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novel
藤黄の星を仰げ


 高き天を覆う燐光が、愚かな地上の争いを嘲笑うようにちらちらと瞬いている。
 闇に溶けているのは埃っぽい風と嗅ぎ慣れた血の臭い。今が外でも過ごしやすい時期なのは、せめてもの慈悲だとでも言うのだろうか。
 ぐるりと周囲を見渡して、スクアーロは目が覚めるようなオレンジとグリーンに声をかけた。
「ここは任せたぜルッスーリア!俺は南の生存者をかき集めてくるからなぁ!」
「はーい。いってらっしゃーい」
 ひらひら揺れる手と間延びした声を背中に受け、たっと地面を蹴る。改めて木の上から見下ろした城の光景…いや、かつて城だった瓦礫の光景は無惨なものだった。
 6弔花を倒し、白蘭を引きずり出すという目的は達せられなかったが、成功とは言えないまでも今回の作戦はとりあえず終了した。残る仕事は生存者の確認と取り敢えずの主力部隊本部の確保だ。
 これほどの激闘が繰り広げられた後ではまだ息のある部下がいるかどうかも怪しいものだが、そこはザコといえどヴァリアー隊員。しぶとく生き残った奴等もいるだろう。まずはそいつらを拾い集めてやらなければならない。
 全く、作戦隊長なんて面倒な立場を押し付けられたせいで余計な雑務ばかりに時間を取られている。さっさと片付けてジャッポーネで起きている戦闘の詳しい結果を聞かなくてはならないのに。
「う゛お゛ぉい!誰か生きてるやつはいねぇかぁ!」
 闇に目を凝らしつつ声を張り上げると、いくつか弱々しく返って来る声がある。どいつもこいつも血塗れだがひとまず立って歩くことは出来るようだ。一人うつ伏せで地に這い蹲っていた男は右脚がおかしな方向へ曲がり骨があらわになっていたが、命に別状はない。
「城でルッスーリアと治療班が待機してる。動ける奴は怪我人に手を貸してやれぇ」
 他にもいくつか指示を飛ばしてから、スクアーロは急かされるように再び土を蹴った。梢を縫う度、耳元で風が唸り声を上げる。生き残った部下の状況を把握しつつ、頭の中で次の行動の計画を立てる。
 ふと、視界の端によく見知った隊服が映った。胸元から血を流しぐったりと頭を垂れた様は既に手遅れのようだが、指先が一瞬動いたように見えたのは気のせいだろうか。
 音もなく地面に降りて、スクアーロはゆっくりとその男に近付いた。闇に慣れた目が周囲に溜まった夥しい血の量を捉えると、とても生きているとは思えない。やはり錯覚だったかと踵を返しかけたとき、ほんの微かな呻き声が聞こえた。それは人並み外れた身体能力を持つスクアーロだからこそ気付き得たもので、虫の息とは正にこのことだろう。
 痙攣する瞼を必死に開き見上げてきた目は、消え行く命の灯を辛うじて宿していた。
 大丈夫か、とは聞かない。
 それが如何に意味のない問いか、スクアーロも、そしてこの男自身も解っているだろうから。
 ただ無言のまま、スクアーロはするりと剣を引き抜いた。
 一瞬本能的に恐れを抱いたらしい男が、次いで安堵とも呼べる表情を浮かべる。
 この男は、なんという名前だっただろう。
 不意に、今まで脳裏を過ぎりさえしなかったことをスクアーロは考えた。
 ほんの数ヶ月前に入隊してきた新米の部下か。歴戦を勝ち抜いてきた古参の兵士か。それとも、あのとき無線の向こうで特攻を掛けた哀れな男か。
 それさえ聞く時間もないまま、男は一人死に逝こうとしている。
 結局掛けてやる言葉を見つけられず、スクアーロは一息に切っ先を男の胸へと突き立てた。
 苦痛と、安堵と、恍惚と。入り混じって消えていく命の灯火を最期まで見届ける。
 どれくらいの間そうしていたのだろう。ふと息を呑む声が聞こえて、スクアーロは振り返った。
 額から血を流しボロボロの隊服を纏った男が、怯えた目でこちらを見つつ武器を構えている。もちろん左腕を飾るのはヴァリアーの紋章だが、その行為を咎めることはせず、スクアーロは剣を引き抜いてから慣れた仕草で軽く一振りした。
 びしゃりと、飛び散った赤褐色が長い斑点を描く。ひっとまた男が小さく洩らす声が聞こえた。
「う゛お゛ぉぉい!」
「は、はいぃっ!」
 いつもの調子でスクアーロが怒鳴ると、男が我に返ったように武器を下ろしてびしっと背筋を伸ばした。
「動けんのかぁ?」
「は、はい?」
「動けんのかって聞いてんだぁ!」
「はいぃっ!う、動けます!」
「ならとっとと城へ戻れ。ルッスーリアたちが待機してるはずだぁ」
「はいっ!了解しましたっ!」
 脱兎の如く駆け出そうとした背中を、スクアーロは思い出したようにう゛お゛ぉいの一言で呼び止めた。びくっと爪先が浮き上がるくらい身体を跳ねさせた男が、おそるおそる振り返る。
「な、なんでしょうか、作戦隊長殿…」
「お前、祈りの言葉を知ってるかぁ?」
「…は?い、いえ、自分はそういうのは…」
「ならいい。もう行け」
 不思議そうな顔でこちらを見る男をジロリと一瞥で追い払って、スクアーロは小さく舌打ちした。
 まずい。苛立って部下に八つ当たりしていたら、どこかのボスと同じになってしまう。
 傍らにあるのはとうに動かなくなった肉の塊だ。敵も味方も数え切れないくらいの死を目の当たりにして来たくせに、今更になって感傷を呼び覚まされるなど愚鈍としか言いようがない。
「よくやった、とでも言ってやれば良かったのかぁ…?」
 分からない。きっと誰に答えを求めても正しい答えは返ってこないだろう。
 死の間際に何を言って欲しかったか、なんて死者に問えた者はいないはずだ。
 漆黒に白く浮かぶ剣先でおざなりな十字を描き、スクアーロはもう興味を失ったように踵を返した。こんなところで愚図愚図している暇はない。さっさと雑務を済ませて次の行動へと移らなければ。
 既に薄れ始めた血の臭いを嗅ぎ分けて、スクアーロは再び闇へと身を躍らせた。


 志半ばで倒され、行き場を失った魂はどこへ行くのだろう。
 行く先を知らぬなら何度でもここへ来るが良い。その度にこの剣で叩き伏せてやる。
 ただひたすらに呼吸をし、剣を振るい、先へ進む。
 それは紛れもなく、生者に与えられた報酬なのだから。


Fine.

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