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novel
東雲色の夜明けを追え1†


 消毒液の臭いってやつはどうしても好きになれない。
 塩素を放り込まれた水の中では、鮫は息をすることさえ出来ないのだから。
 ひくひくと鼻を蠢かせながら、スクアーロは目の前を遮る半透明の幕に手を伸ばした。
 無菌室のカーテンで囲まれたベッドの上には、己の全てを捧げたただ一人の男が横たわっている。
 身体中に管を通し、目に痛いくらいの真白な包帯で全身を覆われ、さらにその上から…頑丈な鋼鉄の手錠を掛けられて。
「まだ起きねぇのかぁ、ボスさんよぉ」
 もう自分は十分過ぎるくらい待った。8年の後に味わう数日の空白は、これまでの時間よりも辛くて苦しい。
「もう待つのは飽きたぜぇ」
 縋るように伸ばした指は、重い半透明のカーテンを少し押しただけで力なく膝の上に落ちる。
 スクアーロ自身の身体にも、獰猛な鮫に噛み砕かれた傷痕が色濃く残っていた。
 あの戦いの直後こそ、両手首を車椅子に縛り付けられ銃口を頭に突きつけられたまま24時間の厳重な監視下にあったスクアーロだが、今では同じ監視の目こそあるものの、こうして入院中のザンザスに会うことさえ許されている。
 …これがあの沢田綱吉と門外顧問の配慮の賜物かと思うと、苦々しい思いは消えないが。
「おい、ザンザス。早く起きねぇと…」
 聞こえるはずもない男相手に声を潜めて、口端をニタリと上げる。
「キスしちまうぞ」
 かつてこの男と口付けを交わしたのはただの一度きりだ。
 永い眠りから目覚め久しぶりに顔を合わせたザンザスは、驚きと喜びといろんな感情でぐちゃぐちゃになったスクアーロの髪に手を伸ばし、珍しいものでも見るように触れた。
 そして耳の後ろから毛先までするりと指で梳くと、指の間から零れそうになる銀色を引っ掴んで無理矢理自分の方へと引き寄せた。
 う゛お゛ぉい!と8年ぶりの罵声を浴びせ、反動で倒れ掛かった身体を起こそうとしたスクアーロの唇に、ほんの一瞬触れた柔らかな感触。
 正直それがキスだったのかどうか自信はない。
 けれど、掴まれた髪を解かれた瞬間に、自分でも訳が分からないと言いたげなしかめっ面を晒していたザンザスの顔がやけに面白かったから、きっとそうだったんだと思うことにした。
「キスなんかで目が覚めたら、本気でおとぎ話の眠り姫だなぁ」
 口元を隠すように俯いて、スクアーロはククッと楽しそうに笑った。
 あのザンザスが、オヒメサマ。これほど似合わない組み合わせがあるだろうか。
「…かっ消すぞ、ドカス」
 不意に掠れた声が聞こえて、スクアーロははっと顔を上げた。
 紅い紅い瞳が、変わらぬ熱さを湛えて燃えている。
 ああ、世界で一番凶暴なオヒメサマのお目覚めだ。
 スクアーロはニィッと口端を上げて笑った。
「遅えぞぉ、ボス。もう少しでお前にキスしちまうとこだったじゃねぇか」
「よほど死にてえらしいな、カスザメ」
 普段と寸分違わぬ、どこまでも容赦なく叩きつけられる殺気が心地良い。
 だが今は、いつも飛んでくるはずのグラスや花瓶が手元にないのが幸いだ。
 つい悪戯心を誘われて、スクアーロはフンとふてぶてしい笑みを浮かべてみせた。
「いや、惜しかったのかぁ。ボスさんをオレの好きに出来る、千載一遇のチャンスを逃しちまったぜ」
「それ以上無駄口叩いてみろ、一瞬で灰にしてやる」
「いっそオヒメサマが眠ってるうちに、処女を頂いちまうってのも良かったかもなぁ」
「てめえ…」
 ごおっと今にも焼き尽くされそうな眼光の熱さに、どくどくと心臓が激しい鼓動を刻む。
 これだぁ、オレはこれを待っていたんだ。
 身体に溜まった熱を吐き出すように、スクアーロは吐息交じりに男の名を口に呼んだ。
「……なぁ、ザンザス」
「………」
「おまえに、キスしてぇ」
「…死ね」
 ザンザスの返事に一瞬の間が空いたのは、スクアーロの微妙な心情を感じ取ったからだろうか。
 いや、この男にそんな繊細さがあるとは思えない。
 なんだか不意におかしくなって、スクアーロは笑いを誤魔化すためにペロリと舌を出して唇を舐めた。
「んじゃキスの代わりに口でしてやろうかぁ」
 ザンザスの片眉が一瞬ほんの僅かに上がる。スクアーロの突然の言葉にさすがのこの男も少し驚いたらしい。
