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森の中にある一つの高い塔。その塔には入り口も登る場所もありません。
そこに住んでいるのは、一人の少女。彼女は産まれてから十五年、一度もこの塔から出たことはありませんでした。


「退屈だなぁ……」

ため息を一つ漏らす。
窓から外を眺めていても、見えるのは木と空、そして飛び交う鳥に偶に近くを歩いている動物達。
至って単調で、退屈な日々。
外の世界のことも少しは知っている。婆さんに聞いたり、本を少し読んだくらいだからそう深い知識ではないが…

「エドワード、お前の髪を下ろしておくれ」

ご飯の時間だ。いつも一日に一回、婆さんがご飯を運んで来てくれる。だから俺はここから一歩も出る必要がない、と言うか、出させてもらえない。
産まれてから伸ばしている髪を窓から下げ、婆さんを引っ張り上げる。
これも結構大変なものだ。何年もやってきたので慣れはしたが、大変なことには変わりない。

「ほら、ご飯だよ」

婆さんは用だけ済ますとすぐにスルスルと降りて行った。
ご飯の入った籠を置き、窓辺にある椅子へと腰掛ける。そしていつものように歌い出す。俺が唯一知っている歌だ。


Hello,the love of my life.

I changed at I meet you.

I learnt liberty.

I learnt the area of the world.

I learnt pleasure.

I learnt love.

Thank you,the love of my life.

I flap freedom at you side today,too.


「歌声…?」

まさかこんな森の中でと思ったが、確かに歌声が聞こえる。
その歌声は今まで聞いたことがないくらいに綺麗な声。鈴をころがすような声とは、まさにこのような声だろう。
声を頼りに森を進めば、現れたのは一つの塔。ここから見る限りでは、塔の入り口も、声の主も見ることは叶わない。

「王子!一人で行動なさらないでくださいと申し上げたはずです」

「ホークアイか。済まない、少し気になってな…」

苦笑をこぼし、もう一度塔を見る。歌声はもう聞こえてこない。此方に気付いたのだろうか…

「ここには誰がいるんだ?」

ホークアイは城で一番情報を持っている。大抵のことは彼女に聞けば一発で解決する。もう一人の側近のハボックとは大違いだ。奴が覚えているのは精々タバコの種類くらいだろう。

「ここは魔女の塔です。中には女の子がいると言われています。産まれてから十五年、ずっとここに閉じ込められ、その姿を見たことがある者はいないそうです。」

「なる程……」

益々興味が湧いた。これは是非とも顔が見てみたいものだ。

「ホークアイ、明日またここに来るぞ」

この塔に登る為の方法が必ずある筈だ。それを突き止め、決行は明日の夜。
待っていたまえ、鈴の音の君。




次の日、王子は朝から塔の側に姿を隠しながら様子を見ていました。
そんな事とは知らず、魔女はいつものようにやってきて言います。

「エドワード、お前の髪を下げておくれ」

その一言で下りてくる金色の長い髪。魔女はその髪に捕まりスルスル上へと登り、暫くして同じように下りてきて去っていきました。
その日の夜、王子は闇夜に紛れて行動に移りました。


「エドワード、お前の髪を下げておくれ」

「こんな夜に来るなんて珍しいな…」

暇つぶしに編んでいた編みかけの服を放り、いつものように髪を窓の下へと出す。
あれ?何かいつもより引き上げるのが楽なような…と考えているうちに姿を現したのは、知らない奴。

「今晩は、エドワード」

黒い髪と同色の瞳を持つ男。
男(というか婆さん以外の人)を見るのは初めてだが、性別は間違っていないと思う。

「私はロイ・マスタングだ。これでもこの国の王子だよ。昨日君の歌声を聞いて是非会ってみたくなってね」

王子…って何だったかな?たぶん「国の…」とか言ってるくらいだから、偉い奴なんだろう。
悪意は無さそうだが、警戒をしたまま相手の出方を窺う。

「どうだね、エドワード。私の嫁になって城に来ないか?」

「城!オレここから出られるのか!?」

嫁ってなんだ?と思いながらも、その後の言葉に過敏に反応してしまった。

「あぁ、私の嫁になってくれるのならね」

何だかよく分からないが、ここから出られるなら、嫁とかいうのになるくらい然したる問題じゃないだろう。
オレは自由になるんだ!

「なる!なる!だからオレをここから出してよ!」

警戒心なんて何処へやら。飛び付く勢いでロイに近寄る。

「そう慌てるな。今日は道具を持って来ていないからね、明日改めて迎えにくるよ。明日の夜までに必要な荷物はまとめておきなさい」

にっこりと笑いながら、オレの頭を撫でるその手から伝わる温もりに、ドキリとする。
自分とは違う大きい手に、相手は男の人なのだと改めて認識させられ、意識したら急に恥ずかしくなってきた。

