上には不気味に輝く満月。周りは枯れた木が鬱蒼と並び、木の実一つない。足下には蛇のように木の根が走り、足を一歩進める度にパキッと音がする。
ポケットから取り出した方位磁石は、壊れてしまったのか、はたまたこの辺りの地場の影響なのか、クルクルと周り続け役に立たない。

「マジでヤバいかも…」

ため息を吐きながら方位磁石をポケットを戻す。
彼…エドワードがこの森に来たのは、もう5日も前のこと。この森に住み着いている魔物の噂を聞き倒しに来たのだが、住処を見付けることができないまま日が過ぎてしまった。
食料は昼で尽きた。飲み水はなんとか前日に降った雨のおかげで、なんとか確保することはできたが、それももって数日。
迷ったらその場から動かないようになんて言葉は通用しない。それは探してくれる相手がいるからこその言葉だ。エドには家族や身内、仕事仲間(エドはハンターとして魔物を狩り、その賞金で生活している)はいない。このままその場で待っていても、訪れるのは死のみだ。

「せめて魔獣の1匹でも出れば食料にできるのに…」

魔獣と言っても狂暴で見た目が不気味なくらいで、普通の猛獣とそう大差はない。味は置いといて、食べようと思えば、食べることもできる。
しかしエドがこの森に入ってから、猛獣にも魔獣にも一度も遭遇していない。ただただ枯れ木が並ぶだけだ。ここまでくると逆に異様でもある。
そろそろ今夜の寝床を確保しておいた方がいいか、そんなことを思った矢先、それは突如として目の前に姿を現した。
探しに探した城だ。木の間から見える立派な門。気配を消しながらそっと近付き中を覗けば、庭には真っ赤なバラがこれでもかという程咲いている。
ここは噂の魔物…吸血鬼の住処に間違いはないだろう。吸血鬼といえば、魔物の中でもトップクラスだ。正直この空腹と、歩き通しで疲労困憊の体で勝てる自信はない。退治は諦めて帰りたいところだが、このまま歩き続けて森を出られる自信もない。迷った挙げ句エドが出した結論は、『食料をこっそりいただいて帰る』だった。
そろりそろりと門の中に入り、城へと向かう。端から見たら完全に不審者だ。
あと少しで城の入り口、という所だった。

「おや、お客様とは珍しい」

入り口に掛けようとしていた手が止まる。
エドは全く気付くことができずに背後に立たれたことへの驚きとパニックで、身動きできずにいた。エドは15歳とまだ若いが、ハンターとしての腕はかなりのものだ。今まで気配に気付かなかったことなどはなかった。
ヤバいと思うのに、体がうまく動かない。

「私の城に何か御用かな?」

まるで壊れかけの機械のようにエドが後ろを振り向けば、立っていたのは大量にバラを抱えた綺麗な男だった。
黒い髪と瞳は月光に照らされ、妖艶な雰囲気を醸し出し、立っているだけで女性が寄ってくるであろう整った顔。口元は緩く微笑み、まさに完璧といった立ち姿だった。ただし牙さえなければだ。

「…吸血鬼!」

一刻も早くこの場から逃げなければと、エドは純銀製の弾がセットされた銃を吸血鬼に向けた…はずだった。
手に持っているはずの銃は叩き落とされ、吸血鬼の足下まで滑っていき、喉元には鋭い爪が後ろから回されている。体を動かすことができず、エドは視線だけを後ろに向けた。
そこにいたのは金髪で背の高い男。頭には茶色の獣耳があり、下には大きな尻尾も見える。その特徴は正しく人狼だ。

「ハボック、手荒な真似はよせ。久しぶりのお客様だ」

今の行動で明らかにハンターだとわかっているはずなのに、吸血鬼は動揺を微塵も見せずに余裕な態度でエドに近付く。
吸血鬼と人狼に挟まれているエドは、逃げ出すこともできずに冷や汗が流れる。

