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「お帰りなさいませ。書類が山のように溜まってますよ」

ロイはただいまと返事わしつつ、何故いつも書類が山の如く湧いて出てくるのかと苦笑わ浮かべた。

「あぁそうだ、ヒューズを呼んでおいてくれ」

「…いよいよですか」

ホークアイはロイが始めようとしている事を直ぐに理解すると、深刻な表情を作る。

「分かりました」

ホークアイは一礼しロイとは違う部屋に向かって行き、自室に入ったロイはどかっと椅子に腰掛けて外を眺めた。

「明日全てを打ち明けなければな…」

きっと私が貴族だと打ち明ければ会うことも無くなるだろう。例え作戦が成功しようが、彼女を騙していたという事実は変わらない。

「……さよなら、か…」

ロイは肘を机につき手を組むと、その上に額を乗せて目を閉じた。

「よぉロイ!久しぶり〜。元気してたかぁ?」

ロイが深刻な顔をしている時にその場にそぐわない陽気な声で入って来たのは、先程ホークアイに呼ぶように頼んでおいたヒューズである。
彼はロイの幼なじみであり、良き相談相手でもあった。

「あぁ。お前も相変わらずのようだな」

ロイはノックも無しに部屋へと入り飄々とソファに座っているヒューズを見て苦笑を浮かべた。

「でだ、俺を呼んだってことはいよいよおっぱじめる気か?」

ヒューズはホークアイの持ってきてくれたお茶を一口飲むと顔だけをロイの方に向けた。
ヒューズの一言でさっきまでの空気は消え、張り詰めた空気が流れる。

「…二日後の夜明けと共に作戦を実行する」

ヒューズはロイのあまりの唐突さに目を丸くした。
殆どの準備は整っており、いつでも実行に状態ではあったが、あまりにも急な決定である。
長年ロイと一緒にいるヒューズでさえも驚きを隠せずにいた。

「三日後にはまた新たに税金が増やされる事が分かった。その前になんとかしたい。それに…」

ロイはそこまで言うと言葉を濁し、続きを言おうとはしなかった。
きっとそっちの理由の方が急な決定を出すきっかけになったんだろうと思いながら、ヒューズはため息を吐き頭を掻いた。

「分かったよ。みんなにはそう伝えておく……成功するといいな…」

「成功させるさ」

二人はお互いに顔を見合わせニッと笑みを浮かべた。










次の日の朝、ロイは重い足取りでエドがいるであろう湖に向かっていた。
望んでもいない別れをしなければならないと分かっていると気が重い。このままずっとバレずに一緒にいられないかと考えを巡らせてはみるものの、そんな都合のいい案が出る訳はなかった。

「あっ、ロイ!今日ロイに聞きたい事色々あるんだ!」

ロイの姿を見つけたエドが直ぐに駆け寄って来たが、ロイは黙ったまま立ち尽くし、反応を示さなかった。

「どうかしたのか?元気ないけど…」

エドは具合でも悪いのではないかと、額に手を充てたりしてみるが、ロイは横に首を振った。

「君に話しておかなければならない事がある」

エドはロイの真剣な表情を不思議に思いながら、何?と首を横に傾げた。

「私はずっと君に嘘をついていた…私の本当の名はロイ・マスタング。マスタング家と言えば聞いたことがあるだろうが、貴族階級の家柄だ」

ロイから発せられる言葉はエドにとっては信じられないものだった。真っ白になった頭にロイの声が響き渡る。言葉が入ってきても、それを脳が理解しようとしなかった。

「貴族を嫌う者が多いのは知っていたからな、とっさに嘘をついた。すまなかった…怒っているなら殴ってくれて構わない」

最低でもビンタの一発でもされるだろうと覚悟を決めていたが、エドの手は動くことはなかった。
この時エドの頭には疑問しかなかった。
オレはこの人を起こればいいのか?それとも笑って許せばいい?どうしたら……

「……どうして急に…?」

二人の関係を壊すような事を言い出したのか…やっと絞り出した声で言えたのはそれだけだった。
このまま黙っていれば何も知らずに一緒に笑っていられたかもしれない…

「明日の夜明けと共にハクロの政治に反対する者達とハクロ家に奇襲をかける」

そうなれば結果はどうあれ私の身分は君に分かってしまうだろうからね、と苦笑混じりに付け足した。
作戦に成功すれば国を変えた者として騒がれ、失敗すれば不穏分子として捕まり見せしめの為に殺されるだろう。
身分を隠すのは絶対に不可能であるのは確実。

「どうせバレるのであれば自分の口から君に打ち明けたかったんだ…」

ロイは俯いたまま手を固く握り締めていたエドの手を優しく握った。

「私は君に出会えた事を心から良かったと思っているよ。短い間だったが楽しかった。今までありがとう。そしてさようなら…どうか幸せに…」

それだけ言うとロイは静かにその場を去って行った。
エドは待ってと呼び止める事も出来ず、ただロイの後ろ姿を目で追っていた。手からさっきまでの温もりが消えていくのと同時に、これが現実なんだと思わされるようで、目からは涙が溢れ頬を伝い地面へと染み込む。
明るく世界を照らす太陽が、胸元にあるネックレスを照らしていた。











