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森の奥深くにある大きな一つの城。その城には百年近く前から吸血鬼がすんでいるという噂があり、誰一人としてその城に近づく者はいなかった。
しかし、ある時その噂を聞きつけて吸血鬼退治に名乗りを上げたロイという一人のエクソシストが現れ、彼は周りの人達が止めるのも聞かず城へと向かって行った。
城までの道は長く、木が生い茂り日光を全く通さないため、今が昼なのか夜なのかも分からない。その上獣道を歩いたせいで、着ていた服は無惨にも泥だらけになっていた。

「これでは着く前に参ってしまうな…」

ため息を吐きながら長く空に向かって伸びている草をかき分けると、目の前に開けた土地と一つの大きな城が姿を表す。周りには霧が立ち込め不気味な雰囲気を醸し出している。
意を決し足を進め城の前に立ち、まるで侵入を拒んでいるような重く大きな扉をギィッと開けた。
中は灯り一つ点いておらず薄暗い。置いてあったランプに持ち合わせていたマッチで火を点け、人がいない事を確認しながら奥へと進んで行く。慎重に足を進め、残す所は後一部屋、最上階。気配を殺し、最上階の部屋の前で足を止めた。
静かにドアを開き部屋の中を覗き込むと、暗闇の中に一つの人影が見えたが、影の主はまだこちらに気付いておらず、椅子に座って外を眺めている。こんな所に一人でいるんだ、吸血鬼に間違いない、と噂に聞いていた吸血鬼だと確信し、対吸血鬼用の銃を構えて声を上げた。

「そこを動くな!」

「誰!?」

相手は声に驚き椅子から立ち上がったが、暗闇にいるため顔は見えず、銃を向けたまま窓際に移動するように命令する。
月明かりに照らされた相手の姿を見て言葉を失った。
ずっと前から恐れられてきた吸血鬼。どれほど恐ろしい姿をしているのかと思っていたのだが、目の前に現れたのはとても美しく可愛らしい少女だったのだ。
髪と瞳は金色をしており肌は透けるように白く、とても小柄で見た目は十五歳前後の少女だった。信じられないといった様子で彼を見つめた。

「百年近くこの城に住んでいるという吸血鬼は君のことか?」

「…あんたはオレを殺しに来たのか?」

彼女の言葉は問い掛けに肯定したものであり、コクリと頷く。しかし彼女は慌てる様子もなく、それなら頼みがあると言い出した。

「あと‥あと一ヶ月だけでいい…殺すのを待ってほしい…」

最初どうしたものかと戸惑った。吸血鬼の願いを受け入れて、一ヶ月先延ばしにしていいものだろうか。
しかし彼女の逃げるでもなく、あるいは殺しに来た自分を返り討ちにしようとするわけでもない彼女の様子を見て、ある条件下でそれを承諾した。その条件とは

一ヶ月私と一緒に過ごすこと

すると彼女はそんなことなら全然構わないし、寧ろお客様として精一杯おもてなしをします、と条件を了解しニコリと笑った。
こんな条件を出して頼みを聞いたのはただの気まぐれだったのか…いつもなら命乞いをする者でも敵であれば冷酷に殺してきたというのに…

「私の名前はロイ・マスタングだ」

銃をホルスターにしまい握手を求め手を差し伸べると、彼女は差し伸べられた手を握りニコッと笑った。

「マスタングさんですね…オレはエドワード・エルリックです」

「ロイで構わんよ。私もエドと呼ばせてもらう。それと一ヶ月一緒に暮らすんだ、敬語は止めてほしいな」

こうして二人の一ヶ月という期限付きの生活が始まったのであった。







「ロイ!おはっよ!!」

毎日朝になるとエドは元気よく私の部屋に入り、カーテンを開け日差しを入れに来る。
エドから聞いた話によると吸血鬼といっても、祖先のように日の光に弱かったりするわけではなく、ほとんど人間と変わりは無いらしい。唯一の違いといえば、血を吸うための牙があることと年をとっても姿が変わらない事だそうだ。

「朝から元気だね、君は…」

「ロイが起きるの遅いんだよ!もう九時過ぎてんだぞ!!」

彼女はその小柄で華奢な体からは考えられないほど元気だ。朝早く起きては朝食を作り、食べ終えると掃除や洗濯をしたりと、一日中動き回っている。
私が何か手伝おうかと申し出ると、彼女はその度に「ロイはお客さんなんだからのんびりしてろ」と言って、私の身の回りのことまでやってくれた。
彼女との生活はとても楽しく、今までにないくらいに毎日が充実感で満たされていた。
そしていつしか明るく美しく彼女に私は心を惹かれていた。しかし本来は彼女の敵である自分の思いを伝えられるはずもない。

