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ガシャーンッという音がキッチンから響く。本日三度目だ。
こんな事になるなら、大佐にあんな事を頼むんじゃなかった。自分の浅はかだった考えに、ため息を吐く。

「大丈夫か?」

キッチンでは珍しくエプロンを付けた大佐が、今落とした皿と思われる破片を拾い集めている。

「大丈夫だよ。鋼のはのんびり休んでいてくれ」

オレだってできることならそうしたい。だが、こう何回も食器の割れる音や、鍋をひっくり返す音が頻繁に響いていたんじゃ、落ち着いて休んでいられやしない。

「何か焦げ臭くないか?」

「あっ!」

しまったとばかりに開かれたオーブンからは、黒い煙がモクモクと立ち上がる。
出された物は形からしてチキンだった物だろう。良い色どころか、それを遥かに通りこして真っ黒だ。とても食べられそうにない代物である。

「今日のメインが……」

がくりと肩を落とす大佐に、オレは「ドンマイ」と苦笑を漏らすほかなかった。
そもそもこんな状況に陥った原因は、かれこれ数時間前の話だ。





『焦げたチキンと甘いケーキ』





「欲しい物を言え?」

急に帰って来いと言われ列車に揺られて三時間と四十五分。緊急だと言うから列車に飛び乗って来たというのに、着いた早々「欲しい物を言いたまえ」と言い出すオレの上司ロイ・マスタング大佐殿。大佐とは世間一般的に言えば、「恋人」と言う関係だと思う。たぶん。

「今更それを聞くか?そんなん決まってるじゃん」

それを探し求めて軍の狗にまでなって旅をしているんだ。大佐だって分かってる筈。それを今更なんだっていうんだ。

「あぁ、そうか。気が付かなかったよ」

椅子から立ち上がりオレの方へとやってくる。
待て待て待て待て。なんでこんなに接近して、オレの腰を抱く必要がある。

「何してんだよ!」

グイグイと大佐の胸を押し、少しでも間を開けようと奮闘する。大人の力に勝てる訳もなく、見事に完敗するのは目に見えているが、それでもやらずにいられないのだ。
お互いの息がかかりそうなくらい、大佐が顔を近付けてくる。

「君が欲しいものは私だろ?流石にここで最後までやるのはまずいからね、キスだけでもと思って」

大佐はそれはもうムカつく程に綺麗な笑顔を作ったが、それも直ぐに歪んだ表情に変わる。オレが思いっきり足を踏んでやったのだ。

「痛いではないかね…」

生身の足で踏んでやっただけ感謝して欲しいくらいだ。
痛さでうずくまる大佐を無視してソファへと腰掛ける。

「オレが欲しいのは賢者の石。若しくはその情報。あるなら出せよ」

まだ座っている大佐に向かって手を出す。やたらと混雑する列車の中、鮨詰め状態になりながらやって来たのだ。貰えるものは貰っておかないと不似合わない。

「残念ながら今は何もないよ」

大佐が立ち上がりながらパンパンと服の埃を払う。オレは何も乗ることがなくなった行き場のない手で、部屋に舞った埃を大佐の方へと煽った。

「いい加減オレを呼び出した理由教えてくんない?オレあんたみたいに暇じゃないんだよ」

「…まだ分からないのかね?」

分かる訳がない。オレはエスパーで人の心が読めるとか、そんな特殊能力は備えていない。呼び出した理由など知り得ない。それとも、今まで話てた中に理由があったのか?否、大佐が言ったのは「欲しい物を言いたまえ」だけだ。とても理由が分かるような台詞ではない。

「呼び出したのは、上司としてではなく私一個人…君の恋人としての理由だ。今日は何の日だ?」

個人の呼び出しで軍を利用するなというのは、この際置いておこう。
今日は何の日か?そもそも今日が何日かも分からない(知りたければアルに聞けば間違いないから、普段はあまり気にしないのだ。曜日も同じく)。
こうなったら推理するしかない。年末が近いのは確かだ。さすがにそれくらいの感覚はある。ヒントは大佐の言った「欲しいものは何か」だ。そう言えば、街中がみんな浮き足立ってた気もするし、電車もいつもより混んでいた。それにアルも最近何かがあるような事を言っていた。何だっただろうか…

