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novel
青竹色の願いを拒め1


 しとしとと木葉が濡れている。朝から煙るように降り続く雨は自身の影に触れることさえ拒むようで、夜になっても天の川どころか星影の欠片すら落ちてこない。
「こりゃ今夜はダメだなぁ…」
 ベッドにうつ伏せたまま窓の外を眺めて、スクアーロはぽつりと呟いた。
「…るせえ」
 不満げに洩れた声に衣擦れの音が続いて、隣で眠っていたはずの男がのそりと身を起こす。
「あ、悪ぃ。起こしたか」
 大きな声を出したつもりはなかったが、気配に敏感な男は目を覚ましてしまったようだ。額に落ちる黒髪を鬱陶しそうにかき上げてザンザスがジロリとこちらを睨んでくる。
 その凄まじいまでの色気にスクアーロは密かに息を呑んだ。
 年を重ねるごとに貫禄を増す嫌味なくらい整った顔立ちに、見つめられるだけで呼吸が止まる紅色の眼光。さらに加えて無惨に頬を彩る火傷の痕がザンザスの男らしさに拍車を掛けている。
 情事の後はいつも自分が先に気絶するように眠りこみ、気が付くと一人で取り残されていることが多いから、こんな風にザンザスの無防備な顔を見られるのは貴重だ。
 などと思ったことはおくびにも出さず、スクアーロはさり気なく視線を逸らしてもう一度窓の外を見た。
「雨、止みそうにねぇな」
「…だからどうした」
 いかにもどうでもいいと言いたげなザンザスの声に、少しだけ笑いが零れる。ククッと喉を鳴らして、スクアーロは先日任務先のジャッポーネで耳にした風習を話して聞かせた。
「ジャッポーネじゃ今夜は七夕とかいうイベントがあるらしいぜ。紙キレに願い事を書いてお星サマにオネガイするんだと」
「くだらねえ」
 返ってきたその言葉も口ぶりも寸分違わず期待通りで、スクアーロは今度こそ声を上げて笑った。
「せっかくの願い事もこの雨じゃ届きそうにねぇなぁ!」
 大して気の毒にも思ってなさそうな口調で吐き捨て、スクアーロはふんと鼻を鳴らした。
「ハッ、てめーみてえに脳ミソの中までカスな奴は、そういう女子供が好きそうな話を喜ぶと思ったがな」
「う゛お゛ぉい!勝手に気色悪ぃイメージ植え付けてんじゃねぇ!」
 反射的に噛み付き返しはしたが、言われてみれば今日の自分はやけに底意地が悪いようだ。
 こんなありふれた風習などいつもなら適当に聞き流して終わりなのに、七夕の説話を聞いてからというもの、じくじくと古傷が疼くような痛みがずっと続いている。
 一度意識してしまうと不快さは更に増すばかりで、スクアーロは舌打ちしたい衝動を堪えシーツの端を引っ掴み、身体に巻き付けるようにしてごろりと寝返りを打った。
 薄いシーツ越しにくぐもった声で笑うザンザスの吐息が聞こえる。
「おわっ!」
 不意に視界が翳って、スクアーロはせっかく被ったシーツを奪われ、抵抗する間もなく男の身体の下に引き摺り込まれた。
 仕方なしに見上げたザンザスの双眸が、何故か面白いものでも見るような色を湛えている。
「てめーの願い事はなんだ、カス」
「あ゛?」
 一瞬何を言われたのか分からなかった。言葉が理解を伴って思考回路を流れると、意識するより先に皮肉な笑いが漏れる。
「んなもんあるわきゃねぇだろぉ」


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あきゅろす。
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