「また本読んでんのか?」

ひょこっと部屋に入って来たエドに、本から顔を上げ微笑む。

「あぁ。この城には見たことの無い本が沢山あるのでね」

彼女は家事が一通り終わったらしく、私の前の椅子に腰掛けた。

「あと少しだな…こうして二人でいられるのも…」

私はその言葉を聞いてドキッとする。約束の一ヶ月の日まであと一週間を切っていたのだ。どう返事切り返せばいいのか手拱いていると、彼女はお茶にしようと言い準備をするために部屋を後にした。

「私は何を考えているんだ…」

彼女と一緒に暮らしていたい。ずっと一緒に…しかし彼女にとって私は敵でしかないのだ……

肘を足の上に付き頭をグシャッと掻いた。

「ロイ?大丈夫か?」

お茶の支度をし部屋に戻って来たエドは、様子のおかしい私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだ…」

「そう?ならいいけど…」

エドはまだ私のことを心配しながらも、椅子に座って紅茶を注ぎ始めた。部屋の中が紅茶の香りで満たされていく。彼女お手製のブレンドティー。私の味覚に合わせてわざわざ作ってくれたのだ。
どうして彼女は敵である私を気遣い優しく接してくれるのだろう…私の手で自分が殺されるのだと知りながら……

「はい、どーぞ!」

「あぁ、ありがとう」

私はにっこりと笑う彼女が差し出した紅茶を受け取り、自分の気持ちを悟られないようにしながら談笑した。
このまま時が止まってしまえばいいと何度思ったことだろうか…しかしそんな私の願いなどまかり通る筈もなく、刻々とその日に近付いていった……






約束の日を明日に迎えた。

「おはよー、ロイ!」

当然のように、いつもと同じように朝になり、いつもと同じように彼女は私を起こしに来る。そして穏やかに時は過ぎていく。まるで明日もこの幸せな時が続くかのような錯覚を覚える程に、平和で暖かかった。
そんな中頭によぎるのは明日のことばかり。結局、気持ちの整理がつかないまま夕方が訪れた。

「夕飯の支度できたぞ!」

エドと一緒に広間へと向かうと、そこにはいつもより豪華なご飯が用意されていた。

「どう?今日は結構頑張ったんだぜ!」

「あぁ、とても美味しそうだよ。冷めないうちにいただこうか。」

一ヶ月間座ってきた椅子に座り、一緒に食べるのは最後になるだろう夕飯を食べ始める。しかしそんな事を一言も口にせず、いつもと同じ様に会話を重ね、時を過ごした。


夕飯を終え、お互い自分の部屋に戻り、私はベッドに横になると天井をぼーっと見つめた。

「いよいよ明日か…」

私は彼女を殺す事が出来るのか?いくら人々に恐れられてると言っても彼女が人々に害を出しているようには見えない。そしてなにより……愛おしい。
長い間色々と考えてからベッドから立ち上がりエドの部屋へと向かう。既に真夜中を過ぎている時間だったが、そっと中を覗くと椅子に座って外を眺めているエドの姿が見えた。まるで彼女に出会った時のようだと、あの時の映像がフラッシュバックで脳へと映し出される。
コンコンと開いたドアをノックし、自分の存在を知らせると、エドは直ぐにこちらを振り返った。

