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死なないでロイ………

禁忌とは知っていても、黙って見ているなんてできなかった。
自分がどうなってもロイを助けたかった。
だからオレは天使の力を全てロイに移した。






『届かない声』





力を移した後、直ぐにオレの体は天界に送られ、そのまま直ぐに裁判が始まった。
オレ一人を裁く為に何人もの天使が集まり額を集めて話をしている。その様子をどこか他人ごとのように見ていた。
暫くして話がまとまったのか、部屋の中が急に静まり返り、大天使様がオレの方を見て判決を述べる。

「神様に授けられた力を私利私欲に使い人間を生き返らせた。この行為は神様への裏切り行為であり、許し難いことである。よって、天使エドワードに天使の資格剥奪を言い渡す。」

天使の資格剥奪…要は死刑宣告だ。力を使い切ったオレには、最早天使として生きていく資格はない。当然の判決だろう。

「何か言いたい事はあるか?」

「いえ…申し訳ありませんでした」

そう言いながら頭を下げる。顔を上げた時に視界に入ったのは、裁判室の端で判決を見守っていた悲痛な面持ちの先生だった。言い付けを守らないどうしようもない問題児だったオレのことでも、少しは悲しいと感じていてくれているのだろうか。

見張りの二人にがっちりと挟まれながら部屋へと案内され、着替えるように指示された。用意されたのは真っ白なら服。きっと身を清める為だとかそんな理由だろう。
靴も脱がされ、裸足でペタペタと廊下を歩けば、廊下の冷たさに肌が粟立った。

「この部屋に入って真っ直ぐに歩けばその先に一つの門がある。そこを通りなさい…誰かに何か伝えたい事はあるか?」

「…それならウィンリィにごめんって‥それと今までありがとうって伝えてください」

「わかった。必ず伝えよう」

「お願いします」と軽く頭を下げてから扉をゆっくり開け、扉の向こう側へと体を入れた。
この部屋…というより空間には、光と闇の狭間があり、さっき言ってた門というのは、まさに光と闇の狭間に繋がっている。そこをくぐれば体も魂も消滅するそうだ。
オレはただただ真っ白い空間を、黙々と一人で歩いた。歩みを止めればどちらから来たのかもわからなくなりそうだ。
こう一人の時間が長いと、余計なことを考えてしまう。先生の説教を聞いてる方がいいとさえ思える程だ。苦痛ではあるが、その方が気が紛れる。

最後まで先生に迷惑掛けっぱなしだったな。
先生の言う立派な天使になれなくて、すいません。

ウィンリィには結局人間界で起きたこと言わず終いだった。
黙ったまま勝手に消えてごめんな。

ロイ、ちゃんと生き返ったかな。オレの全てを使ったんだから、オレの分まで生きろよな。
会えて嬉しかったよ。ありがとう。

門の前でピタリと足を止めた。怖くはない。後悔もない。ただ門を通るだけで全てが無になる。きっと苦しむ事もなく、一瞬にして消えるのだろう(ここに入った人の話が聞ける訳がないので、単なる憶測でしかないが)。
一度目を閉じ、深く深呼吸をして酸素を脳へと送り込み、目を開き門を見据え、一歩また一歩と踏みしめて歩く。

「彼に会いたくないかい?」

これが最後の一歩だという所で、オレの足がピタリと止まる。
声のした方を見れば、さっきまでは誰もいなかった場所に、上から下まで真っ黒な格好をした男が立っていた。

「誰だ?」

「私は神の真逆に位置する者。私の元に来るならお前の望みを叶えてあげよう」

神様の真逆…魔王だ。
魔王は口元に弧を描き、此方に手を差し伸べてくる。
この手を取れば、今までの仲間を全て敵にまわす事になる。消滅か裏切りか。本当なら迷う事など許されないだろうが、魔王の甘い誘惑に心が揺らぐ。

「彼に会いたいなら此方に来なさい、エドワード」

その言葉に引っ張られるように、オレはゆっくりと魔王に近付き手を取った。
最低な事だなんてわかってる。それでも、全てを敵にまわしても、会いたい。もう一度会いたいよ、ロイ……










堕天使になって直ぐに、純白から真っ黒に変わった翼でロイの所へと飛んだ。
無事でいるだろうか。暫くオレが来なくて変に思っただろうか(堕天使になった時の副作用で、何日か寝込む羽目になった)。
また会えると思っただけで心が弾んだ。

「ロイ!」

家の中へと入り、大声で呼ぶが返事はなく、待ちきれなくなって勝手に奥へと足を進めれば、ロイは直ぐに発見できた。
後ろからそっと近付けば、ロイはオレの話した内容をメモした手帳を見ており、その様子を見る限り、元気そうで一先ず安心した。

「ロイ、久し…」

「久しぶり」と言う言葉を遮ったのは、思いもよらないロイの行動だった。不可解そうな顔をしながら、手帳をゴミ箱へと投げ捨てたのだ。

「あんなもの書いた覚えはないんだがな…」

そう呟きながらオレの横を通り過ぎる。

「ロイ!ロイってば!」

いくら叫んでも、ロイはこっちを振り返ってはくれなかった。
オレの事、見えてない?覚えてない?ロイの中にオレはいない?
まるで心臓を誰かに鷲掴みにされたように胸が痛くなり、涙で視界が歪む。死刑宣告をされた時よりも、何倍も苦しい。息の仕方さえ分からなくなり、嗚咽がこみあげる。
地に突き刺さったような重い足をどうにか進め、ゴミ箱へと捨てられた手帳を拾い、両手でしっかり抱きしめながら、声を上げて泣いた。
どうせ誰にもこの声は聞こえはしない。どうせ誰にもこの顔は見えはしない。もうあなたに何も届かない。









後から魔王様に聞いた話では、天使や天界のことが人間界に広まる事を避ける為に、神様がロイからオレに関わる全ての記憶を消したんじゃないかとの事だ。
前にオレの姿が見えたのは、死期が近かった為だという事も知らされた。だから今のロイにはオレの姿は見えない。勝手に徳が高いから見えるのだと勘違いしていたオレが馬鹿だった。
でも、もうそんな事はどうでも良かった。記憶が消えたのが神様のせいでも、術の反動だとしても、消えた事には変わりはない。オレの姿が見えた理由が何であれ、今は見えない事に変わりはない。

「彼に会って無事を確認する事ができた。望みは叶っただろ?」

そうだ、ロイは無事だった。元気に生きていた。それ以上を望むのはオレの我が儘。

「はい、魔王様のおかげです」

魔王様の前に片膝を付いて座る。これからオレの生きる理由はただ一つ。

「魔王様のお役に立てるように頑張ります」

天界には帰れない。ロイの元へも行けない。オレの居場所はただ一つ、闇の中……





Fin


あきゅろす。
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