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novel
若紫の束を嗤え


 分厚い札束をバサリと無雑作にテーブルの上へ放り投げる。
 こんなところをマーモンに見られたらどう思われるだろう。きっとムッとした渋い顔で、「要らないなら僕に寄越しなよ」とでも言われるに違いない。
 次に「人の金に手ぇだすなよ」とベルが茶化して、「おやめなさいよ、あなたたち」とルッスーリアが諌める。レヴィは…まあどうでもいい。
 少し皮肉げに口端を歪めて、スクアーロは窮屈な隊服を着たままベッドに寝転がった。洗い立てのシーツの香りと肌に馴染んだ自分の体臭がやけに異質なものに感じられる。
 きっと散々浴びて来た返り血の臭いが、まだ鼻腔にこびり付いているからだ。
 放り捨てた札束は今日の任務の報酬。揺りかごという忌まわしい名を付けられたあの事件の後、ヴァリアーの活動は無期限停止処分となった。しかし各個別に特化した彼らの能力をそのまま遊ばせておくのはあまりに惜しいと考えたのだろう。時折こうして、秘密裏に上層部から任務を与えられることがあった。
 無論、拒否することなど許されない。あの冷たい揺りかごを覆う鎖が長き眠りから解かれぬ限り、彼らには鳥籠の中で遊ぶ自由さえないのだから。
 現在のヴァリアーの実態を9代目が知っているかどうかは微妙なところだとスクアーロは思う。ボンゴレともなればファミリーの構成員も幹部も桁違いだ。ヴァリアーに付けられている監視の目を掻い潜って一部の人間が指示を出している、というのは十分考えられる話だった。
 今日渡された報酬には恐らく口止めの意味も含まれているのだろう。いつもより札束の量が多い気がする。ろくに数えたこともないのでよく分からないが。
「マーモンなら喜びそうだがなぁ」
 出所がどこだろうと金は金。きっとマーモンならそう言うだろう。
 自分も同じように割り切れるのなら、こんなイライラした気分を味わわずに済むのだろうか。
「暗殺者に人殺しの褒美をやろうとは、嗤わせるぜ」
 薄汚いものにでも触れたように、スクアーロはきっぱりと吐き捨てた。
 いかなボンゴレファミリーといえど、そこにいる人間の価値は様々だ。分不相応な地位を欲して裏工作に走る奴。一度手にした権力を手放すまいと愚かにしがみ付いている奴。存在する価値さえない奴らの姿は酷く無様で醜悪だった。
 自分たちにどのような運命が待っているかも知らず、幸せな連中だ。
 見るもおぞましいカス共を切り刻み、いずれあの男の前にひれ伏せさせてやる。
 ニタリと嗤って、スクアーロは誰もいない虚空に語り掛けた。
「ボスからの褒美なら貰ってやってもいいけどなぁ!」
 どうせ部屋には盗聴器が仕掛けられているのだろうし、そんなこと今更気にするつもりもない。
 聞きたければ聞くがいい。
 自分がボスと呼ぶのは、この世でただ一人だということを。
 …もっとも、あの男から与えられる褒美などロクなものではないだろうが。
 容赦なく酒瓶を叩き付けられるか、ベッドに引き倒されて身体の最奥に痛みを刻み込まれるか。
 だが、例え苦痛だろうと快楽だろうと、それがあの男の手から与えられるものなら、甘んじて受けてやろう。今は無性にそんな気分だった。
「だから早く目を覚ませ」
 そして、ただの一度でいい。オレの名を呼べ。
 そうすればオレがお前のために最高の舞台を用意してやる。
 偉大なる支配者は愚かなる屍の階段を踏みつけて、ただ玉座へと上がればいいのだから。


 突然後頭部に衝撃が走って、スクアーロは手にしていたカードを取り落とした。
「っでぇ!誰だ!」
 反射的に自分で上げた声に、はっとして動きを止める。
 誰だ、だと?
 ボンゴレ最強と謳われるヴァリアー幹部の脳天に、酒瓶を叩き付けられる人間がいるわけがない。
 ああ、そうだ。この世でただ一人を除いては。
「カスが、こんなところでなにしてやがる」
 相変わらず不愉快極まりないその呼び名を一瞬嬉しいとさえ感じた自分は、8年の間に神経が摩耗してしまったのだと思う。
 勢いよく振り返った瞬間、ざわっと全身の血が沸騰した。
 剥き出しの皮膚を焦がす、焼け爛れるような熱さ。激しく脈打つ鼓動が爪の先にまで浸透する。
 ずいぶん久しぶりだ。この燃え狂う怒りの炎を浴びるのは。
 ぽたぽたと髪を濡らすアルコールが、染み入るように肌を刺す。鈍く残る痛みさえ、噛み締めるように味わう。
 ごくりと唾を飲み込み、スクアーロはからからに乾いた喉を潤した。
 そしてニヤリと口端を上げ、笑う。
「つまんねぇただの暇潰しだ。待ちくたびれたぜぇ、ボス!」


Fine.

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