[携帯モード] [URL送信]

novel
siesta/ベルマモ


 立ち入り禁止の張り紙を破ってドアを開けると、今まで嗅いだことのない異臭が鼻をついた。所狭しと積み上げられた本やら文献やらで部屋の中は足の踏み場さえなく、奥に据えられた机にはコポコポと怪しげな音を立てている実験器具が鎮座している。
 うへぇ…と思わず顔を顰めて呟くと、規則正しく並んだ試験管の隙間から小さな影がぴょこんと顔を出した。
「ベルかい?」
「相変わらずきったねー部屋」
 散らばった資料を避けて進むと、身体に見合わぬ大きな椅子に埋もれ、ムと唇を尖らせているマーモンの姿がようやく視界に入った。その隣に、座り心地の良さそうな本の山を見つけて断りもなく腰を下ろす。
「研究中は立ち入り禁止って言っただろ」
「カンケーないね。だってオレ王子だもん」
「見物料はSランク報酬5倍分だよ。僕の研究は最重要機密なんだからね」
「フザケんなクソチビ」
 交わし慣れた会話を続ける間も、人形みたいに小さな手は次から次へと手際よく動いて、ビーカーを掻き混ぜたりメモを取ったりしている。しばらくぼんやりとその様子を眺めて、不意にベルが口を開いた。
「なー。その呪いってやつが解けたらどーなんの?」
 少し驚いたように顔を上げたマーモンが、意外そうな口調で問い返す。
「どういう風の吹き回しだい、ベル。そんなこと今まで気にもしなかったじゃないか」
「べっつに。今でも興味なんてこれっぽっちもねーし」
 ただ何となく、思いついたから口にしただけのことだ。自らの秘密どころかその素顔さえ明かさない目の前の赤ん坊が、自分の知らない何かを探るために日夜研究室に籠もっている。ベルとて出生の秘密を隠しているのだから立場は同じだ。だが、他人に秘密があるのは気に食わない。
「なら教える必要はないね。もっとも、タダで喋る気もないけど」
「ふーん」
 不満げな息を洩らしたベルが、ふと椅子代わりにしていた本の山から立ち上がってマーモンの後ろに回る。
「なんだい?」
 首を傾げて振り向くマーモンをひょいと抱え上げ、ベルはマーモンの椅子に自ら腰を下ろした。膝の上に、小さな身体を乗せたままで。
「ちょっとベル、これじゃ動けないじゃないか」
 身体ごと拘束するようにぎゅっと抱き締めると、ふにふにと柔らかい感触が可愛くない文句を言い出す。
「そろそろ赤ん坊はシエスタの時間だろ。特別に王子が付き合ってやるよ」
「やれやれ、その年になってもまだぬいぐるみを抱っこしないと眠れないのかい?」
「つかそれって、自分=ぬいぐるみって認めたことになるんじゃね?」
「…ム」
 眠るつもりなどなかったが、心地良い温もりを抱えていると不思議に穏やかな睡魔が込み上げてくる。思ったより座り心地の良い椅子にゆったりと背中を預けて、ベルはふわと欠伸を噛み殺した。
「これ以上邪魔するなら金取るよ、ベル」
「払わないよ。だってオレ…王子だもん…」
 語尾に寝息が重なり、とろとろとたゆたうような眠気に誘われる。諦めたように溜息をついたマーモンが、ベルに身体を預けるように少しだけ力を抜いたのが分かった。
 ふわふわでムニムニで、あたたかい。殺伐とした闇の世界には不似合いな存在だ。
 だからこの小さな存在がもたらす安寧の名前を、きっと自分は知らない。


Fine.



CPというより甘イチャの方向で。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!