「オレ…大佐のこと好きみたい」

「そうか。では付き合おうか?」

「本当に!?」

あまりに嬉しそうな顔をするものだがら、冗談だとは言えなかった。
これが全ての始まりだった。




『始まりは嘘』





「チィーッス」

遠慮もなく開けられた扉。
彼が予告なく現れるのはいつものことで、別段驚きもしなかった。
ただいつもと違うと言えば、弟の姿がなかったくらいだ。

「君はいつも突然だな。アルフォンスはどうした?」

もしこの時他に誰かいたなら、この後起こる事態にはならなかっただろう。
いや、彼のことだ。誰もいない状況を見計らって来たに違いない。

「アルは宿に置いてきた。今日は大佐に話があって来たんだ」

真剣な表情。何か相談事だろうか。しかも弟に聞かれたくないような。
今まで一度も鋼のから相談を受けたことはなかった。少し嬉しいものだ。
今日はからかうのは無しにして、誠心誠意聞いてやろう。そう思っていたのに、鋼のから出てきた言葉はこうだ。

「オレ…大佐のこと好きみたい」

罰ゲームか。直ぐにそう思った。
おそらくここに来る前にハボック達と遊んでいて、結果負けた罰ゲームか何かで、私に告白でもしてこいと言われたんだろうと予想できた。
きっとドアの外では、部下達が面白がって聞き耳を立てていることだろう。
くだらない。私がせっかく真面目に聞いてやろうとしていたのに。

「そうか。では付き合おうか?」

馬鹿馬鹿しくなって、冗談で返す。
そう言えば結果を見守っていた部下達も、笑いながら中入ってくると思っていたのだが、事態はとんでもない方向へと転がってしまった。

「本当に!?」

嬉しそうに、瞳をきらきらとさせながら私の顔を見る。
予想していたドアも微動だにせず、静かに閉まったままだ。
そこで漸くこれが冗談でも罰ゲームでもなくて、本気の告白だったんだと理解した。
しまったと思った時には、時既に遅し。

「まさか受け入れてもらえるなんて思ってなかった」

そう言いながら嬉しそうにはにかむ姿を見せられたら、冗談だなんてとても言えなかった。
その後直ぐに中尉が書類を抱えてやって来たのと入れ替わるように、「またな」と言い上機嫌に走り去って行った。普通は告白が通じたなら(というか好きな相手となら)、少しでも一緒にいたいと思うものではないのか?いや、鋼のの性格からすれば、今日の目的は果たせたから帰るといった具合か。

「エドワード君、いつにも増して機嫌良かったですね」

そう言いながら机に高く積み上げられる書類。
どうせなら、もう少し早く持って来てくれていれば、あんな事態にはならなかっただろうに。
今日中と言われた書類の山を見て、深くため息を吐いた。



あれから次会った時にはどうしたものかと考えてみたが、結局答えは出ないまま、再び鋼のと顔を合わせることになった。
しかし鋼の様子と言ったら、告白する前となんら変わりはない。
なんだか拍子抜けだ。
それとも私から誘ってもらえるのを待っているのか?だが、私は確かに付き合うと口走ってはしまったが、好きだとは言っていない。私から進んでご機嫌を取りにいかなくてもいいだろう。
それに、もしかしたらこのまま何もしなければ、お互い昨日のことは冗談だったで済むんじゃないか?
そう考えて鋼のの方をチラリと見る。ソファに座って真剣に文献を読む横顔、文字を追いせわしなく動く瞳、さらりと流れた前髪を耳に掛ける仕草に、ドクリと胸が鳴った。こんなにもこの子は色気があっただろうか。前から顔が整っているとは思っていたが、成長途中の中性的な顔立ちが、なんとも言えない色気を放っている。
ページがパラリと捲られたところで、ハッと我に返った。
何を考えていたんだ私は。子供のしかも同性に色気を感じるなんて。
書類に意識を戻そうとするが、どうにも集中できない。昨日からずっと鋼のに振り回されている気がする。

「大佐ー、今日の飲み会結局どうします?不参加ッスか?」

ノックも無しに現れたハボックに、視線で注意するが、本人は気付いていないんだか、気にしていないのかはわからないが、反省の色はゼロだ。
まぁ、私と鋼のしかいないのをわかっての行動だから、多目にみてやろう。
さすがに遠慮なく開けられたドアと、ハボックの声に気付いたようで、鋼のが文献から顔を上げた。

