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贈り物




「ひっとしっきくーん!制服デートしようぜ!」

「…は?」



始まりは、この一言だった。




「何でこうなる…」

青ざめた顔で肩を落とす青年の名前は零崎人識。
零崎一賊の秘蔵っ子であり『人間失格』と名づけられた殺人鬼。
ちなみに年齢は現在十九歳なのだが、何故か彼は何処かの制服と思しきブレザーを羽織っていた。

「ぎゃははははっさいっこー!似合ってんぜ?ぎゃはははは!」

そしてその横で腹を抱えてスカートの中身が丸見えになるにも関わらず、ごろごろと転げまわっているのは型の似た女子用の制服を纏っている少年兼少女、匂宮出夢。
この状況を作り出した張本人だった。

「てめえ…」

それを見て怒りにぷるぷると肩を震わせる人識だが、ナイフを持って襲い掛かっても結果は目に見えているので湧き上がる殺意をぐっと押さえ込む。

どう考えても制服を着る年齢ではないが、童顔低身長の人識はまだまだ制服を着ていても不思議ではない…はずなのだが、まだらに染められた銀髪は全てを無駄にしていると言っても過言ではない。
唯一の救いは着ている制服――並盛中学校の制服が学ランではないことだろう。
学ランを着ていた時期もあったが、もちろんそれは中学生時代の話だ。



「ぎゃははっ笑った笑った。よし、行こうぜ!」

「お、おいっ」

一頻り笑った出夢は、ぴょんと跳ねるように立ち上がるとぐいぐいと腕を引っ張り歩き出してしまう。

「てかこの制服誰のだよ!」

「沢っちから借りて来た!」

「ちゃんと断って来たんだろうな!?」

「ぎゃはははははっ」

―ああ、これ絶対無断で借りて来たな。

そうは思ったがもう引き返すことは不可能。
人識は頭の中で数回沢っちこと沢田綱吉に頭を下げると、自らの腕を引っ張る出夢の馬鹿力で制服が破れないように注意しつつ、本日初のため息をついた。





「行くぞ人識!」

「ちょっと待てって…」

それから数時間、出夢に振り回され続けた人識の体力は既に限界を迎えていた。
元が少年の出夢は服やアクセサリーには興味がないのか、並盛町を適当に徘徊し食べ歩きを続けている。
この数時間相当な量を食べているはずだが、まだまだ出夢の胃袋は満たされていないようでさっさと次の喫茶店へと入ってしまった。

「ったく…」

既に腕は解放されておりいつでも逃げられる状況だが、それでも逃げ出さない自分にため息をつきつつ、人識もその後を追った。




「んで、何でいきなり制服デートなんだよ」

あれから数時間ずっと抱いていた疑問をぶつけると、出夢は届いたデザートを口にしながら「んー?」と呟いた。
何だかんだ大食漢で甘党である人識も釣られて頼んでしまい、目の前には綺麗にデコレーションされたパフェが乗っている。

「コスプレ以外の何物でもないだろ、これ」

もぐもぐと口を動かすだけで答えようとしない出夢に畳み掛けるように言葉を繋げると、聞かれた本人は「んー」とこれまた呟くだけでなかなか答えようとしない。
まあどうせこいつのことだから特に意味はないのだろう、と人識はそれ以上追及せずにパフェへ視線を戻すとパフェの山を崩し始めた。
そしてその山が半分程減ったところで、沈黙を続けていた出夢が漸く口を開いた。



「…いや、なんつーかさ」

「あ?」

「僕もさ、ほら、一応悪かったとは思ってんだよ」
その瞬間、人識の手から握っていたスプーンがするりと落ちた。
カラン、と床に落ちたスプーンを拾おうともせず、人識は驚きを顔に浮かべたまま固まってしまっている。

「…なんだよ」

「……あ、いや、何でもねえよ」


―『悪かった』…?
―こりゃ、明日は槍が降るな。


それを見て不機嫌丸出しに人識を睨みつける出夢に、慌ててぶんぶんと首を振ると続きを促した。




「で、何が悪かったんだよ?」

「―…お前、さ。進学したかったんだろ?」

その言葉に、人識は心の中で「―ああ」と、出夢が突然謝ってきた理由を理解した。



二人の関係は一度崩壊した。
出夢によって修繕が不可能なほどに粉々に。
そしてそれが原因になり、人識は高校に進学するという夢をあきらめていたのである。



―つまり、あれか。
―少しでも高校生気分を味わってほしいとかいうやつか?


そんな出夢の不器用な気遣いに、人識はばれないように僅かな笑みを漏らした。
全く持って、強さのみで構成された匂宮出夢という人間は優しささえもが不安定だ、と。



「―馬鹿言ってんな。もうその話は無しだっつっただろ?」

「…悪ぃ」

いつもの威勢はどこへやら、身を縮こませ機嫌を伺うかのように人識を見つめる少女の体を持つ少年に、いつもの仕返しで少し意地悪してやろうか、という考えも何処かへ消えてしまい人識はへらへらと笑いながら落としたスプーンを拾い上げた。

「結果今はこうやってやっていられるようになったんだから、これでよかったんじゃねぇのか?」

それをテーブルの端に置き、備えつけられた新しいスプーンを掴むとちらりと出夢の様子を伺う。
―が、そうは言われても気持ちが晴れないのか瞳を伏せたまま、なかなか人識の眼を見つめようとしない。



「………」

その様子を見て暫く人識は考え込み、新しいスプーンで溶けかかったパフェを掬うと、そのまま出夢の口内へと押し込んだ。

「っぐ…!?」

驚きで目を見開き、スプーンを吐き出すと喉元に流れ込んできた冷たいアイスクリームに激しく咳き込んだ。

「げほっ…う…て、てめえ…」

恨めしそうに人識を睨みつける出夢。
普段ならば一触即発、今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気だが、いつもと違い人識はへらへらと笑いながら出夢に近づくと、自分とほとんど身長が変わらない漆黒の頭に、ぽんと手を置いた。

「…?」

いつもと違う人識に状況が掴めないのか、敵意を剥き出しにしつつ疑問符を浮かべる出夢に、人識は口を開いた。





「お前にさ、ああいう顔は似合わねえよ」




だから、いつもみたいに笑っとけ。






顔を真っ赤にした出夢が、人識に殴りかかるまで…後、十秒。




→あとがき

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あきゅろす。
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