「大佐、俺明日ハボック少尉の家に泊まりに行く」
久々に一緒に夕食を食べていると、突如として言われた。
この間司令部に行った時に、ハボックの休みに合わせて泊まりに行くことに決めたらしい。それならそうと早く言ってくれればいいのにと言えば、言うタイミングがなかったからと返された。確かに朝はバタバタしていることが多いし、夜は顔を合わせるのは今日が久々だ。そう言われたら言葉に詰まる。
「夜寂しくなって泣いたりするんじゃないよ?」
「いつの話してんだよ」
明らかに苛立ちを含んだ声。軽い冗談で言ったつもりだったが、癪に触ったらしい。
せっかく久しぶりにのんびり話せると言うのに、一気に険悪のムードになってしまった。無言で夕飯が進んでいく。とても気まずい。
「ごちそうさま」
エドは食べ終わると手早く片付け部屋に行ってしまった。結局早く帰ってきてもたいした話もできないまま。
いつから気軽に話すことができなくなったんだろうか。彼のことを大切に思う気持ちはずっと変わらないのに、うまくいかない。
1人片付ける食器の音が虚しく響いた。
「夕飯と明日の朝飯は冷蔵庫に入ってるから」
いつもより早く起きていたのは気配で気付いていたが、律儀に私のご飯を作り置きしていてくれたらしい。
昨日のことをまだ怒っているんじゃないかと心配したが、嫌われてはいないようでホッとする。でなければこうして面と向かって、ご飯を一緒に食べたりしないだろう。
「すまないね」
「別に、たいしたことじゃねえし」
毎日のようにご飯を作ってくれるのは、ありがたいことだ。
自分だけだったら、デリバリーか、最悪食べない場合だってある。
「ハボックとどこか出掛けるのかい?」
「遊園地」
「遊園地か。楽しんできなさい」
そういえば私がエドと一緒に出掛けたのは、いつが最後だっただろうか。すぐに思い出せないということは、最近ではないことは確実だ。そもそも最近は話すこと自体少なかったのだから、一緒に出掛けるなんてあったはずがない。
どこかに行きたいとか言われたことはないが、ただ言わないだけで行きたい場所もあるだろう。成長が早く見た目は成長したと言っても、子供は子供。色々な所に遊びに行ったりしたいと思うのも当然のことだ。
今度の休みにでもどこかに連れて行ってあげよう。そう思いながらエドの見送りを受けながら仕事へ向かった。
「次あれ乗ろうぜ!」
「わかったから走るなって」
苦笑しながらエドの後を追う。遊園地に着いてからずっと走りまわっている。休む暇も惜しいという感じだ。
まぁ初めて来たというなら、はしゃいでしまうのも仕方ないと言えば仕方がない。その上、普段ほとんど家にいるらしいし、外でこうやって遊ぶだけでも嬉しいんだろう。
目立つからと帽子と服で耳と尻尾を隠してあるせいで、こうしてみるとただの子供にしか見えない。
「ほら、早く!」
「今行くよ」
1日中動き回って、家に帰った時にはクタクタになった。それでもエドはまだ興奮が収まらないようで、買ってきたキーホルダーを上機嫌に眺めている。
「楽しかったか?」
「おう!また連れてってくれよ!」
耳をピンと立たせ、キラキラとした瞳をこっちに向ける。
こんな顔で言われたら、断るなんてできる訳がない(最初から断る気もないが)。
「それはいいけどさ、次は大佐に連れてってもらったらどうだ?一緒に行ったことないんだろ?」
「…大佐はいいんだよ」
さっきまでの上機嫌がみるみる下降していく。
耳が下がり、テーブルに顔を乗せる。
「喧嘩でもしたのか?」
「してない」
前ならいつでも大佐にくっ付いていたのに、成長したということだろうか。それにしても少し様子がおかしい気がする。
「1回頼んでみたらどうだ?」
「いいんだよ、しつこいな!」
すっかり機嫌を損ねてしまったらしく、ベッドに入り布団に潜り込んでしまった。
ベッドに座るとギシリと安いスプリングが音を立てる。
「なんで大佐と行きたくないんだか知らねえけどさ、たまには甘えてやれよ?ああ見えて寂しがりだったりするしさ」
苦笑しエドの頭があると思われる部分を、布団の上から撫でる。
布団の中に潜ったままのエドにおやすみと言い電気を消した。
「昨日はエドが世話になったな。迷惑掛けなかったかね?」
ハボックが1人で来たということは、今頃エドは家に帰っていることだろう。
「いえ、俺も楽しかったッスし。ちょっと夜機嫌損ねちゃいましたけど朝には戻ってましたし」
「機嫌を損ねた?」
