久々のイーストシティ。大佐には電話を入れずにこっそり戻ってきた。
突然行って驚かせてやる。
オレは浮き足立ちながら、東方司令部へと向かう。
でもまさか、自分の方が驚く羽目になるとは思っていなかった。




記憶に鍵を





東方司令部に向かう途中で見た光景に、オレは足を止めた。
ホテルから女の人と出てくる大佐。
朝早くに私服で腕を組ながら歩いて行く。ラブホテルから出てきた訳じゃないのが、二人の様子を見る限りだと、何もなかったようには思えない。
どう見ても恋人同士だ。
大佐の恋人はオレなのに…
大佐と付き合い始めたのは一年くらい前。十四のオレの告白を真剣に聞いて答えてくれた。OKの返事を貰えた時は、本当に嬉しくて舞い上がって、アルにうるさいって言われたくらいだ。
オレが旅をしてるせいで一緒にいる時間は少ないけど、それでも幸せな時間を過ごしてた。
でもそう思ってたのはオレだけだったのかな…そうだよな。オレなんてガキだし、色気だってないし。スタイル良くて大人の人の方がいいに決まってる。

「帰ろ…」

そのまま司令部に向かう気も、ましてや大佐の家に行く気も起きる訳もなく、アルのいる宿へと戻ることに決めた。
オレが今日見たことを知らなかったことにすれば、きっと今までのように大佐と付き合っていける。例え一番じゃなくても、愛の言葉を貰える。オレさえ我慢すれば…

「あれ?どうしたの?」

「別に」

いつもなら報告に行ってそのまま大佐の家に遅くまでいるのに、急に宿に戻って来たオレに驚いたに違いない。だけどそれ以上は聞いてこないのは、聞いたところで絶対に話さないとわかっているからだろう。
本を読んでも内容は頭に入ってこない。ベッドに突っ伏してみたものの、頭に浮かぶのはさっきの光景。
結局この日は何をするでもなくベッドの上で過ごしたが、ほとんど寝れないまま次の日を迎えることになった。

いつもなら軽い足が石のように重い。機械鎧がただの鉄にでもなったんじゃないかと思えるくらいだ。真っ直ぐに司令部に行く気も起きず、途中寄り道をしながら歩いて行けば、司令部に着く頃には昼を過ぎていた。
毎回ノックしなさいと怒られてもしたことがない扉を、今日はノックして入る。
顔を覗かせれば、大佐の驚いた顔。昨日までは見たいと思ってたけど、今となってはどうでもいい。

「鋼の!帰ってたのか」

「…昨日帰ってきた」

「連絡してくれれば良かったのに」とか、「怪我はしていないかい?」とか、優しい声を掛けながら近づいて来る大佐。
この手であの人にも触ったんだ。
オレには唇にキスすらしてくれないのに、あの人にはどこまでした?
醜い嫉妬心で頭がいっぱいになって、大佐の言葉がちっとも入ってこない。

「…の、鋼の。聞いているかい?」

「え?あっ、ごめん。ぼーっとしてた」

少し強めに呼ばれて、ハッと我に帰った。普段こんなことないのに、変に思われただろうか?

「で何?」

「今日は仕事があって夜一緒にいられないんだ。せっかく帰ってきてくれているのにすまないね」

こんなこと初めてだ。いつもなら夜勤があっても、誰かに変わってもらってたりしたのに(大抵の犠牲者はハボック少尉だ)。
本当に仕事だとしても、昨日の今日だと疑い心の方が強くなる。

「疲れているようだし、今日は宿でゆっくり休みなさい」

「…わかった」

別に疲れてなんていないけどとは口に出さず、素直に頷いた。
送って行くという誘いは断り、宿に帰ろうと一人とぼとぼと歩いていれば、後ろから頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
司令部内でオレにこういうことをするのは一人だけだ。

「よぉ、大将!」

「頭撫でんな!」

少尉に会う度に、いつも髪を縛り直すはめになる。いくら文句を言っても、「悪りぃ、悪りぃ」と笑って終わりだ。本当に悪いなんて微塵も思ってない。

「今から時間あるか?」

「あるけど?」

大佐も仕事みたいだしと付け足し、要件を聞く。

「なら一緒に飯行かねえ?」

誘った奴がみんな予定があったり、夜勤でフラれちまってさと苦笑する。
仕方なく一人で帰って飲むかと思っていたところに、ちょうどオレが通りかかったそうだ。

「いいぜ、行こう」

どうせこのまま宿に帰ってから食べようと思ってたところだし、一人で食べるより二人で食べた方が楽しい。

「なら正面で待っててくれ」

着替えたら車まわすからと言い、ハボック少尉は足早に去って行った。



少尉とのご飯は思いの外楽しかった。軍であった珍事件もたくさん聞かせてくれたし、店の料理も美味い。
こんなに笑ったのはなんだか久しぶりな気がする。
もし大佐じゃなくて少尉と付き合ってたら、いつもこんな風に笑えるんだろうか。そんな考えが一瞬頭を過ぎった。
何を考えてるんだ、馬鹿かオレは。