「婚約もしたことだし、少し遊んで帰るとするかな」

「へ…?」

ぐるりと視界が一変する。
背中に感じるのはいつも使っている布団。目の前に見えるのは、ロイの顔と見慣れた天井。

「な、何?」

これから起こる事が分からず、視線を泳がす。
遊ぶと言っていたのに、これでは身動きが取れやしない。

「エドは何もしなくていいよ。私に全てを任せてくれ」

よく分からないままコクンと頷けば、口に口を付けられた。
急な事に頭はパニックになり、ジタバタともがく。このままでは息もできない。酸欠になりながら、ロイの胸をどんどんと叩くと口が離れ、今だと言うばかりに大きく息を吸い込めば、ゲホゲホとむせかえった。

「キスをする時は鼻で息をしなさい」

さぞこの行為が当たり前かと言わんばかりだ。それとも、外の世界ではこれが『遊ぶ』という行為なのだろうか。
このキスという行為が何なのかも、この後に何をするのか全く予想がつかない。
自分があまりにも外の世界を知らないんだと言われているようにも感じられる。

「本当は続きをしたいところだが外に部下を待たせているのでね…」

ロイはそう言うとオレの上から退き、窓辺へと足を進める。
オレはと言えば間の抜けたような顔をして、ベッドに座り込んだままだ。

「必ず明日の夜迎えに来るよ」

その言葉にまるでおもちゃのようにこくんと頷いた。
頷いたのを確認すると、ロイはにこりと笑い窓の外へと乗り出しす。オレは自分の目を疑った。
だってここは塔のてっぺんで、窓から降りる為の階段も縄もないのだ。ここを降りるには、オレの髪を使うしかない。
まさか高いのを忘れててそのまま落ちたんじゃ!と、急いで窓から身を乗り出し下を確認する。
心配をして見た先には、オレの心配など関係ないといった感じに、壁の凹凸を利用しスルスルと降りているロイの姿があった。

「器用な奴……」

到底オレには真似できない芸当だ。できているならとっくにここを抜け出している。
此方に向かって手を振っているロイに、手を振り返す。
明日の夜、オレは自由になる。そう信じてオレは静かに夜明けを待った。



二人は何もかも上手くいくと思っていました。しかし運命とは残酷なもの。魔女に王子と会い塔を抜け出そうとしていたことがバレてしまったのです。
怒った魔女はエドワードの髪を切り、森の奥深くに置き去りにしました。
勿論そんなこととは知らないロイは、約束通り夜にやって来て昨日のようにエドワードを呼びます。

「エドワード、お前の髪を下ろしておくれ」

スルスルと下ろされる髪。しかし何の疑いもなく登った先にいたのは恐ろしい魔女だったのです。
そしてロイは、エドワードが一人で森の奥深くに置き去りにされたと聞かされます。
それを知ったロイは、急いで塔から降り、エドワードを探しました。しかし広い森の中ではなかなか見付からず、一日、二日…と時間が過ぎ、とうとう三日目の朝を迎えました。


「まだ見付からないのか!?」

焦りと不安からくる苛立ちで声を上げる。
彼女が森に置き去りにされてから三日目だ。食料の問題だってある上に、この森には危険な動物だっているのだ。一刻も早く見付けださなければ、彼女の命が危ない。

「そう大きな声を出さないでください。動物達を刺激します。それに騒げば見付かるというものでもありませんよ?」

そんな事は言われなくても重々分かっている。
しかし彼女の事を考えれば、この何一つ行方を掴む情報が出てこない状況に、苛立ちが隠せなくなる。

「気持ちは分かりますが、兎に角落ち着いてください。城中の手の空いてる者が探しているんです。きっと見付かりますよ」

部下に励まされるとはなんとも情けない話だ。
そよそよと吹く風に紛れて、小さくため息を漏らす。

『………イ……フ…』

微かに聞こえた声に、私は辺りを見回した。

「今の声聞こえたか?」

「声ですか?私には何も…」

ホークアイには聞こえなかったようだが、さっきの声は間違いない。彼女の、エドの歌声だ。
後ろで待ってくださいと言う声を無視して、声のした方へと急ぐ。彼女が、エドが直ぐ側にいる。
段々とはっきりと聞こえてくる歌声に、心を踊らせた。

Hello,the love of my life.

I changed at I meet you.

I learnt liberty.

I learnt the area of the world.

I learnt pleasure.

I learnt love.

Thank you,the love of my life.

I flap freedom at you side today,too.


以前と同じ歌声が、エドの元へと私を導いたのだ。

「探したよ、エドワード」

「ロイ!」

私に気付いたエドは、少し高い木の上から降り、私の胸へと飛び込んできた。

「良かった…もう会えないかと思った…」

「見付けるのが遅くなってすまなかったね…」

エドを優しく抱き締めながら、頭を優しく撫でる。
魔女に切られてしまい、前と比べて随分と短くなってしまったが、それでも綺麗に風にそよぐ髪が、キラキラと輝いて見えた。

「今度こそ私と一緒に城に行こう」

「うん」



エドが来てから、城の中では綺麗な歌声が響いている。
勿論隣には幸せそうな顔をしたロイが耳を傾けていた。


こんにちは、愛する人

私はあなたに会って変わりました

私は自由を知りました

私は世界の広さを知りました

私は喜びを知りました

私は愛を知りました

ありがとう、愛する人

今日も私はあなたの側で自由に羽ばたきます…――




Fin

華奈様のみフリーです。


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