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novel
diavolo del ciliegio


 心臓に狙い定められた敵の銃口を目にしても、男は顔の筋一つ動かさなかった。
 古びた石壁に背を預け、ザンザスはつまらなそうにふわと欠伸を噛み殺した。ボンゴレ最強という肩書は存外不自由で、任務先で逆に刺客に襲われることもままあることだ。
 眼前に迫る刺客が有り得ぬ勝利を確信した刹那、狭苦しい路地裏に耳障りな濁点の羅列が響いた。
「う゛お゛ぉい!待ちやがれぇ!!」
 ひっと息を呑んだ刺客が背後から襲う殺気の波に意気を挫かれる。一瞬生まれた戦慄の隙に峻烈な剣戟が閃く。
 宙を裂き、細く尾を引いた鮮血が細い弓月の弧を描いて降り落ちた。撥ね飛ばされた頭部は高く舞い上がり、周囲に血飛沫を弾かせて地面に転がる。
 首を失った死体がぐらりと倒れ込むのを何とは無しに眺めていたザンザスは、ふと微かな感触を覚えて頬を拭った。
「あっちは終わったぜぇ、ボス」
 周囲に散らばった血痕を身軽に避けながらスクアーロが近付いてくる。今日の任務ではかなりの人数を相手にしてきたはずだが、その隊服には返り血一つ付いていなかった。ドカスが、と舌打ちして短く毒づき、ザンザスはジロリとスクアーロを睨み据えた。
「まだだ」
「あ゛?標的は全部片付けたはずだぜぇ?」
 1、2、と子供のように指を折って数え始めた鼻先に、自身の右手を突き出して見せる。
「…あー、今のかぁ」
 頬を拭った手の甲にはうっすらと赤い液体が付着していた。先刻斬り落とした刺客の血滴がザンザスの方にまで飛んできたのだろう。
「てめーの失態だろうが」
「はあ゛っ!?そのくらい…!……いや、やっぱり何でもねぇ」
 噛み付きかけたスクアーロが不意に何かを思い付いたように反論を止めた。
「綺麗にすりゃいいんだろぉ?」
 言いつつ悪戯っぽく瞳を瞬かせ、ザンザスの傍らに膝をつく。何をする気だと問う間もなく、恭しいとも言える仕草でスクアーロがザンザスの右手を取った。
 濡れた温かい感触がぬるりと手の甲を撫で、すぐに離れて行った。不快げに顔を顰めたスクアーロが横を向いてぺっと唾を吐き出す。次いで向き直った顔にはまた企むような表情が戻っていて、スクアーロはザンザスに見せ付けるように今度はゆっくりと舌を伸ばした。生温かい肉の塊が、薄汚い血痕の残滓を拭いながら肌を這っていく。
 不意につつっと滑った舌先が、指の間の薄い皮膚を撫でた。あまり触れられることに慣れていないそこは他より神経が過敏になっていて、さすがのザンザスも反射的にぴくりと指が震えるのを止められなかった。
 その反応をスクアーロが見逃すはずはない。
「感じたかぁ?」
 やはり、わざとか。
 してやったりというようにニタリと笑う満足顔が癪に障る。
 視線を落とせば、うっすらと憎たらしく開いた唇の隙間から白皙に不似合いな薄赤の舌が覗いていた。獲物を狙う獣のように片目を眇め、ザンザスはその赤色目掛けて思い切り指を突き出してやった。
「げぇっ!っ゛ぐ!」
 喉奥を引き攣らせたスクアーロの顔からざっと血の気が引く。込み上げる吐き気を堪えるようにスクアーロが慌てて身を引きかけた。その頭をすかさず捕らえ、一気に3本の指をまとめて口の中に押し込んでやる。苦しげに逃げ回る舌を指先で弄びながら、ザンザスはうっそりと薄く笑った。
「感じたか?」
「んなわへ…ねぇ、あろっ!」
 色素の薄い銀瞳に涙を溜め、スクアーロが悔しげに睨み返してくる。異物を押し戻そうと必死に舌を蠢かしながら、ザンザスの指に犬歯が触れると慌てて口腔を開くのが可笑しかった。
 嫌ならば噛み切ってしまえばいいものを、この男は何故そうしないのだろう。
 往生際悪く足掻いていた舌を指の間に挟み込み、ザンザスは気紛れに爪先で柔肉を引っかいた。しなやかな感触を楽しむようにそろそろとなぞってやると、スクアーロがくすぐったそうに肩を竦める。
 やめろと訴える視線を無視し撫で続けていると、次第にスクアーロの息遣いが変わり始めた。
「…んっ、ふ…ぅ」
 怒りに染まっていた眼差しがとろんと溶け、鼻から熱い吐息が零れ落ちる。
 先刻とは明らかに違う感覚を得始めた自身を恥じるように、責める色を浮かべていたスクアーロの瞳がつと伏せられた。逃げるばかりだった舌がおずおずとザンザスの指を舐め、誘い込むようにねっとりと絡み始める。
 スクアーロが窄めた唇でくちゅくちゅと抜き差しを始めると、行為を連想させるいやらしい動きにザンザスは低く笑った。
 単騎敵陣に乗り込み、数多の敵を薙ぎ倒し、降り注ぐ血の雨を浴びても息一つ乱さぬ男が、たかが指先一つに翻弄されている。
 なんとも滑稽で、愉快な光景ではないか。

 酔いをもたらしたのは、鼻腔が爛れる程の血臭と強者の優越感。
 無防備な喉笛を撫で、濡れた唇を拭い、閉じた瞼に歯を立てて。
 触れぬ口付けの代わりに、褒美という名の慈悲を。


Fine.


10-12 23:05 鬼畜リクエストの方へ捧げますw
ありがとうございました!


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あきゅろす。
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