「今日は楽しかった。また誘ってよ」

「おぅ。本当に送ってかなくて大丈夫か?」

「へーきだって。宿近くだし。それにオレを誰だと思ってんだよ」

「天下の国家錬金術師、エドワード・エルリックさんでしたね」

ははっとお互いに笑って、店の前で別れた。
せっかく楽しい気分で帰っていたのに…最悪だ。
大佐と昨日の女の人。昨日と同じように腕を組み、ホテルへと消えていく。
オレが帰ってきてるの知ってて、堂々と浮気かよ。いや、寧ろオレの方が浮気相手で、あっちが本命なのか?十分にあり得る話だ。

「サイテー…」

浮気をする大佐も、そんな大佐を好きな自分も、何かもかも最低だ。
こんなことなら最初から大佐と付き合わなければ良かった。大佐を好きにならなければ良かった…




昨日はせっかく帰って来ていたのに、すまないことをしてしまった。
今日こそは鋼のにのんびり旅の話でも聞こう思っていた時に、ドアを開けてやってきた。
噂をすればなんとやらだ。

「昨日はちゃんと休んだかい?」

「んー、まぁまぁ」

昨日より顔色もいいし、しっかりと休んだのだと思ってもいいだろう。
今日は家に来るだろ?と聞こうとする前に、鋼のの右手にトランクがあることに気付く。

「俺これから出発するから」

「なっ!?」

「ここには報告書出しに来ただけだし」

もう用はないといった感じだ。
久々に会ったのにあまりに酷くないか?それとも昨日一緒にいられなかったことを怒ってるのか?…いや、見た限りでは怒っている様子はない(鋼のは顔に出やすいから直ぐにわかる)。

「もう少しゆっくりしていったらどうだね?」

「でももう用もないし」

「用がないって…恋人に対して冷たくないか?」

「恋人?誰と誰がだよ?変な冗談に付き合ってる程オレ暇じゃないから」

そう言ってさっさっと立ち去ろうとする鋼の。いくらなんでもちょっと酷くないか?鋼ののことだ。このままだと次に会うのは何ヶ月も先になる。

「暫くの間ここに滞在してもらう。これは上官命令だ」

「はぁ?ふざけんじゃねえよ!」

「逆らえば軍法会議にかけるぞ」

上官とも恋人相手ともとれないくらいな盛大な舌打ちをする。
出て行く時に閉められたドアが、壊れるんじゃないかと思えるくらい激しい音を立てた。
怒りは買ったが、これで暫くの間足止めすることはできる。痺れを切らして怒鳴りこんでくる前に、あの態度の原因を突き止めなければならない。
昨日鋼のが来た時は中尉は不在だった。接触があった可能性が高いのは…ハボックだろうか。何も知らないかもしれないが、聞いてみる価値はある。



「…という訳なんだが何か知らないか?」

「昨日一緒に飯食いに行きましたけどいつもと変わんなかったッスよ?何かあったとすればその後じゃないッスか?」

ハボックと一緒に飯に行ったとは初耳だ。少し苛立つ気持ちもあるが、私が一緒にいられなかったのがいけないんだ。致し方ない。

「昨日は司令部で会っただけだ。それに恋人であることすら否定するようなことを言ってきたんだぞ?少しおかしいと思わないか?」

「よっぽど怒らすようなことしたんじゃないッスか?昨日は本当は凄く大切な日だったとか…」

私の誕生日でもなければ、鋼のの誕生日でもない。初めて出会った日でも、付き合い始めた日でもない。これといった記念日もない普通の日だったはずだ。第一、鋼のは記念日だとかはあまり気にしない方だ。寧ろ以前、今日は私達が出会った日だと言ったら、そんなの覚えてるなんてキモイと言われた。思い出しただけで凹みそうだ。

「とにかくそれとなく原因を探ってみてくれ。このまま私が近付いても悪化する一方だ」

「それは別にいいッスけど…何かわかるかどうかは保証しませんよ?」

「あぁ、できる範囲のことで構わない」

これは仕事ではなくプライベートな頼みだ。強制する訳にもいかない。
本当は自分だけでどうにかできればいいんだが…

この時は原因がわかれば、直ぐに仲直りできるだろうと思っていた。
それがまさかあんなことになっているとは思ってもいなかった…



To be continued...




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