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novel
朽葉色の過去を捨てろ


 三日掛かりの任務を終えてアジトへ戻り、自室のベッドに寝転がって快い疲れに身を浸していたら、突然現れたどす黒い人影に首根っこを引っ掴まれた。
 う゛お゛ぉい!と声を上げる間もなく連れて来られたのは見慣れた執務室。先に報告を済ませず休んでいたことを咎められるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 掴んだ手を離して自分は革張りの執務椅子に腰を下ろすと、どす黒い人影、ザンザスはくいっと壁に向かって顎をしゃくった。
「片付けろ」
「あ゛ぁっ!?」
 執務室の壁一面に備え付けられているのはぎっしり書物が詰まった立派な本棚だ。決して認めはしないだろうが養父の影響もあって、ザンザスは自分に必要な知識を蓄えるための努力は惜しまない男だった。
 ただ読み終えた本を次から次へと空いた隙間へ詰めていくので、順番も何もかもが無茶苦茶になっている。
「今日中に整理を終わらせろ」
「これ全部をかぁ!?」
「たりめえだ」
「オレ一人でやれってのか!?」
「他に誰がいる」
 咄嗟に浮かんできた顔は今日非番のはずのベルとフランだ。あの二人が素直に言うことを聞くとは思えないし、任せていたらいつ終わるか分からない。ヴァリアーボスの執務室が無惨な光景になるのを思い浮かべてスクアーロは思わず溜息をついた。
 ああ、こういうときに限って何故レヴィは出張中なのだろう。
「クソッ、オレぁ便利屋じゃねぇぞぉ!」
 ぶつぶつと文句を言いつつこの我侭暴君に逆っても仕方ないと諦め、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた本を片っ端から引っこ抜いていく。どさどさと積まれる重い音にザンザスが微かに眉を顰めた。
「もっと丁寧に扱えカスが」
「るせぇ!文句言うならてめぇでやれ!」
 腹立ち紛れに上の方にあった本を思い切り引き抜くと、つられて他の本までが勢いよく飛び出してきた。
「う゛お゛っ!」
 降り注ぐ本の山を咄嗟の反射神経で避けたが、いくつか重い衝撃が脳天を直撃して思わず呻く。
「ってぇ…」
「ドカスが」
 うずくまりじんじんと痛む頭を抑えていると、ザンザスの罵りだけがはっきり聞こえてきた。…ほんの少し、視界が滲む。
 すると拭った目の端に、書物とは違う小さな紙切れが映った。
「んだぁ、これ」
 指先で摘み上げぴらりと裏返すと、酷く目つきの悪い憎ったらしいガキがこちらを睨みつけている。本の間に紛れていたのだろう、どうやら古い写真のようだ。
 スクアーロは、このクソ生意気な目つきに物凄く見覚えがあった。
「う゛お゛ぉい!これお前かぁ、ザンザス!」
「あ?」
 喜色を滲ませて声を上げると、いつの間にか書類に向かっていたザンザスが、訝しげに視線を上げてこちらを見る。ひらひらと摘んだ写真を振って見せると、男が無言で右手を掲げた。
 コオオ、と眩しい光球が手の上に浮かぶ。
「な゛っ!ちょっと待て!オレまで殺す気かぁ!」
「一緒に死にたくねえならそいつを捨てろ」
「やめろって!勿体ねぇだろうが!」
 もとより写真など好まない男が、あの揺りかごの一件の前に、自分と9代目に関わる私物は全て処分してしまっていた。
 だからスクアーロ自身、こんな風に子供時代のザンザスの写真を目にするのは初めてだ。
「お前って昔っから目つき悪かったんだなぁ」
 真の怒りを知った今とは比べ物にもならないが、人を射殺すような眼光の鋭さは変わっていない。憤怒の炎を向けられていることも忘れ、写真を眺めながらしみじみ呟くと、何を思ったのかザンザスが掲げていた炎を収めた。
「さっさとそいつを寄越せ、カス」
「……」
 嫌だ、なんてはっきり言ったらマジで殺されかねない。渋々立ち上がって、スクアーロは写真を手に男へと近付いた。
「…なぁ、本当に燃やしちまうのかぁ?」
 ぽつりと呟くと思ったよりも悲愴な声が出た。どこかムッとした表情で写真を奪い取ったザンザスが、ぐしゃりと拳の中に握り込み炎をともす。
「あー…」
 ゴオと燃え上がった憤怒の炎は、一瞬にして古びた写真をただの灰に変えた。パラパラと払い捨てられるそれを名残惜しげに眺めてスクアーロが溜息をつく。
「勿体ねぇ…」
「くだらねえこと言ってんじゃねえ」
 やはりどこか面白くなさそうに言ったザンザスが、スクアーロの銀髪を掴んでぐいっと引き寄せる。
「てめーにショタ趣味があったとはな」
「ショ…!違うだろうがぁ!オレはただ、オレが知らない頃のお前が…!」
 途中まで言いかけて、思わず口をつぐむ。
欲しかっただけだぁ、と心の中で続けると、不意に妙な気恥ずかしさが込み上げた。
「チッ」
 舌打ちで誤魔化して、男の上に跨るように革張りの椅子に片膝をつく。だらしなくはだけた襟元に指を差し入れてごつごつした鎖骨をなぞると、スクアーロはニッと笑った。
「もっと見せてみろよ。オレの知らないお前を」
「…フン」
 その誘いに満足したのか、ザンザスが鼻先で笑う。指に絡んだ銀髪の感触を確かめるように一度だけ梳くと、ザンザスはスクアーロのしなやかな身体に手を伸ばした。


 その写真に宿っているのは、とうに過ぎ去り忘れてしまった過去の時間。
 だが、無為な時の流れに意味などないことを自分たちは知っている。
 色褪せて行くだけの過去など捨ててしまえ。
 ただ見据えた白紙の先をお前自身の手で染め上げろ。
 鮮やかな原色をぶちまけ、もう二度と消えてしまわぬくらいに。


Fine.

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