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緊張。オレの今の心境はこれ一言で表せられる。
足の上で握られた手のひらがじんわり汗をかいていて気持ちが悪い。
服で汗を拭ってちらりと時計を見る。
午後8時。
もう直ぐ帰ってくる…
誰がって?そりゃあ勿論この家の主、ロイ・マスタング大佐だ。
そもそも何でオレがここにいるかを話すには、朝まで時間を巻き戻さなきゃならない。
そう、それは朝オレが司令部へ行った時…








「ちーっす!」

上司がいる部屋なんて事はお構い無しにドアを蹴破る。
ノックくらいしたまえとか小言を、聞こえないふりをしながらじゃらりと金属音を起て銀時計を机の上に置いた。

「これ返すから」

「…戻ったのかね?」

「おうよ!」

右手袋を外し袖を捲り、見せ付けるように前へと出してやる。

「おめでとう」

この顔を見たら十人中八人の女性は惚れるなってくらいの笑顔を向けられた。
格好いいって特だよな。笑うだけで黄色い声が上がるんだからさ。

「それでこれからどうするんだい?」

「んー…どうすっかな……」

正直何にも考えてなかった。
国家錬金術師を辞めれば金が入らなくなるもんな…仕事しなきゃだよな。

「……ド…エドワード!」

「えっ!あっ何?」

予想以上に考えに熱中していたらしい。大佐の声に全く気付いてなかった。

「君さえよければだが私と一緒に暮らさないかね?」

「大佐と?」

何で大佐と一緒に?意味が分からんと思っていれば、大佐が苦笑を漏らした。
そんなに顔に出てたのか…?

「仕事を探すにしても此方にいた方が便利だろ?第一私達は恋人なんだ。一緒に暮らしたって何の不思議は無い。」

確かに。リゼンブールで仕事何てまず無いだろうし。それに比べて此処なら何かどうかあるよな…
恋人だから一緒に暮らすってのは微妙だが…

「それに私が君と一緒にいたいんだよ。出来る限り側にいてほしいんだ…」

…反則だ。そんな捨てられた子犬みたいな目しながら言われたら断れる訳ねぇじゃんか。
オレも大概大佐に甘いな。

「はぁ…分かったよ。でもアルにも聞いてからな」

「それなら心配ない。既に了承済みだ」

「なっ!?」

何でもオレがこっちに向かっている間に連絡をとったらしい。
そういう事だけは無駄に行動が早い。それを仕事に生かせよなと思いながら、横で山を作っている書類を視界に入れた。

「…じゃあオレ先に家行ってる。その様子じゃ当分終わりそうも無いし」

手を出して鍵を渡せと無言の催促。
大佐は引き出しから銀色に光る鍵を取り出し渡した。

「それは君の分だからずっと持っていて構わないよ」

合い鍵までしっかりと用意されてたらしい。
どこまでも用意周到な奴なんだ。

「ちゃっちゃと働いて帰って来いよ!」

「善処しよう」

大佐がペンを持ったのを見送って部屋を後にした。








そうしてまぁ今の状況に至る。
大佐の家には何度か来たこともあるし、泊まったことも…ある。
だけどいつもは大佐と一緒に来てたし、着いたら寝室か風呂場に直行な感じだった訳で…
大佐の帰りを待ってるのなんかこれが初めてなんですよ。はい。
ただ待ってるのも暇だから、そう、暇だったからであって決して張り切った訳ではない。そんな訳でご飯も用意したし、風呂も沸かした。
自分のやってる事が新妻みたいで余計に恥ずかしい。
でも今日から世話になるんだし、仕事から帰って来るんだ。こんくらいはしてやらないと等価交換にならないよな。
うん、うんと何の為か分からない言い訳に独り頷いていると、家の中にチャイムが響いた。
鍵持ってるなら自分で入って来いよなとか思いつつも足早に玄関に向かう。

「ただいま。エド」

嬉しそうな顔。
でもただいまなんて言われたの久々だな…
そう思うと自然と顔が綻ぶ。

「おかえり。大佐」

あぁどうしよう。何かすっげぇ幸せかも。

「大佐ではなく名前で呼んでくれるともっと嬉しいのだがね」

大佐がいたずらめいた笑いを零しながら、ドアに鍵を掛ける。
実を言うと、大佐の事を名前で呼んだ事はベッドの中でしかない。
ずっと階級で呼んでたのに急に名前で呼ぶなんて、恥ずかしいと言うか照れくさいと言うか、まぁ理性が邪魔するんですよ。
軍属でも無くなったオレが大佐なんて言うのも変と言えば変なのかもしれないけどさ。

「まぁその内で構わんさ。まだまだ時間はたくさんあるのだからね」

すれ違い様にぽんっと頭の上に置かれた手がとても暖かかった。
オレは身を反転させパタパタと走り大佐を追い越す。

「早くご飯食べようぜ…………ロイ」

この時ロイが後ろでどんな顔をしていたかは知らない。
自分の顔を見られないようにするのでいっぱいいっぱいだったから。
まぁ耳まで赤くなっててバレバレだとは思うが…

「君の愛が詰まった料理を食べるのは楽しみだよ」

「バッ!?変な事言ってないで早く着替えて来て食え!」

暇なのは性に合わないけど、久々にこんな時間を暫く過ごすのも悪くないと思う。


今日は二人の新たなスタート!






Fin

空月様のみフリーです。


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