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「あのー…そろそろ離してほしいんですが…」
「嫌だ」
わざとらしいくらいに大きなため息を吐く。
報告書を持って久々に来てみれば、執務室に入った時からずっとこんな感じだ。報告書も受け取らずに抱き付かれ、そのまま有無を言わせずソファに座らされてからも離れようとしない。正直鬱陶しい。
「中尉が持ってきてくれたケーキ食べたいんだけど…」
さっきからずっと目の前にケーキがあるのに、大佐に抱き付かれてるせいで、それをいっこうに口に運ぶ事はできず、チョコレートの甘い匂いに鼻を刺激されていた。
その言葉で大佐の腕の力が弱くなり、漸く解放されたと思えば、今度は大佐の膝の上に乗せられ、シートベルトの如く腰をがっちりと抱き締められ、肩に頭を乗せられる。首に大佐の髪の毛が当たってくすぐったいが、腕が解放されただけよしとしよう。
テーブルの上に置かれていたケーキをやっと口の中へと入れれば、ほろ苦いチョコレートの味が舌を刺激する。このケーキはきっと駅前にあるパッサカリアのケーキだろう。今人気のある有名店だ。
「うん、美味しい。で、何かあったのか?」
「別に何も…」
相変わらず俺の肩に顔を埋めながら答える。
なんでもないのに、こんな長時間拘束される方はたまったもんじゃない。それにまだ報告書を受け取ってすらもらってない。
ケーキを一口分フォークに刺し、「食え」と大佐の顔の方に近付ければ、漸く顔を上げパクリとケーキを食べる。
「ただ…」
「ただ?」
「鋼のが恋しかったんだよ」
「…そうですか」
「そうですよ」
それだけ言ってまたオレの肩に顔を埋める。まるで体のでかい子供だ。
でも、偶にはこんな大佐の相手をするのも悪くはない。
Fin
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