 珍しい顔が見られて満足すると、スクアーロはぎしりとパイプ椅子を鳴らして立ち上がった。自分とザンザスを遮る分厚いカーテンに手を掛ける。
「ほお、本気か」
 病室の中にも監視カメラがあることはザンザスも気付いているのだろう。他人の目があるところでスクアーロにそんなこと出来るわけがないとでも思っているのか、口調がからかうようなものに変わっている。
 スクアーロとて最初は軽い冗談のつもりだったが、こうなると勝負好きの対抗心がメラメラと燃え上がってくる。
「おぉ!瀕死のお前に勃起する体力が残ってるならなぁ!」
「ハッ、いい度胸だ!やってみやがれ、ドカスが!」
 売り言葉に買い言葉で、スクアーロはばさりと無菌室のカーテンを跳ね除けた。
 もしかしたら監視員が飛び込んでくるかもしれないと一瞬思ったが、特に足音も聞こえないので問題ないのだろうと自分に都合よく解釈する。
 数日振りに間近で見たザンザスは、全身に巻かれた包帯の白みが更に増して見えてスクアーロを苛立たせた。
 中でも一番強い感情は、自分自身への怒り、だろうか。
「オレは何もしねぇぞ」
 ベッドに横たわったままのザンザスが、引くに引けなくなったスクアーロを嘲笑うように言う。
「るせぇ!お前は黙っておっ勃ててろ!」
 しないのではない。出来ないのだと不意に脳裏をかすめた言葉は死んでも口にしない。どうせこんな手錠などでこの男を阻むことなど出来はしないのだから。
 思い切って薄手の布団を下からめくり上げ、スクアーロはザンザスの脚の間に顔を埋めた。
 蹲るように身体を丸めるとまだ治りきっていない全身の傷が悲鳴を上げたが、意識して五感の外へと追い出す。
 布の合わせ目から指を差し入れて、スクアーロは奥で眠るザンザスの男を手繰った。
「…っ」
 ようやく触れた独特の皮膚の感触に、思わず身体が竦んで一瞬手を離しそうになる。
 だが、ここで引き下がったら一生死ぬまでヘタレザメだと馬鹿にされ続けるのは間違いない。この男は使えると思ったものは何でも使う。
 痛む身体を更に屈めて、スクアーロは男のモノを捧げ持ちそっと舌を伸ばした。
「ん……」
 まだ柔らかな表面を辿って、亀頭を包むように含んでいく。敏感な先端の孔を舌先でつつくと、手の中でザンザス自身がぴくりと反応した。
「はっ、ふっ…ぁ」
 右手で茎を擦り上げるようにしながら、義手も余すことなく下の袋に添えてぎこちなく揉み込む。
 ゆるゆると勃ち上がって咥えやすくなったそれを、スクアーロは歯を立てないよう慎重に呑み込んで行った。喉に当たるくらい最奥まで含んでも、男のモノは長大過ぎて根元まで届かない。
 呑み切れない場所は念入りに指を使い、時々横咥えにして万遍なく舌を這わせた。
「ふっ……く、んっ…はぁ…っ」
 苦しさに息を喘がせながら、じゅぶじゅぶと顔を上下させ丸めた唇で男を扱く。舌先で擽るように先端の孔をつついたり、ざらりとした表面で裏筋を擦り上げるようにしていると、口の中にじわりと覚えのある苦味が溢れてきた。
「…んふっ、はっ、んぅっ…」
 妙に勝ち誇ったような気分でますます動きを早めてやると、突然ぐいっと前髪を掴まれて顔を上げさせられた。
「は、ふっ……なんだぁ?」
 美味しい飴を取り上げられた子供のように、スクアーロが不満げな声を洩らす。
「ハッ、なんて顔してやがる、淫乱サメ」
「あ゛ぁ?」
 淫らな熱に潤んだ瞳で睨みつけられても、迫力の欠片もない。
 それをわざわざ本人に言ってやるのも面倒で、ザンザスは掴んだ銀髪を押しやるようにしてぴしゃりとスクアーロに命じた。
「そっち向いてケツだけ寄越せ」
「あ?…はぁ゛っ!?」
 一瞬きょとんと呆けたスクアーロが、すぐに意味を理解してカッと顔を赤くする。
「冗談じゃねぇぞぉ!」
 ザンザスを咥える頭はそのままに、下半身だけ男の眼前に晒せというのか。この恥知らずのクソボスが。
 大体いつも弄るのは男にとって用のある後孔だけで、前で震えるモノなんて気紛れに手で扱くくらいしかしないくせに。この男がスクアーロのモノを口で咥えるなんて真似、今までに一度だってしたことがあっただろうか。


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