「また遊園地行きたいって言うんで、今度は大佐と行ったらどうなんだって提案したんスけど、大佐とは行かないって頑なに言い張ってまして…」
今度の休みにでもどこかに行こうと誘おうと思ってたのに、言う前に断られた結果になってしまった。
しかし頑なに拒否する程一緒に行くのを嫌がられるとは思わなかったので、顔には出さないがショックも強い。
「嫌われてはいないと思うが、一緒に出掛ける程好かれてもいないからな」
「そんなことないと思いますよ?好意もない相手の土産買うのに真剣に悩んだり、ましてやお揃いの物なんか買わないッスもん」
エドが私のためにお土産を買ってくれたのも驚きだが、お揃いの何かだという事実には驚愕だ。
「最近忙しくてちゃんと話してないんじゃないッスか?近くにいても話さなきゃ気持ちなんて直ぐにすれ違っちゃうッスよ?」
ハボックの言葉は真っ直ぐで、たまに心に刺さる。
確かに今のままなら、一緒の家にいるのに、遠く離れて暮らしているのとあまり違いはないくらいだ。
「そうだな…」
少しでも早く帰るために、いつも以上に懸命に手を動かした。
努力のかいあって、定時に帰路につくことができた。
今日こそはちゃんと会話をしよう。
一緒に住んでいるというのに、レベルの低い目標だと我ながら思う。
「ただいま」
「早かったな。まだご飯できてないぜ?」
ご飯の用意の途中だったのか、キッチンがある方から顔を覗かせる。
「構わないよ。支度の途中で済まないがリビングに来てくれないか?」
エドは不思議そうな顔をしながら、わかったと頷き私の後を追うようにリビングに入った。
ソファに隣り合って座り、私が話を切り出すのをじっと待っている。
「率直に聞くが、エドは私のことをどう思っているのかな?ハボックには私と遊園地に行きたくないと行ったそうだが、それ程嫌われているのかな?」
ハボックにはそんなことはないと言われていたが、本当のことを知っているのはエドだけだ。
自分で聞いといて、嫌いだと目の前で言われたら、ショックで他は話せなくなるかもしれないと思いつつ、エドの返事を待つ。
「…嫌いじゃないし、行きたくないなんて言ってない」
嫌いじゃないと聞けてひとまずホッとするが、その後の言葉に引っ掛かる。
ハボックが嘘や冗談で言ったようにも思えないし、エドが嘘を言っているようにも思えない。
「大佐とは行かなくていいって言ったけど、行きたくないとは言ってないし…」
行かなくていいと行きたくない…微妙なニュアンスの違いと言うことか。大きく分ければ一緒だが、確かに違う。
「…大佐は忙しいの知ってるし、オレの為に時間使ったりすることない」
床を見ながら話すエドを見て、前にあったことを思い出した。エドが一度姿をくらませ、再び家に帰って来てくれた時のことだ。
『我が儘言わないし、何もいらない。だからロイの…ロイのそばにいたい…いたいよ』
エドはそう願い、私の元へ来てくれた。ただただ私のそばにいたいと。
だからどこかに行きたいだとか、何かが欲しいだとかは、彼にとって我が儘で言ってはいけないと思っているんだろう。
あぁそうかと、すとんと心の突っかかりが取れた気がした。
「エド、私は君のことは家族だと思っている。大切な存在だ。だから我が儘だって言ってもらいたいし、甘えてほしい。それと前みたいに名前で呼んではくれないかな?」
エドの足下へしゃがみ、手を握る。すっぽりと私の手の中に収まってしまう小さな手から伝わってくる暖かさ。心までじんわりと暖かくなっていくような気がする。
甘えたいのはもしかしたら私の方なのかもしれない。
「ここに居させてくれるだけで十分我が儘だし、ロイの邪魔になるようなことはしたくない…でも……1人の夜は寂しい」
外見は成長してもまだ子供だとわかっていたのに、どうしてもっと早く気付いてあげれなかったんだろうか。
きっと毎日寂しさを我慢して眠り、私には悟られないようにと、朝には何でもないように振る舞っていたんだろう。
「すまなかったね…もっと早く気付くべきだった」
エドの体を引き寄せ、ギュッと抱き締める。
驚いて耳と尻尾かピンと立ったが、直ぐに力が抜けペタリと垂れた。
「今日は一緒に寝ようか…いや、今日だけじゃなくて明日からも一緒に寝よう」
「…おう」
2人でくっ付いて寝た夜は、とても暖かくて心地の良い夜だった。
棚の上にはお揃いのキーホルダーが仲良く並び、月の光を浴びていた。
Fin
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