「よし!こんなもんかな」

アルはご飯の支度を終え一息をつく。
その時バッタンと勢い良くドアが開いた。

「おかえり。丁度ご飯のし…どうしたの?」

アルの顔を見るなり胸に飛び込んで来たエドに、アルは首を傾げた。
ギュッと握り締められたシャツは、濃く皺を作る。
だが、エドは首を横に振るばかりで、何も答えようとはしない。
服が少しじんわりと濡れた事に気付いたアルは、ぽんぽんと子供をあやすように頭を叩いた。

「…話したくないなら無理には聞かないけど、僕に出来る事があったら言ってね?」

「…………ありがと、アル」

アルのおかげで落ち着きを取り戻したエドは、目元を袖で拭うと笑みを見せた。

「さっ、冷めないうちにご飯にしちゃお!」

元気付けるように明るく振る舞うアルに、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだった。

ねぇロイ。ロイはオレに幸せになれって言ったけど、幸せってなんだろう?
お金持ちな事?確かにお金があれば幸せなのかもしれない。
でもオレは今までの生活を不幸だなんて思った事はないよ。
確かに貴族みたいにお金がある訳でも、権力がある訳でもない。
毎日働いて、大切な人達と笑って過ごす日々。
単純だなって言われるかもしれないけど、大切な人と一緒にいるのがオレにとっての一番の幸せ。
だけど今、そこから何かが崩れ去った。
最後の一ピースが無くなり、完成する事がないパズル。
最後の一ピースは貴方が持って行ってしまったから。
もう完成する事は無いのかな?
さよならなんてしたくなかった…
貴族だって構わなかった…
ずっと‥ずっと一緒に笑っていたかったよ…ロイ…………










その夜、ロイの家では晩餐会が開かれていた。但し表向きだけであって、実際に開かれているのは作戦会議である。
広めの一室でテーブルを囲うように、作戦の中心となる者達が神妙な面持ちで腰掛けている。

「皆集まってくれて感謝する。既に連絡がいっているだろうが、明日の夜明けと共に作戦を実行に移す事が決まった」

ロイは椅子から立ち上がると、テーブルの中心に地図を広げ指を指しながら説明してゆく。

「北はフュリー、東はブレダ、西はハボック、そして正面の南からは私を中心に攻める。合図は私が出す。銃声が鳴ったら一斉に突入しろ」

作戦としては周りから一斉に攻め、内部の警備が手薄になったのに便乗しロイが侵入、そしてハクロを捕まえるといった単純なものである。
しかし人数が少ない分、少しの油断でもしようものなら全滅しかねない。
一度きりのチャンスである。

「私達の目的は今の政治を壊すことのみ。余計に死傷者を出したくない…」

「なるべく死傷者を出さずに負けを認めさせる…結構骨が折れますよ?」

戦いを仕掛けるのに死傷者を出したくないという難題をふっかけるロイに、ハボックは口を挟む。

「そこを何とか頑張ってもらいたい」

ロイの答えにハボックはわざとらしく盛大にため息を吐く。

「わかりましたよ。貴方がそこまで言うなら努力しますよ」

ニッと笑うハボックに同意するように、他のメンバーも笑みを浮かべた。

「ありがとう。それでは何か質問はあるかね?」

ロイが周りを見渡せば、皆の顔はもう準備万端だと言わんばかりだった。

「…では明日の健闘を祈る。解散!」

解散の言葉に一同は一斉に立ち上がり、各持ち場へと足早に向かける中、ロイはヒューズを部屋に呼び止めた。

「で、俺を一人残させたって事はみんなの前で話せない事なんだろ?」

部屋に二人だけになったのを確認すると、ヒューズは話を切り出す。

「不安を煽らない為にも黙っていたが、お前も分かっていると通り、このまま作戦を実行したところで此方が不利なことは間違いない」

例え不意を衝くにしても、相手側の数は倍以上。明らかに多勢に無勢なのは目に見えて分かる。

「そこでだ、お前には作戦開始と同時に街へ行き、出来るだけ戦いに参加してくれる人を集めて欲しい」

戦いに巻き込みたくないという気持ちはあるが、戦力が欲しいというのも本音である。

「それは構わんが…だけどよ、まず集まらないと考えた方がいいぞ。所詮は俺達も貴族だ。そんな俺達に協力してくれるとは…」

ヒューズは眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
ロイもヒューズが言いたい事は百も承知である。
それでも僅かな可能性に賭けてみたかった。

「集まっただけでいい。無理なようなら直ぐに引き返して戦いに加わってくれ」

「…分かった。出来る限りの事はやってみるが期待はしないでくれ」

文句も言わずに協力してくれるヒューズの存在は、有り難いものだ。
その上、人望も厚く情報網はかなりのもの。この作戦も彼がいなかったら実現はなかっただろう。
ロイは肩をポンッと叩いて部屋を出て行くヒューズを目で追った。

「ありがとうヒューズ…」

一人になった部屋の中で、ロイは静かに感謝の意を呟く。
ギッと窓を開け空を見上げれば、満天の星空が広がっていた。

君が幸せになる為に私の全てを捧げよう。
私が出来る最大限の贈り物を……



Fin




あきゅろす。
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