「我が城へようこそ。歓迎するよ」

にこやかな笑みで差し出される一輪のバラ。
エドはあまりに気障な態度な吸血鬼に、顔をしかめた。





目の前のテーブルの上に並べられる様々な料理。空腹時に目の前に料理を並べられ涎が出る。普段なら遠慮なく手を伸ばし、次々と皿を空にするだろうが、エドは今の状況がよくわからず、ただただ料理を見つめていた。
その様子を見て、エドとテーブルを挟んで座っている男がにこりと笑う。

「遠慮はいらないよ?あぁ、警戒しなくても毒は入ってないから安心したまえ」

毒など使わずとも簡単に倒せる相手に、わざわざ料理まで出して毒殺する理由はない。そう思いエドは料理に手を伸ばした。
誰が作ったかは知らないが、どれもこれも絶品。街でなら一流のレストランでも開けるんじゃないかと思えるほどだ。
予想以上の美味しさに、エドは次々と料理を口にしていく。

「自己紹介がまだだったね。私はロイ・マスタング。君がさっき言った通り吸血鬼だ。君はハンターかな?それにしても1人で敵地に来るなんて無謀なことをするね」

畑を荒らしたりするくらいの魔獣退治なら1人でやるのもわかるが、吸血鬼相手にしかもわざわざ住処へと1人で向かうのは、普通に考えて無謀だ。エドだってその位のことは百も承知だ。

「知らねえ奴とパーティー組むの嫌いなんだよ」

任務が終わるまではまだいいが、問題は退治して戻った後だ。金が絡んでくると、それまでいい奴だと思っていた奴が、途端に態度を変えたりする。全員がそうではないが、そういう奴が大半だ。
エドも最初はパーティーを組んだりもしていたが、何時そういういざこざが起こり、それからは1人で行動するようになった。

「それで君は私を倒したいのかね?」

「最初はそのつもりだったけど無理そうだし、このまま逃がしてくれるとありがたいね」

敵地にまで乗り込んできて、逃がしてくれなんて言うなんて馬鹿なことを言ってるなと、デザートを食べながら思う。
それ以前に敵同士が向かい合って食事をしている時点でおかしい。

「逃がしたところで帰れるのかね?何日も迷子になっていたようだが?」

「…知ってたのかよ」

にやにやとしながら言ってくるロイに、エドは苛立ちを感じながら睨み付ける。

「この森は私のテリトリーだしね、侵入者の動向くらい楽に確認できる。それにこの城の周りには結界が張ってあってね、普通は入って来れないんだ」

エドは結界を破って来た訳ではない。それなのに入れたということは、招き入れられたということだ。

「何が目的だよ…血か?」

わざわざ人間を招き入れる理由なんて、それくらいしか思い付かない。
吸血鬼にとっては、食料が歩いてやって来たくらいの認識しかないだろう。

「ただ興味があったんだよ。1人で乗り込んでこようとした者は今までいなかったしね。だが君の瞳は気に入った。ここで暮らすのなら好待遇で歓迎しよう」

「は?な?」

エドは話の流れがわからず、開いた口が塞がらない状態だ。
しかしロイはそんなことはお構い無しに話を進めていく。

「あぁ、誰か君の帰りを待っている人がいるのかな?」

「いや、いないけど…」

「なら問題ないな。ハボック、エドを空いている部屋へ案内してやってくれ」

エドがここに住むことは、もうロイの中では確定事項らしい。
部屋の隅に待機していたハボックに、付いて来るように促される。
敵である自分を住まわせて、何の特になるのか。太らせてから食べる気か?だけど太れば血が美味くなるものか?
その疑問が顔に出ていたのであろう。ロイはクスリと笑って言った。

「心配しなくても誰も君に危害を与えないよ。それに私は血が嫌いなんだ」

こうしてハンターであるエドと、血が嫌いな変わり者の吸血鬼との生活が始まったのであった。



Fin




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