「そこまで興味がなかったとはね。普通子供なら楽しみにしてるものなんだが…」

子供じゃねえ、と一喝してからアルの言ってた言葉を思い出した。

「クリスマスだ!」

ポンと手を叩き、新しい発見をしたと言わんばかりの得意気な顔で大佐を見る。それなのに「漸く分かったのか」と言いたげな顔をし、折角の高揚気分に水を注す。

「じゃあそれだけの為にわざわざ呼び戻した訳?」

「鋼のと一緒にクリスマスを過ごしたかったんだ!」

くだらない事で呼び戻すな、と一刀両断しようかと思えば、それより先に力一杯主張された。こうもバッサリと言われると、何だか怒りずらい。それに断りずらい(ここまで言われて、断る理由もないが)。

「まぁ、もう来ちゃった事だし…でもプレゼントなんか用意してないからな?」

クリスマス自体忘れていたんだ、用意なんて当然してある訳もない。大佐も期待なんて微塵もしていないだろうが、一応断っておく。

「君がここに来て一緒に過ごしてくれる事が何よりのプレゼントだよ」

こんな歯の浮くような台詞をスラスラと言い、しかも様になっているところがまた憎々しい。それ以上に、こんな台詞に少しでもドキリとしてしまう自分はもっと憎たらしい。
何だかんだで流されてしまう自分に軽く舌打つ。これも惚れた弱みだ。致し方ない。

「鋼のに何をあげようか私も考えたんだが思い付かなくてね、ならば本人に聞くのが一番だと思ったんだが…」

オレに選ばせてくれた事を心から嬉しく思う。前にくれた誕生日プレゼントは最悪だった。宿に宅配便が来たかと思えば、次々に運ばれてくる薔薇の花、花、花…あっという間に宿の部屋は薔薇だらけだ。寝る場所すら埋め尽くされた。当然直ぐに電話を掛け、文句を言ったのは言うまでもない。

「文献以外に欲しいものなんてねえしな…」

服もいらないし、アクセサリーなんてもっと必要ない。それに欲しければ自分で買うくらいの金はある。わざわざ大佐に貰うような物も思い浮かばない。

「やはり薔薇の花束でも用意すべきだっただろうか?」

顎に手を当て考えている大佐を一睨みする。あれだけ文句を言ったのにまだ懲りていないのか、この男は。
オレの睨みに気付いた大佐が「冗談だ」と苦笑しながら肩を竦める。本当に冗談で言ったのかは、オレの眼力では大佐のポーカーフェイスは見破れないので分からない。

「ではご飯をご馳走するとしよう。いつもと変わりがないが無難だろ?」

帰って来た時はいつも大佐に奢って貰っている。今日奢って貰っても、いつもの事にオプションとしてバックにクリスマスというイベントがあるだけだ。やってることは何の変化もない(変わるとすれば乾杯時にメリークリスマスと言うくらいだ)。

「飯……そうだ!大佐が飯作ってくれよ。大佐の手料理食べたことないし。うん、これがいい!」

オレがこれ以上にない位の素晴らしい提案をしているというのに、大佐は苦虫を噛んだような顔をしている。大佐がこんな顔をするのは珍しい。今日は良い日になる予感がする。

「料理なんて士官学校で訓練用に作って以来だぞ?」

だろうな。大佐が料理してるなんて想像がつかない。外食で済ませるか誰かに作ってもらうかで、今まで過ごしてきたんだろう。
逆にプロ並みの腕前で料理したら、本当に大佐なのかと疑いたくなる。(言い過ぎだろうか?)

「食べれればいいよ。大佐がオレの為に作る事に意味があんの」

「鋼のの為に私が…」

そう言うと、こうしちゃいられないとばかりに帰り支度を始めだす。
付き合いだしてから、大佐の誘導の仕方もだいぶ分かってきた。大佐はお願いに弱い。お願いとかオレの為にとか言うと、大抵の事はしてくれる。しかもその実行力は半端ない。それを普段の仕事に使えよと言いたいところが、此方も頼んでる側だから口には出さない。

「仕事は終わってんのかよ?」

オレのせいで仕事に支障が出るのは好ましくない。というか、中尉に怒られるのは勘弁だ(本気で怒ったら師匠と同じ位恐い気がする)。

「心配ない。君が来る前に終わらせたよ。仕事の捗りが早くて中尉も喜んでいたくらいだ」

いつも苦労してるんだな、中尉も。仕事が捗り喜ぶという事は、普段仕事が捗らないくて困っている証拠だ。
それにいつも「エドワード君が来てくれると書類が早く片付いてくれて助かるわ」とか言われるし、ハボック少尉が消えた(サボっている)大佐を探しているのも何度か見掛けた事がある。本当にこんなのが大佐という地位にいて大丈夫なのだろうかと、いらぬ心配までしてしまう。

