴らしながら、二人に背を向ける。
失礼しましたと言う声と、ドアの閉まる音で二人が出て行ったのを確認すると、ため息を一つ吐いた。
私はエドに恋愛感情なんて抱いた事は無かった筈だ。
一番最初はただ怒りに身を任せ体を繋げた。それからストレスを発散させるように、何度も何度もそれを繰り返した。ただそれだけの関係だ。
なのに何故だ。
彼女がいなくなって何かが物足りない。心が満たされない感覚。

「私は君に心奪われていたのかな…エドワード……」










「どこ行くんスか?」

「エドワードちゃんの部屋よ」

ロイの部屋から出た後、ホークアイは一直線にエドの部屋へと向かっていた。後ろには何事かと思ったハボックも付いて来ている。
ガチャリと扉を開ければ、そこに今まであった荷物はすっかり無くなり、綺麗に片付けられていた。

「本当に行っちゃったんスね…」

ガランとした部屋に本当にいなくなってしまったんだと、改めて実感させられる。

「あれ?これなんですかね?」

ハボックは小さな棚の上に置いてある真っ白い封筒をホークアイに手渡した。
宛名はどこにも書かれていなっかたが、内容からしてロイ宛であることは疑いようがなっかた。


突然こんなことになって本当にごめん。
オレの我がままを受け入れてくれてありがとう。
ロイに拾われた事は今でも感謝してる。あの時ロイと出会わなければ、今オレはこうして生きていることはなっかただろうから…
それから赤ちゃんを産むことを許してくれてありがとう。
急なことだったから驚かせたよな?オレも医者に言われた時は正直信じられなかった。でもそれ以上に嬉しいとも思った。
ロイには迷惑な話かもしれないけど、ロイとの子供を生むことができて幸せだよ。
ずっとずっと好きだったから…告白したあの日から、オレの気持ちは変わらないよ。
ロイがオレの事何とも思っていないのは分かってる。分かっててもこの気持ちを消す事はできなっかた。
最後だから言うけど、ずっと苦しかったんだ。体をいくら繋げたって、心はいつも離れ離れ…
ロイを見る度にどうしようもない現実に胸を締め付けらる。ずっと自分自身を騙してきたけど、正直そろそろ限界だった。
悪いのは全てオレだ。最初にも言った通り、ロイには感謝の気持ちしかないから。
何の恩も返せなくてゴメン。
ファミリーの皆が…ロイが幸せになることを祈ってる。
さようなら。最初で最後の愛する人…

エドワード


二人は何も言い出せなかった。カサカサと紙の音だけが、その部屋を支配する。
この時声に出さずとも、二人が考えていた事は同じだっただろう。
何故あの子はこんなにも辛く、過酷な運命を辿っていかなければならないのかと…




Fin




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