「エド…話があるのだがいいかい?」

エドは「いいよ」と言いながら微笑み、椅子を出し私に座るように促した。

「で、話って何?」

いざ話そうと思うと、口がなかなか動いてくれない。暫く沈黙した後にやっとの思いで口を開き声を発した。

「明日の約束のことなんだが…」

その言葉にエドはビクッと反応し、体を揺らす。

「無かったことにして欲しいんだ…」

「えっ!?」

「そしてこのまま一緒に暮らしいきたいんだ…」

エドは突然の私の申し出に驚きを隠せず目を大きく見開いた。こんな事を言われるとは、考えもしていなかったのだろう。
開いた唇がキュッと結ばれ、もう一度開くのを待つ。

「……ごめん…気持ちは嬉しいけど、それは出来ない…」

「何故だい…?」

嬉しいというのなら何故駄目なのか理由が分からない。理由を聞かせてくれと催促すると、エドは俯き、静かに話始めた。

「オレ…最初から明日死ぬ予定だったんだ…今まで黙っててごめんな。騙すことになっちゃったし……」

エドの発言に言葉を失った。
私が来なくても明日死ぬ予定だった…?
理由を聞いても、ますます疑問が浮かぶだけだ。

「しかし何故なんだ…?何故最初から明日死ぬと?」

問い掛けにエドは深呼吸をしてからゆっくりと話始めた。

「明日でオレは生まれてから百年になる。ロイも知ってるだろうけど、吸血鬼は本来人間の血を吸って生きてくんだ…だけど吸わなくてもある条件をのめば生きていく方法が一つだけあるんだ…」

「条件…というと?」

「…百年目の朝を迎えた時、消滅することだ」

血を吸わない吸血鬼、つまりは吸血鬼失格者は生きている意味が無いというのがエド達の世界の理屈だ。
あまりに理不尽だ。血を吸わないというだけの理由で、心の優しい彼女は消える。そんなことがあっていいはずが無い。彼女をこのまま死なせたくない。彼女を生き長らえさせるには、きっとこれしかないだろうという提案を打ち出す。

「エド…私の血を吸いなさい」

エドは私の言葉に驚いたようだったが、すぐに首を横に振り、申し出を断った。

「何故だ!?私の血を吸えば君は死ななくて済むのだぞ!?」

私には何故エドが生きるための最後の手段を断るのか分からなかった。本人がいいと言っているのに、断る理由など皆目見当が付かない。
するとエドは逆に私に訪ねてきた。

「ロイは吸血鬼に血を吸われた人間がどうなるか知ってるか?」

「………いや」

「吸血鬼に血を吸われた人間は、その吸血鬼の感情を持たない操り人形になる…」

あまりの事実に言葉を失う。だがこの時の私は、自分よりもエドを助けたいという気持ちの方が強かった。自分はどうなってもいいからともう一度エドに申し出たが、やはり答えは同じ。

「ごめんな…でもオレは自分が生きるために誰かを犠牲にしたくないんだ…それに…」

自分の力の無さに顔を悔しそうにしかめながらエドの話を聞く。愛する人が目の前で死にそうになっているのに、何もできない歯がゆさ。

「…ロイには幸せになって欲しいから…」

エドの言葉を聞いて更に辛くなった。
彼女は優しすぎるのだ。今まで会った誰よりも…だからこそ生きて欲しい。たとえ何を犠牲にしてでも……
しかし彼女はそれを拒む。誰も傷付けたくないからと…それが彼女の優しさ。私が好きな彼女。矛盾している。

「もうすぐ夜明けだな…」

そう言ってエドは自分の手を見つめ、私もつられるようにエドの手を見ると、手は既に消え始め透明になっている。それに気付くとエドを抱き締めた。まるで自分の元から離さないように…

「オレ、最後にロイと会えて嬉しかったよ。ロイに会うまではあのまま一人で死ぬのかと思ってたから…」

「私はどうなっても構わない…だから…」

だから君は生きて幸せになってくれ…
しかしエドは首を横に振るばかりであった。

「ありがとう、ロイ…だけど、ごめんな…これはオレの最後の我が儘だから…」

エドは消えそうな手で私の服をギュッと握った。

「どうしても駄目なのか…?」

私の震えた声の問い掛けに、コクンと頷く。

「エド…」

絞りとったような声で名前を呼び、そして最初で最後のキスをした。お互いの存在を確かめるように…

「ロイ‥最後にこれだけ言わせてね……ずっと貴方が好きだった。そしてこれからもずっと…」

「私もだよ…ずっと君が好きだった。勿論これからも…」

エドは私の言葉を聞くと今まで見た中で一番嬉しそうににこっと笑った。とても言葉には出来ない程の綺麗な笑顔だった。

「ありがとう…」

そしてエドはその言葉を最後に日の光にかき消されたように姿を消した。

この日ほど朝が恨めしかったことは無い。
いつもと変わらぬ朝。太陽の光が痛い程に目を刺激する。
ただ違うのは、ここにはもう彼女はいないということ…
おはようと言ってくれる彼女は…

──夜が来れば必ず朝はやって来る…
朝が来る度に思い出す…
君の声を…
君の笑顔を…
君との思い出を……──



Fin


あきゅろす。
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