「飲み会?」

「今夜みんなで久々に飲みに行くんだよ。最近はデカい事件もないから揃って定時で帰れるからな」

そう言えば、数日前に行くか聞かれて、返事を保留にしたままだったのを忘れていた。

「もしかして忘れてデートの予定でも入れちゃったんスか?前もそうでしたし」

ハボックの奴め、余計なことを。
責められている訳でもない(というか責められる理由もない)が、鋼のの視線が何だか居心地が悪く感じる。

「いや、予定はないが…そうだな。今回は参加しよう」

デートしようと思えば、いくらでも相手は見つかるが、久々に部下達と飲みに行くのも悪くない。
決して鋼のに遠慮してとかではない。

「…オレも一緒に行っちゃダメか?」

控えめに言われたその言葉には驚いた。
今までもハボック達に誘われていたのは何度か見ていたが、全て断っていたのだ。それがまさか自分から行きたいと言い出すとは…もしかして私が参加するからか?因みに今まで鋼のが誘われていた飲み会(鋼のは飲めないが)には、参加していなかった。

「珍しいなぁ。大将なら大歓迎だぜ」

「たまにはみんなで食うのも悪くないしな」

私が反対する間もなく、鋼のの参加が決定した。



みんなで司令部を後にし、行き着けの飲み屋に向かう中、鋼のとの会話は一切なかった。
それは飲み屋に着いてからも同じで、鋼のは早々に酔い始めたメンバーのおもちゃにされている。
それにしても、仕事が終わってからも同じメンバーと顔を合わせていると、せめて誰か一人でも華がいればと、思ってしまう(因みに中尉は欠席だ)。

「ほら大将も飲めって」

「未成年だって言ってんだろ!」

「少しくらい平気だって」

さっきから似たような会話が、何回も繰り返されている。
鋼のもそろそろ疲れてきたようで、明らかにぐったりし始めた。
暫くは傍観していたが、そろそろ助けの手を差し出す方がいいだろうか。

「ハボック、いい加減にしておけ。鋼の少し外に出るか?」

「…うん」

よっぽど疲れていたんだろう。いつもとは違い、素直に頷き後ろから付いて来る。
酔っ払いの相手は、結構な体力を削られるものだ。
外に出れば冷たい空気が体を冷やす。私は酒を飲んで多少体が暖まっていたからいいが、鋼のには少し寒いかもしれない。

「寒くないかい?」

「へーき」

体を縮め、白い息を吐く。
平気と言った割には寒そうだ。
念のために持って来た上着を肩に掛けてやれば、目を大きくさせて驚いた表情を見せる。

「私は使わないから使ってなさい」

返される前にそう言えば、口を何度かパクパクとさせてから「ありがと」と小さな声で言い俯いた。
暫くの間、妙な沈黙が続く。
いつもなら私の一言に突っかかってくるから、ポンポンと会話が進む。しかしこうも大人しいと、何を言うべきなのかわからなくなる。
どう話を振るか考えていると、横から声が掛かった。

「ロイ、お久しぶり」

胸の谷間を強調するような服、唇は赤く綺麗に彩られていれ女性が、撫でるように腕に触ってくる。
彼女は何度か所謂大人の関係がある人だ。お互いに割り切った関係で、恋愛感情は一切ない。

「久しぶりだね、マリアンヌ。今日もまた一段と美しい」

手を優しく取り甲にキスを落とす。
今この場に鋼のがいなければ、このまま夜の誘いをしていただろう。

「ロイったら暫く会わない間に趣向が変わったのかしら?」

彼女の目が鋼の存在を捉えて言う。もちろん私にその手の趣味趣向がないのを知った上での冗談だ。

「ご冗談を。私の心を占めるのはいつも貴女一人だよ」

「お上手ね」

クスリと上品な笑みを零し、彼女は先約があったのか「また今度会いましょう」と言い去って行った。

「オレ帰る」

ぐいぐいと貸していたコートを押し付けられる。
あまりに突然のことで、考えることなくコートを受け取ってしまった。

「みんなによろしく言っといて」

私に背を向けて素早く走って行ってしまった後ろ姿を、私は呆然と見ていた。
ただ、一瞬だけ見せた苦しげな表情が、強烈な印象として私の目に焼け付いた。



朝司令部に行けば、夜勤明けの中尉からエルリック兄弟がまた旅に出たと聞かされた。なんでも、朝早くにやって来て、始発の列車に乗って行くと言っていたそうだ。
確かに彼らも忙しいのかもしれないが、せめて行く前にきちんと顔を見せてくれてもいいのではないかと、小さくため息を吐いた。
それに別れ際に見せたあの表情。何を思ってあんな表情を見せたのか、それを聞きたかった。聞いたところで素直に答えてくれるとは思わないが、それでも多少の会話から情報を得て憶測をたてることはできただろう。
しかし旅に出たとなれば、次に会えるのは何ヶ月先のことか。電話の一本もおそらくは寄越さないだろう。

早く帰ってこないだろうか。

そんなことを思ったのは、初めてだった。



To be continued...




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