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novel
群青色の紐を解け1


 わざとギリギリまで切っ先を引きつけ、寸前でひらりとかわす。
 ついに己の振るった剣戟が相手の身を切り裂くかと思った瞬間、あっさり打ち砕かれた期待に男の顔が怒りに歪んだ。
 それを楽しげに眺めて、スクアーロは高笑いする。
「う゛お゛ぉい!てめえの剣なんざオレに届くわけねぇだろうがぁ!」
 義手に装着した剣を無造作に一振りし、慌てて自らの剣で受け止めた男がその衝撃の強さにぐぅっと呻く。
 斬撃を刃で流して身体を捻り、スクアーロが男の背後へと回りこむ。咄嗟にそれを察して逆に剣を振り上げて来たのは、さすが剣豪として名を知られた男というべきだろうか。
 なかなかの反射に満足して、スクアーロは攻撃へと移りかけていた態勢を防御に変えた。
「だが遅ぇ!」
 上半身を逸らし、胸元を掠めていく男の剣先をスローモーションでも見るように右から左へと視線で追う。
 その瞬間だった。
 上半身を咄嗟に逸らしたせいで、スクアーロの長い銀髪がさらりと前方に流れた。
 男の振るった剣がその毛先をほんの一瞬掠め、鋭い刃に切り取られた髪が数本、風に舞う。
 …そこから先、スクアーロの記憶はない。
 気が付くと、夥しい量の返り血に全身が濡れていた。足元には無惨な肉片と化した赤い塊がいくつか転がっていた。


「気にし過ぎよ、スクアーロ」
 血塗れの妖鬼のような姿で帰還したスクアーロを出迎え、けたたましい驚きの声を上げながらバスルームへと叩き込んだのはルッスーリアだった。
 珍しくむっつりと黙り込んだまま自分で動こうとしないスクアーロに痺れを切らし、頭から乱暴にシャワーを浴びせて固まりかけていた血を流し綺麗にしていく。
 しばらくされるがまま大人しくしていたスクアーロは、「ヘソを曲げたお子様にはこれが一番ね」と温めたミルクを差し出されて、ようやく「う゛お゛ぉい!」と声を上げた。
「切られたって言っても、ほんの数本毛先を落とされただけなんでしょ?自分で切ったわけじゃないんだし、あなたの願掛けとは関係ないわよ」
 ぶすっと膨れたイジケ鮫にあれやこれやと世話を焼き、ルッスーリアはスクアーロがここまで荒れた原因をそれとなく聞き出した。しぶしぶ理由を話し始めたスクアーロに、今度は慰めの言葉を掛ける。
 この万年反抗期みたいな男がどれほど自らの剣に誇りを持ち、その全てをかけると誓った証に伸ばし始めた銀髪にも、どれほどの覚悟を抱いているか知っているから、慎重に、ゆっくりと言葉を選びながら。
「けどオレぁ、あいつの願いが成就するまでこの髪は切らねぇと誓ったんだぁ!」
「そうねえ、それは分かってるけど…」
 さてどうしたものかと腕を組み顎先に指を当てて、ルッスーリアがソファに腰掛けたスクアーロの髪を見下ろす。
「それにしてもあなたの髪、ずいぶん伸びてきたわよねぇ…」
 洗い立てでさらさらと手触りの良さそうな銀髪に、誘われるように手を伸ばす。
「う゛お゛ぉい!勝手にさわんなぁ!」
「やぁね、いいじゃないの触るくらい。別に切ったりしないから」
「当たり前だぁ!」
 そんなことしたらかっさばいてやる!と息巻くスクアーロを眺めつつ、ルッスーリアが長い髪をひと房手に取る。
「切らないかわりに、まとめてあげましょうか?」
「あ゛ぁ!?」
「だってこれから夏になるんだし、長いまま下ろしていたら暑いでしょ?お望みならチャイナ風のおだんごにしてあげてもいいわよ」
「んな女みてぇなことできるかぁ!」
 一瞬でも自分のそんな姿を想像したのか、スクアーロはぐわっと牙をむき出してルッスーリアに噛み付いた。
「じゃせめてポニーテール。後ろで一つにまとめるくらいはしなさい。また戦いの最中に切られでもしたら大変なんだから」
「オレぁもう、んなヘマはしねぇ!」
「でもねぇ、今度から髪のことまで気にして戦ってたら、あなたのいう剣の勝負ってやつも存分に楽しめなくなるんじゃない?」
「ぅぐっ!」
「とりあえずは一度試してみなさいよ。文句を言うのはそれからっ!」
「ちょ、やめろ…やめろ゛お゛ぉぉ!」
 どこにそんなもの隠し持っていたのか、いつの間にかブルーのヘアゴムを取り出したオカマは暴れて抵抗するスクアーロを押さえつけ、その手にがっちりと銀髪を掴んだ。




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あきゅろす。
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