novel 琥珀色の時を繋げ 見慣れない煌びやかなオーナメント。 彩り悪く不恰好に活けられた花瓶の花。 甘さ控えめの手作りドルチェ。 毎年決まった日にだけダイニングテーブルを飾るそれらの正体を、誰もが知っているが誰一人として口に出したことはない。 それでもその日の夜だけは、いつも身勝手でバラバラな連中が同じ夕食の席に顔を揃えていた。 あの8年でさえ変わらなかったものが、ここにはある。 皺くちゃの紙袋を引っ提げて、スクアーロは眼前に迫ったドアを一応ノックした。返事などないのは分かり切っているので間髪入れずノブを捻って押し開ける。 わざわざ意識して気配を断つこともしていないから相手には自分が来たことなど丸分かりだろう。これで普段通りならウイスキーグラスが、機嫌が悪ければ花瓶か置時計辺りが飛んでくるはずだった。 「う゛お゛ぉい!邪魔するぜぇボス!」 廊下の向こうまで響き渡るような大声を上げ、すかさず襲い来る衝撃を覚悟して一旦入り口で立ち止まる。が、今日に限って特に何も起こらない。思わずパチパチと数回瞬きしてスクアーロはぐるりと部屋の中を見渡した。 探していた人影は窓の側ですぐに見つけられた。ついさっきダイニングで見たときと同じ隊服姿のままで、片手にグラスを揺らしながら冷たいガラスに肩を預けて佇んでいる。 ふと雲の切れ間から差し込んだ月灯りが男の横顔を照らし出し、黒髪の隙間からジロリと覗く紅瞳の鋭さが露になった。闇に浮かぶ赤色は獲物を狩る獣のそれに似ていて、恐ろしくも酷く美しい。畏怖とも感嘆ともつかない吐息を押し殺して、スクアーロは何気ない振りでザンザスに近付いた。 「なんだ、もう飲み始めちまってたのか」 「あ?」 億劫そうに投げて寄越したザンザスの視線が、スクアーロの持っていた紙袋に落ちる。なんの用だ、と無言の視線に促されて、スクアーロは傍らのデスクに紙袋の中身を出して見せた。 「ボスさんに土産だ。この間百番勝負で北に行って来たからなぁ」 「カスが、2週間も前の話だろうが」 「仕方ねぇだろ!オレはここ最近ずっと忙しかったんだ!」 言い様、ちゃぷんと重たい水音を立てたそれを目の前に突きつけてやる。 「グラッパか、相変わらず芸がねえな」 「ごちゃごちゃうるせぇ!」 これ以上何か言いやがったらもう部下共にでもやっちまうか、と思いかけたスクアーロの手からひったくるようにしてボトルが奪われた。飲みかけのグラスを置き、封を切ってザンザスが無造作にボトルを呷る。見た目は無色透明だがグラッパはアルコール度数にして40度を越す蒸留酒だ。表情一つ変えずこくりこくりと数回上下した喉仏をスクアーロは少し呆れ気味に見返した。 「フン、まあ悪くはねえ」 つっと口端に伝った雫を親指の先で拭って、ザンザスが言う。珍しく満足気な声音に思わず笑みをつられて、喉奥から小さな笑いが漏れる。 その表情に何を思ったのか、ザンザスが目を眇めてニタリと嫌な風に口端を上げた。 「だが、スピリタスほどじゃねえな」 それが獲物をいたぶる悪魔の微笑みに見えて、スクアーロはうんざりしたように顔をしかめた。 世界最強の酒として知られるそれを自ら面白半分で買ってきたときのことを思い出し、ぞっと背筋が凍えるような感覚と焼け爛れるような熱の感覚に身体の奥底が熱くなる。 「お前にはもう二度とやらねえって言っただろうが」 飲酒だけでなく消毒薬としても使われるらしいと、余計なことを口走ったのはどちらだったか。衝動のまま貫かれ軽い裂傷を負ったそこに、消毒だといって96度のアルコールを注ぎ込まれた記憶は思い返すだけでも全身に震えが走った。 びくりと跳ねかけた身体を、口壁の頬肉を思い切り噛み付けることで抑え、スクアーロはギロリとザンザスを睨んだ。 「おい、ドカス」 そんなスクアーロの心中などお見通しなのだろう。ククッと至極愉快そうに笑ったザンザスがスクアーロを見据えたままもう一度ボトルを呷る。 次の瞬間ぐっと顔を引き寄せられ、次いでとろりと甘い蜜のような囁きを直接鼓膜に落とされた。 「疼くんだろ、奥が」 熱く濡れた吐息が耳朶を掠め、呼吸さえ止まる。 「てめーの好きなモノで掻き回してやろうか」 「…ん…っ」 ずくりと下肢の中心が震え、堪え切れなかった吐息が思わず漏れた。自分の声がもたらした結果をザンザスが少し離れて満足そうに眺めている。男の顔を恨めしげに見上げ、スクアーロは最後の足掻きとばかりに低く唸った。 そんな抵抗など歯牙にも掛けず、ザンザスがフンと鼻で笑う。だが、今すぐに手を出してくる気はないらしい。息を詰めたスクアーロがじわじわと炙られるような感覚に囚われつつあることを見透かした上で、高みの見物を決め込む気のようだ。 悔しげに視線を彷徨わせるスクアーロの鼻腔を、ふと強い刺激臭が掠めた。鮮やかな葡萄の香りを宿すそれは、男の手にあるボトルから揮発している。 「…っ、んのクソボス!」 衝動的に伸ばした手でボトルをひったくり、スクアーロはぐいっとそれを呷った。喉に一瞬焼け付くような刺激が走ったが、さらりと胃の腑へと滑り落ちたそれは思わぬほどに軽やかな甘みを残している。 思わず意外そうな目でボトルを見下ろしたスクアーロに、ザンザスは微かに苦笑したようだった。 「ドカスが。てめー自分で味も見ずにこのオレに寄越しやがったのか」 「ケッ、オレぁお前ほど酒に興味なんかねぇんだよ」 テキーラだのウイスキーだの、男が好んでアルコールを口にする理由も解らない。この酒とて贈り物用だからと店主に適当に選ばせて買ってきたものだ。 だがこういう味の良さなら、スクアーロにも少しだけ分かる。そしてそれをザンザスが悪くないと言うのなら。 「まぁ来年はこいつよりもっと美味い酒を用意してやるぜぇ」 その言葉を聞いて、ザンザスが一瞬チラリとスクアーロを見やる。自ら墓穴を掘ったことに気付いていないらしいスクアーロを軽く鼻先で笑うと、ザンザスは何故か少しだけ満足そうに口端を歪め、目の前で揺れている銀髪に指を絡めた。 「フン、てめーの舌に期待なんかしねえが…せいぜいやってみろ」 見慣れない煌びやかなオーナメント。 彩り悪く不恰好に活けられた花瓶の花。 甘さ控えめの手作りドルチェ。 土産という口実に託された不器用なプレゼント。 静寂に祝いの言葉さえ届かぬまま、今年も同じ夜が更けていく。 Fine. [*前へ][次へ#] [戻る] |