Hello, fine days
Hello,fine days<2>
朝食の準備に取り掛かっていると、そわそわと落ち着かない様子の茗が部屋から出てきた。
寝癖で四方に飛び散る髪の毛、まだ眠そうに垂れる目尻。
この子がそんなに凄い子なんだろうか。
少し気になって、先日彼女のマネージャー(正確には彼女は準備期間な為、仮マネージャーらしい)に尋ねたところ、彼女は事務所とレーベルの合同オーディションで五万人の中から選ばれたシンガーなのだと鼻息荒く力説された。
確か五万人と言えば、最低でも市ひとつ分の人口と同じくらいの人数のはずだ。実際に彼女の歌声を聴いたことのない僕が言うのはおかしいのかもしれないが、その中のトップにこの平凡な少女が君臨しているだなんて、信じられない。
「おはよう、茗」
「おはようごじゃいます」
「顔洗っておいで。その間にスクランブルエッグ作ってあげるから」
「わーい!!」
好物を引き合いに出すと、一目散に洗面所へ駆け込んでいく。緊張も一緒に飛んでいったようで良かった。
この二ヶ月で、僕らの距離は想像通り擬似的に縮まった。関わり合うのは食事と風呂の順番くらいで、他の時間はお互いに干渉しないことが暗黙の了解になった。
僕はそれに満足しているし、彼女ものびのびと暮らしているように見受ける。
ただ僕の方は変なボロを出してしまわないか、内心気を張っていて休日も落ち着かないので、やっぱり早いところ出ていってほしいことに変わりない。
「洗いました! 浩太郎さんのスクランブルエッグ大好きー」
「ありがとう、これは母から教わったんだ」
無邪気な好意につい、早速言わなくていいことを口走ってしまい、ハッとして口をつぐむ。家族のことは一番のタブーだというのに、自分から話題を振ってしまった。どうしよう、仕事トーク用に作り上げた家族とのエピソードを咄嗟に思い出そうとしているのにうまくいかない。
「へえ、素敵。いただきまーす!」
そんな僕を知ってか知らずか茗は深く訊いたりはしなかった。表面上の付き合いの上手な子だ。けれど若干十七歳でこうも大人びた対応されると少し戸惑う。
何か、裏があるのではないかと考えてしまう。
向かいで僕が作ったスクランブルエッグやサラダに舌鼓をうつ茗から、そんなミステリアスな一面は感じられない。
七つも下の、食事こそがこの世の幸せとまで言いきる少女に限ってそれはないか。
僅かに覚えた違和感を受け流し、僕は次第に忘れていった。
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