「帰ろうか」

にっこりと笑みを浮かべながら差し出された手を、誰が握るかとパチンと叩きサッサッと歩き始める。後ろからは「つれないね」だとかぼやき声が聞こえてきたが、完全に無視の状態で歩みを進めた。








そうして帰りがてら料理の材料を買い、大佐がこれまでに食べた事のないくらい美味しい物を食べさせてあげようと、まぁ無理だろうと思われる事を言い残し、キッチンで奮闘し始めて今に至る。
因みにアルは荷物運びやらの雑用を手伝うと言って司令部に残っている。今日は人手が少なくて大変なんだそうだ。そんな時に早く帰って来て良かったんだろうか…

「オレも手伝うよ。大佐に任せてたら食べれる物が出来る前に飢え死にしそうだし」

腕捲りをしてキッチンへと立ち、まだ使えそうな物を確認する。だいぶ減ってはいるが、元から失敗するのを計算して買っておいたおかげで、二人分なら十分に作れるだけの材料はある。

「すまないね。折角君がお願いしてくれたのに叶えられなくて…不甲斐ない」

苦笑に乗せながら謝る。本当に申し訳なさそうだ。ここまで申し訳なさそうな顔を見たのも初めてだと思う。
今日は新しく色々な大佐を見れた気がする。大佐の新たな一面を見れた。たったそれだけの事なのに心が弾む。

「無理矢理頼んだのはオレだしさ、一緒に作ろうぜ」

にっこり笑いながらジャガイモを渡す。皮剥きくらいなら大佐でもできるだろう、と考えた自分が甘かった。渡したジャガイモは見事なまでにシェイプアップした。剥いた量の方が多かったんではないかと思える程のサイズダウンだ。
これがダイエットだったら拍手で喜んでやったが、野菜にダイエットは不要だ。寧ろ太ってくれた方が嬉しい。小さくしたジャガイモを放置しておいたら丸々太ってくれた、なんてことになったら家計は大助かりだ。

「すまない…」

ジャガイモを見つめながら唖然としているオレに、大佐はまた申し訳なさそうに謝った。
本当に料理に関しては全くダメなようだ。しかし大佐はめげずにもう一度とジャガイモを必死で剥き始める。その必死さが、隣で見ていて、とてもおかしくて、可愛く思えた。

それから何時間も掛けて二人で多すぎる程の料理を作り、チキンも焦げを取れば、食べられる代物になった。出来上がった頃にはお腹はグーグーと鳴り響き、早く食べ物を入れろと訴えていた。
二人で向かい合って椅子に座り、ジュースとシャンパンが入ったグラスを持ち軽くぶつけ合わせる。カチンという小気味良い音が部屋に響いた。

「「メリークリスマス」」

二人で笑いあった後、ご馳走を腹の中へと収めていった。勿論ケーキもある。これだけは全て大佐のお手製だ。
見た目は生クリームが剥げている所があったり、飾りにと搾り出してあるクリームも歪な形になっていて、とても綺麗だとは言えない。食べてみればスポンジが固いし、生クリームも甘すぎて、大体の人は美味しくないと言う代物だろう。

「折角のクリスマスにこんなケーキで悪いね。もっと美味しく作れたら良かったんだが…」

オレはその言葉に横に首を振った。

「美味しいよ、このケーキ。オレは好き」

別にオレの味覚がおかしくなった訳ではない。もしここに十人の人が居たら、その十人みんなが「どこが美味しいのだと」聞いてくるであろう。それでもオレは美味しいものは美味しいのだと主張する他ない。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう」

それはきっとこのケーキがオレにとっては特別なものであるからだろう。大佐が…ロイ・マスタングがオレの為に作ってくれた世界でただ一つのスペシャルケーキ。それを一緒に食べられるのも勿論オレだけ。世界中の誰よりも幸せなんじゃないかと思える。

「メリークリスマス、ロイ」

「メリークリスマス、エドワード」

焦げたチキンに、甘過ぎるケーキ。ツリーも無ければ、サンタもいない。
それでも全く構わない。
一緒に笑い合える特別な人が目の前にいるのだから。

Merry Christmas!
All of you in this world.




Fin



あきゅろす。
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