出会いは突然。
仕事から帰り何気なくテレビを付けると、一人の少年(いや、少女だろうか?)が歌っていた。
ブルーの瞳が画面に向けられ、その強い瞳にテレビ越しに射抜かれた感覚に陥る。
誰もが美しいと認めるだろうハスキーボイスに抜群の歌唱力。
綺麗にポニーテールにされた髪が、シンプルな振り付けに合わせて後ろで揺れる。
私は気付けばテレビに釘付けになっていた。





『気になるアイツ』





「部長、これチェックお願いします」

「そこに置いておけ」

私はそれどころじゃないと内心で思い、パソコンとにらめっこを続けながら、書類を持ってきたハボックに視線を向ける事もなく応える。
画面に映し出されているのは、昨日の歌手。

「あっ、エディじゃないッスか」

「知ってるのか?」

上司の前で平然と火の付いていない煙草をくわえている(会社内が喫煙所以外は全て禁煙になったのは最近の事。ヘビースモーカーのハボックにとっては、かなり肩身が狭いだろう。)ハボックの方に視線を送る。
ハボックが知っているとは予想外だ。

「今凄い話題になってますからね」

確かにホームページには最近デビューしたばかりだとあるのに、ファンクラブの人数は既に凄まじい数になっていた。
彼の情報を調べようと掲示板を検索してみたが、あまりの書き込みの数の多さに、途中で読むのを断念してしまう程だ。

「でも秘密が多くてプライベートは全く分かんないんスよね。性別すら不明ですし」

そう、彼に関する情報はやたらに少ない。公式のホームページには名前と顔写真、それと所属事務所くらいしか載っていない(CDや出演情報は今は置いておく)。
テレビを見てから何時間もネットサーフィンしてみたが、どこを探してもそれ以上の情報は得られなかった。

「でもそのおかげで男女共に熱狂的ファンが多いみたいッスよ」

本当にエディは中性的な顔立ちをしている。それに服装もどれを見ても、どちらとしてもとれるような格好ばかり。

「謎多き歌手か…実に興味深いな」

隠されれば余計に知りたくなるのが、心理というものだ。
必ず君に近付いてみせるよエディ。









「お疲れ様」

収録を終え楽屋に入れば、アルが水の入ったペットボトルを持ってにっこりと笑い立っていた。
アルは俺の弟で、十五歳にして敏腕マネージャーとしてオレを支えてくれている。

オレがこの世界に入ったきっかけは、数ヶ月前に母さんが病気で倒れた事から始まる。母さんの入院費と手術費は母子家庭だったオレの家では、とても払っていけないような額。
まだ高校生だったオレは、母さんの入院費を稼ぐ為に高校を辞めた(それを知った母さんは、悪くないのに何度も謝ってきた)。
そんな時、街中を歩いていたオレに、モデルにならないかとスカウトがかかった。見せられた名刺は有名な事務所。
売れればいい収入口になるし、ダメな時は直ぐに辞めて新しい仕事を探せばいい。そんな軽い気持ちで事務所に入る事を決めた。

問題はそれからだ。
事務所に言って書類に簡単な履歴書を書いていると、性別の男に丸をしたところでスカウトした人が紙を見て「え?」と言う声が上げた。何かと思って顔を上げた時に言われた言葉はこうだ。

「君、男の子?」

今までずっと勘違いしていたらしい。オレのどこが女に見えるというんだろうか。こいつの目は節穴に違いない。

「そうですけど…」と少し苛立ちを交えて返せば、「へー」とか「ほー」とか言いながら顔をじろじろと穴が開くんじゃないかというくらいに見てくる。
やっぱ断って帰ろうかと考えたのと、男の声が上がったのはほぼ同時だった。

「よし、決めた!君は歌手デビューをしてもらう!」

突然の決定に開いた口が塞がらない。そもそも最初はモデルとして誘われてきたのだ。急に歌手になれとか言われて、「はい、わかりました」なんて言える訳がない。

「君は性別不詳の歌手になってもらおう。名前はそうだな……エディだ」

「ちょっと待ってく」

「性別だけじゃなくて他も不詳にしちゃおうか。あと軽く変装した方がいいね。君の素性を知ってる人もいるだろうし」

人の制止の言葉も聞かず、話はどんどんと進んでいく。
オレが歌手?どう考えても無理だろ。歌は好きだがプロになるような練習はした事はない。
そもそも性別を不詳にしたって、顔を出したら直ぐにバレるだろう。オレはどう見ても男だ。

