エドの体は元に戻ってます。国家錬金術師も辞めて、ハボックと同棲中。
他は変わりありません。
「ジャンのバカ!」
バタンッとけたたましい音を立ててドアが閉まる。近所からうるさいと苦情がきそうな程の音だ。
あいつとの喧嘩は、同棲を始めてから初めての事だった。理由は実にくだらない事だと思う(エドからしたら深刻な問題なのかもしれないが)。
事の始まりはテーブルの上に乗っている食べかけのプリン。エドが大事にとっておいた(らしい)プリンだ。普通ならここまで大袈裟にならなかったかもしれない。だけど、怒っているエドに言った言葉が悪かった。
「たかがプリンで…」
そんなに怒るなよと言おうとしたら、「プリンを馬鹿にするな!」と怒鳴られ、その後は延々とプリンの素晴らしさを語り、最後には冒頭のセリフを言って出て行った。
閉められた玄関のドアを見ながら頭を掻き、一度部屋に戻り腰を下ろす。
「その内戻ってくるか…」
エドは財布も持たずに飛び出していった。一文無しなら行動範囲はかなり絞られる。
ほっといても夜までには帰ってくるだろう。
そんな感じに軽く思いながら残りのプリンを胃の中へと収めた。
時計は夜の七時を過ぎた所を指しているが、一向にエドが戻ってくる気配はない。
もしかして何か事件に巻き込まれたんじゃ…最悪の事態が頭をよぎる。
ここまできて、数時間前に呑気にプリンを食べていた自分が馬鹿だと思った。
何故あの時すぐに追い掛けなかったんだろう。俺が謝ればそれで済んだ事なのに。
俺は上着を掴み、エドを探すべく外に飛び出した。
図書館、公園、レストラン、司令部…心当たりのある場所は全部行ってみたが、どこにもエドはいなかった。
本当に何か危ない目に逢ってるんじゃないかと不安がよぎる。
俺は助けを求めて一軒の家に走った。
早く出ろと言わんばかりに、チャイムを何回も連続して鳴らす。それでもまだ出てこない住人に、ドアをダンダンと叩いた。
「うるさい!少しは待てんのか!」
明らかに不機嫌ですといった感じに、大佐が眉間に皺を寄せながら出てくる。だが大佐の機嫌が良かろうと悪かろうと、今はそれどころじゃない。
「エドがいなくなっちゃったんスよ!喧嘩して飛び出して行ったっきり帰ってこなくて、何か事件に巻き込まれてるんじゃないかと思って…一緒に探してください!」
一気にそこまで言えば、大佐は面倒臭いといった顔を隠しもせずに押し出してくる。この人には部下を可愛がるという気持ちがないのだろうか。
「早く国中を捜査してくださいよ!もし監禁なんてされてたら!」
動く気配がない大佐を、俺は忙しなくその場で足踏みしながら急かす。
こうしている間にも、事態は悪化しているかもしれない。
「少しは落ち着け。エドの事ならその辺にいるかもしれないだろ?」
「歩ける範囲の場所は殆ど探しましたよ!それでも見付からないからこうして大佐の所に来たんです!」
俺が慌てているというのに、大佐は全く急ぐ様子なんかなくため息を吐いている。
本当にこの人は薄情者なんじゃないかと疑ってしまう。
「エド、いい加減許してやったらどうだ?」
「へ?」
大佐の言った言葉にポカンとしていれば、奥からひょこりとエドが顔を出す。
状況を飲み込めずに間抜け面のまま固まっていれば、大佐に押されて俺の前までエドがやってくる。
「痴話喧嘩なら余所でやってくれ。私を巻き込むな」
そう言われて邪魔だと言うように、二人まとめて家から追い出された。
「帰ろうか…?」
「うん…」
二人して無言で家に向かう。
何か話そうかと思ったが、何から話していいかわからない。
ごめん。
心配したんだぞ。
なんで大佐の家にいたんだ?
どれから言うべきだろうかと考え倦ねいていれば、エドが先に口を開いた。
「オレまだ許した訳じゃないからな」
頬を膨らませながらズカズカと俺の少し前を歩く。高い位置で結ばれた髪が、まるで尻尾のように揺れる。
左右に揺れ動くその髪に触ったら、また怒られてしまうだろう。
「ごめん。悪かったよ」
苦笑を交えて謝れば、エドは足を止めて俺の方に体を向けた。
「本当に悪かったって思ってるか?」
「思ってるよ」
眉を寄せて俺を疑うように見つめてくるその顔さえ可愛いと思えるのは、惚れた弱みというやつだろうか。
「今度勝手に人の物食べたら本当に出てくからな!」
「肝に銘じておきます」
食べ物の恨みは恐ろしいとよく聞くが、本当にその通りだ。エドなら食べ物が原因で別れると言いかねない。破局原因「エドのプリンを俺が食べたから」なんて事だけは勘弁だ。
「今回だけは許してやる」
前を向き再び歩き出したエドの今度は横に行き一緒に歩く。
「でもなんで大佐の家にいたんだ?」
煙草に火を付けながら尋ねる。
「だって大佐の家なら貴重な本沢山あって暇しないし、いざとなったらただで泊まれるしな」
確かに大佐の家になら図書館にないような貴重な文献は沢山あるだろうし、部屋も余っているだろう。
まだ鋼の銘を持っていた時にも、何回も家に行ったり偶に泊まったりしていた事も知っている(この時少なからずヤキモチを妬いていたのは、ここだけの話だ)。
「でも本当に心配したんだぞ?暗くなっても帰ってこないし…」
「ジャンだって迎えに来るの遅いんだよ」
ゆっくりプリン食べてから部屋でゴロゴロしてましたなんて、口が裂けても言えない。
「でも……必死になって探してくれてみたいで嬉しかった」
幸せそうに笑うその顔がたまらなく愛おしい。
ここが外じゃなかったら間違いなく抱き締めていた。
全くどれだけ俺を骨抜きにすれば気が済むんだろうか。
きっと俺がこの恋人に勝てる時なんてきやしない。
「プリン買って帰ろうぜ」
「あぁ」
にっこり笑い少し冷えた小さな手を握る。
「ちょっ、恥ずかしいだろ!」
「大丈夫、誰もいないから。少しだけ…な?」
そう言えば少し頬を染めながら、手を握り返してくれた。
とても幸せな時間。
星が綺麗に輝いて、隣でエドが微笑んでいる。
小さな小さな幸せだけど、こんな時間がいつまでも続けばいい。
それを気づかせてくれるなら、偶にする喧嘩も悪くない。
そう思えた。
Fin
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