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novel
Occhi di argento/ザンスクパロ


 薄汚れた粗末なステンドグラス。今にも崩れ落ちそうな瑕だらけの十字架。ひび割れた灰色の壁が描くのは弾痕の聖歌。
 それらをつまらなそうに一瞥し、深い皺に疲労と畏怖を刻んだ老神父に導かれるまま、ザンザスは教会の中へと足を踏み入れた。
 9代目の名代として任された今回の視察はボンゴレの金銭的援助を受けた当該施設の現状を把握することで、そこにザンザスが一片の興味と面白味、もしくは何らかの感慨を得ることを期待しているのであれば、もはや愉快としか言いようがない。ザンザスにとって貧困と悪臭に満ちたスラム街など忌まわしき過去を呼び覚ます以外の何物でもなく、今となっては見るのもおぞましい存在でしかなかった。
 叩き付けたくなる舌打ちを御曹司の仮面の下に隠し、頭の中で報告書に記載する適当な文章をでっち上げていると、不意にどこかから子供の声が聞こえてきた。
 思わず不快気に顰めた眉に老神父がいち早く気付き、慌てて奥の部屋へと続く扉を閉めようとする。だが無粋な訪問者たちは、締め出されるより先に扉を潜りザンザスの前に姿を現した。
 ふと先頭を走っていた子供がザンザスの存在に気付いて足を止める。いや、無邪気な子供でさえ気付かざるを得ない剣呑な気配に圧倒されたと言うべきだろうか。続いて駆けて来た子供たちもまた、猛獣に射竦められた草食動物のようにびくりと身体を跳ねさせて、反射的に後ずさったのが分かった。
 チッと今度は遠慮なく舌打ちしてやると、ひと塊になって硬直していた子供たちが安っぽいガラス球の瞳に益々怯えたような色を浮かべて、ひっと息を呑んだ。お騒がせして申し訳ありませんと今にも平身低頭しそうなほど恐縮し切った老神父に聞けば、マフィア同士の抗争に巻き込まれ親を亡くした孤児たちをこの教会で世話しているのだという。
 自らを愛し慈しんでくれた両親を奪ったのもマフィアならば、今身を寄せている教会を援助しているのも同じマフィアだということを、この愚かでか弱い生き物たちは知っているのだろうか。皮肉気に口元を歪めやはり興味はないと踵を返しかけたザンザスは、ふと静電気が肌を撫ぜるようなピリリと心地良い気配に逸らした視線を子供たちの後方へと流した。
 惨めな小動物の塊から少し離れて、生々しい殺気を湛えた銀色の瞳がじっとこちらを見据えている。粗末な服の下から覗く手足は抜けるように白く華奢で、しかし子供にしては均衡の取れた身体つきはここにいる誰よりも軽い身のこなしが出来ることを示唆していた。
 スクアーロと神父の呼ぶ声が聞こえて、ほんの一瞬薄汚れた灰色の髪が揺れる。獰猛な海洋生物の名を持つ少年は、神父が止める間もなく真直ぐにザンザスを見据えたままこちらへと近付いてきた。
 傍らで怯える子供たちなどには目もくれず、研ぎ澄まされた刃と同じ色の瞳にやはりビリビリとした殺気と、どこか憧憬めいたものさえ滲ませてザンザスを見上げる。
「なぁ、お前強いのか」
 その不遜とも呼べる態度に答えてやろうと思ったのは、ザンザスが生涯で一度あるかないかの寛大な気分になっていたからだろう。フン、と面白そうに鼻を鳴らしてザンザスは即答した。
「ああ」
「そうか」 
 男の尊大な答えさえ当然の物として受け止めたように、銀瞳の少年が頷く。先刻から魅入られたように見つめているのはザンザスの紅い双玉か、それとも別の何かか。
 よし、と小さく呟く声がして、少年が細く白い指をぴしりとザンザスに突きつけた。
「オレは今日からお前に付いて行く!」
 その言葉の意味を先に理解したのは、隣で固唾を呑んで見守っていた神父だった。意味の分からない叫び声を上げ、いたいけな少年が悪名高い暴君の餌食にならないよう慌てて引き離そうとする。片手でそれを制し、ザンザスは自ら歩を進めて少年との距離を縮めた。そして辛うじて仮面の下に抑えていた殺気、生と死を糧に生きる者に備わった隠しようのない闇の気配を全開にして、もう一度少年を見下ろす。
 同胞の中にあっても見据えられるだけで生きた心地がしないと言われるザンザスの眼光を受けても、銀色の瞳はぴくりとも揺らがなかった。
 くっ、と男の喉奥から漏れた声が笑いであったことに老神父は気付いただろうか。
「てめーみたいなガキがオレの役に立てるのか」
「う゛お゛ぉい!!誓ってやるぜぇ!これから先、お前はオレを仲間にしたことに感謝する日が必ず来る!」
 まあ見てろ、と引き上げられた口端からその名に相応しい鋭い牙が覗いて、ザンザスはもう一度面白そうに鼻を鳴らした。

 拾われて来た子犬より幾分かはマシな扱いで風呂に放り込まれた少年の髪が、実は灰色でなく瞳と同じ綺麗な銀色であったことに気付くのは、もう少し後の話。


Fine.



どんな出会いをしても、きっと惹かれ合う何かがあるんじゃないかと。


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