直ぐにバレて、歌も売れずに失敗する。
この時はそう思っていた。

しかし現状は大成功。事務所の電話は問い合わせで鳴りっぱなし。テレビの出演や、雑誌の対談の仕事が次々に入ってきた。
瞳の色や服装、化粧のおかげで周りにバレる事もなく順調。性別もバレる事はなかった(なんで分かんないのかと最初はむかついたが、化粧のせいだと納得する事にした)。

ただ一つ困った事と言えば、アルが学校を辞めてしまった事だ。
オレとしては高校卒業までさせてやりたかったのだが、オレが売れ出したのをきっかけに、自分がマネージャーをすると言って、知らぬ間に学校を辞めてきてしまっていた。
今ではマネージャー業にもすっかり慣れて、俺の仕事やスケジュールは全てアル任せだ。

「兄さん、CMの出演依頼きてるんだけど受けても大丈夫?」

「CM?」

今までテレビには何回も出たが、CM依頼が来るのはこれが初めてだ(アルがオレに聞く前に断っていれば知らないが)。

「ボワロって有名なお菓子会社知ってるよね?新商品を出すから是非そのCMに出て欲しいって言われてるんだけど…」

アルに細々とした字が書かれている紙を渡される。紙には新商品の説明やら、何故オレに出演して欲しいかなどがびっしりと書かれていた。

「お菓子食えんのかな?」

「お菓子のCMなんだから食べられるんじゃない?」

「ならオレは受けてもいいぞ。最終的な決定はアルに任せるから」

読むのが面倒になった紙をアルに返し、携帯を開き時間を確認する。右上に表示されているデジタル時計は、21:17を示していた。

「また母さんのお見舞い行けなかったな…」

ここ最近は、面会時間の間に仕事が入っていて暫くお見舞いに行けていない。前に行けた時も、五分と話していられない状態だった。
仕事の事情だとわかっているだろうが(母さんには仕事の内容は伝えてある)、きっと母さんに寂しい思いをさせている。

「早くまた三人で暮らせるように頑張ろう」

「そうだな」

また三人一緒に暮らせるその日まで、オレは謎というベールを被りながら歌を歌う。
謎多き歌手、エディとして。









ダメ元でエディの事務所へCMへの出演依頼状を持っていった。今まで何社も断られている(少しでも秘密を探ろうとしたのがバレたのだろう)のは知ってはいたが、やってみない事にはどうなるか分からない。
結果、交渉成立。エディのプライベートについて絶対に探らないと誓いをたてたのが良かったのか、ギャラを高くしたのが良かったのか、はたまた違う理由なのかは知らないが、エディを生で見られる。それだけで胸が踊った。

今日は顔合わせと最終確認を含めた打ち合わせの日。昨日の夜は、まるで遠足前日の子供のように、ワクワクしてなかなか寝付けなかった。
会社の入り口前で今か今かと到着を待っていると、一台の黒い車が止まり、まず見知らぬ短髪の少年、その後を続くようにしてエディも降りてきた。
目深に被った帽子とサングラスのせいで、スカイブルーの瞳を見る事はできないのが残念だ(部屋に入ったらサングラスを取ってくれると期待しよう)。テレビで見た時も小柄だとは思ったが、実際に近くで見ると、思っていた以上に小さかった。ブーツを履いているからはっきりとはわからないが、それを合わせても一六〇センチはなさそうだ。

「お忙しいところご足労いただきありがとうございます。部長のマスタングです。」

二人に名刺を差し出せば、短髪の少年はにっこり笑いながら受け取り、エディは興味がないといった感じに、一度名刺を見てから受け取る事なく視線を逸らした。

「初めまして。エディのマネージャーのアルフォードです」

内面で驚きながら差し出された名刺を受け取る。
まさかとは思っていたが、本当にマネージャーだったとは…エディの身内だろうか。そうなるときっとこの名前も偽名だろう。

「こちらへどうぞ」

いつまでも立ち話をしている訳にもいかない。
当たり障りのないような会話をしながら、私は用意していた部屋へと二人を案内したのだが、その間、マネージャーのアルフォードは返事を返してくれたが、エディは一言も喋る事はなかった。




「改めて今回のCMの説明をさせていただきます。エディさんには来月より販売となりますこちらの新製品のイメージキャラクターをしていただきたいと思います。」

資料を見ながら説明していく。私の部下のハボックとホークアイ、そしてマネージャーのアルフォードは同じ手元にある資料を見ているが、エディは興味がないといった感じに、資料を見ることもせずにキョロキョロと室内を見回したり、新製品のお菓子の試作品を見ていたりしていて話を聞いている様子はない。

「衣装についてですが」

「衣装はこちらで用意致します。デザイン画などがありましたら事務所の方にお願いします。」

衣装をどうするかと聞く前に、ばっさりと言われてしまった。エディのサイズを外部にもらさない為だろう。
エディの事を探らないと誓いをたてた以上、事務所側の方針に意見する事などできない。

「わかりました。デザインが決まりましたら早急にファクスで事務所の方にお送り致します」

大した討論もなく、着々と打ち合わせは終わっていく。
結局最後までエディが喋る事はなかった(サングラスも掛けたままだ)。
何でもいいから言葉を交わせればと思っていただけに、少なからず落胆する。しかしこれだけ間近で会えるだけでも、かなり特殊な例だ。それだけでもよしとしよう。

「何もなければ本日はこれで終了したいと思いますが、何か質問などありますか?」

「それ、貰っていい?」

今日聞いた始めての声。
突然の事に、一瞬固まってしまった。

「え、あ、構いませんよ。パッケージは試作段階ですが、中味は最終調整も終わってますので、よろしかったらお持ち帰りください」

今日一番の極上の笑みで、新製品のお菓子を渡す。サングラスで顔の半分は見えないが、喜んでいるのは分かる。
エディはお菓子が好き。
いい情報が入った。これを利用しない手はない。

「お菓子がお好きでしたら、ご注文くだされば事務所の方にお送りしますよ?」

会社の製品が載っているパンフレットと、先程受け取ってもらえなかった名刺を差し出す。


「私宛てに連絡いただければ直ぐに用意致しますので。サービスですので勿論料金はいりません」

「どーも…」

エディがパンフレットと名刺を受け取った事に、心の中でガッツポーズする。
これで少しは名前を印象付けられるだろう。連絡がくるまで捨てられる心配も少ない(マネージャーが持ってるからいらないと言われればそれまでだが)。

「ご連絡お待ちしております」











打ち合わせとその後の収録を終え、マンション(事務所で用意したセキュリティー万全のマンションだ)に帰りソファにドカリと座る。

「打ち合わせにいた奴ら見事に反応バラバラだったよなー。女の人はまるっきりオレに興味なさげだし、金髪のツンツンした頭の奴は"芸能人に会っちゃったよ"的な顔してたし、あと一人は……」

カバンから貰ったパンフレットを出し、挟んでおいた名刺を手に取り眺めれば、部長という肩書きの下に、ロイ・マスタングと流れるようなフォントで印刷されている。

「ロイ・マスタング部長とかいう奴…あいつは何考えてんだかさっぱり分かんねえ」

興味が無い訳じゃないと思う(こちらを何回かチラチラと見てたし…)。かといって、ミーハーという訳でもなさそうだ。

「兄さんが他人に興味持つなんて珍しいね」

アルが対面キッチンで晩御飯を作りながら言う。ご飯を作るのは専らアルの役目だ。手際良さは惚れ惚れする程で、味も最高。前にオレが手伝おうとしたら、かえって邪魔をしただけで終わった。

「そんな事ねえだろ?」

「そんな事あるよ。それに兄さん最近笑わなくなったよね」

「毎日笑ってるだろ?」

「それは作り笑顔でしょ?ボクが言ってるのは心からの笑顔の事!」

そんな事ないと返そうとしかたが、今思えば最近笑ってない気がして言葉に詰まって顔をしかめた。
トントントンと部屋の中には、包丁がまな板に当たる小気味のいい音が響く。
言い返す事もできず、手持ち無沙汰に何気なくひっくり返した名刺の裏に書かれていた文字に気付くのに、そう時間は掛からなかった。
二行書かれた文字の羅列の上には、アルファベットが並び、下には数字が十一桁。明らかに個人の携帯アドレスと番号だ。
わざわざ名刺の裏に書いてあるくらいだ。部長さん本人のものに間違いないだろう。

「兄さんとあの部長さんって似たもの同士かもね」

「は?どこがだよ?」

「作り笑顔で本心を隠してるところとかさ。お互い仕事だから仕方ないかもしれないけど」

アルにそんな事を言われたせいだろうか。
いつもなら貰っても直ぐにゴミ箱行きになる名刺を、パンフレットに挟み直し、間違えて捨てないようにそっと棚の上に置いた。









あれから暫く経ち、いよいよCMの撮影日。
用意された衣装で、セットの中へと入れば、カメラ、照明、スタッフの視線が、全てオレへと集中し、予定通りに、指定された動作をする。
歌とトークを撮影する時とは違う緊張感は、思いの外にオレを楽しませてくれた。
視線をカメラの方に向けると、カメラの向こう側に例の部長さんの姿が視界に入る。相変わらずの鉄壁の笑顔。

「そのままの体制で誘うような挑戦的な視線してもらえるかな?」

心の中で何だそれ、とツッコミを入れながらも、自分なりにやってみれば、案外簡単にOKの声が返ってくる。

「一度休憩にしよう」

部長がパンパンと手を叩いてそう言えば、スタッフは散り散りに動き休憩を始め、オレはスタジオの隅に用意されていたパイプ椅子に腰を下ろした。
備え付けのカップにお茶を入れて飲んでいれば、カツカツと革靴の音が近付く。

「こんにちは。さっきの最後の視線、ゾクゾクしたよ。素晴らしかった」

「こんにちは。お褒め頂きありがとうございます」

社交辞令とばかりに半棒読みで返す。

「無理に敬語を使わなくて構わないよ?」

「決まりですから。必要最低限の事以外は、事務所関係者以外には話しませんので」

いつどこで情報がバレるかわからない。ちょっとした言葉遣いや話の内容で、素性がバレるような事になったら、今までしてきた事が水の泡。それだけは絶対勘弁だ。

「そうか。なら君は話さなくていいから、私の話しを聞いてくれ」

そう言って、オレの向かいにあるパイプ椅子へと座る。

「君を初めて見たのはCMの依頼をする一週間くらい前かな。歌っている姿に釘付けになった。その瞳、髪、声、全ての虜になったんだよ。君の事が好きだ。ファンとしてではなく、恋愛感情でね」

目の前でそんな告白されたのは初めてで少しは驚いたが、ファンの中にも偶に本気で好きですとか書いた手紙やらを送ってくる奴らはいる。そう珍しい事じゃない。
あんたが好きだという瞳は偽物。残念だったね、と声には出さずに心の中で呟いた。

「その青の下に隠された色が知りたい。本当の笑顔が見てみたい」

黒い瞳にオレの姿が映る。
メデューサに見られた訳でもないのに、体が固まって動いてくれない。心臓が早鐘を打つようにドクンドクンと鳴り、外にまで聞こえてしまうんじゃないかと思った。
何て言えばいいんだろう。
何を言っているんだと誤魔化すべきだろうか。
どうして分かったと問い詰めて、口止めをすべきだろうか。
魚のように口がパクパクと動くだけで、言葉にならない。

「お話の最中すいません。少しエディお借りします」

少し離れていたアルがオレの異変に気付き、少し強引に話を打ち切る。
引っ張られるように連れてこられたのは、スタジオ近くの廊下の隅。
人がいないのを確認し、オレに問い掛けてくる。

「大丈夫?変な事でも言われた?」

その言葉に反射的に首を振る。
本当なら瞳の色がバレた事を話して、口止めを図るべきだろう。
でも彼ならオレの事を知ったとしても、誰にも話さないような気がした。碌に知らない相手なのに、そんな風に思ってしまったのは自分でも不思議だ。

「平気。思ってたより部長さんがオレの熱狂的ファンで驚いただけだから」

苦笑しながら言えば、少し納得していないような顔だったが、アルもそれ以上深く追求はしてこなかった。



休憩後の撮影も、何事もなく順調に進んだ。
部長も必要以上にはオレに近付いては来なかったし、撮影終了後も事務的な挨拶をしただけで何もなかった。
こうなると、さっき聞いた言葉は全て空耳だったんじゃないかとさえ思えてくる。
本当になんだったんだろうか。









あれから数日が過ぎた。
あちらからの連絡はない(オレ個人の連絡先を教えてないのだから、当然と言えば当然だ)。
最近、仕事の合間だとか、家にいる時だとか、ふと気付くとあいつの事を考えてしまう。

君が好きだ

本当の笑顔を見てみたい

まるで壊れたレコードのように、あいつの言葉がオレの頭の中で繰り返し流れる。

「あーもー、何なんだよ!」

ぐしゃぐしゃと頭を掻き、財布からこの間パンフレットから移動させた奴の名刺を出してベッドに座る。
ポケットから取り出したのは携帯。パカッと開き、メールの新規作成画面を出し、慣れない手つきで名刺を見ながら宛先にアルファベットを入力していく。勿論会社の方のアドレスではなく、個人の方だ。
本文には"暇があったら連絡しろ"という一言と、電話番号とエディとだけ書き送信した。

「送っちゃった…」

事務所にバレたら怒られるかな。送信完了の画面を見て、携帯を閉じ苦笑する。
あいつはメールを見てどんな顔をするだろう。
驚く?それとも喜ぶか?
それを想像しただけで、なんだか楽しくなって笑みがこぼれた。


数秒後、名刺に書かれている番号が音楽が流れると共にディスプレイに表示された。

「もしもし、部長さん?」

これがオレ達の関係が始まる、第一歩目。





Fin

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恵音様のみフリーです。



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