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novel
漆黒の闇を従えろ


 闇が降る。漆黒が身体を包んでいく。
 さあ、宴の始まりだ。

「う゛おぉぉい!そろそろ時間だぜぇ、ボスさんよぉ!」
 ドカドカと足音高く部屋を突っ切り、スクアーロは寝室の扉を乱暴にこじ開けた。時間になっても姿を見せないところを見ると、どうせまだベッドで眠っているのだろう。
「う゛ぉ!」
 一瞬目の前が闇に包まれ、視界が奪われる。
 ぱちぱちと数度瞬きを繰り返すと、奥からのっそりと何かが起き上がる気配がした。
 ベルやフランより背の低いそれは、しかし身に馴染んだ主と同じ存在感を持ってスクアーロへとゆっくり近付いてくる。
「よぉ、ベスター。お前もいたのか」
 ひょいと腰を屈めて、スクアーロは巨大な獅子のたてがみをわしゃわしゃと掻き混ぜてやった。ひとたび敵へ向けられれば猛る咆哮だけで全てを破壊するライガーが、ぐるると喉を鳴らしてスクアーロの膝に首を擦り付ける。
「お前のご主人様はどこだぁ。そろそろ作戦開始の時間だからな、いい加減起きやがれって言いに来たんだが」
 レヴィが聞いたら憤死しそうな不遜さで、スクアーロがベスターに話しかける。しかしどこまでも優美な獅子は、主を侮辱する生意気な鮫を面白そうに見上げただけで牙を剥こうとはしなかった。
 くるりと背中を向け、付いて来いと言わんばかりに首を動かす。
「匣兵器のくせにその尊大な態度。いったい誰に似たんだぁ」
 思わず苦笑してベスターの後について行くと、玉座に諸悪の根源が座っていた。
 肘で頭を支えたまま眠るザンザスの足元に、ベスターが静かに座って身を丸める。
 スクアーロを案内はしたが、自分で主人を起こす気はないらしい。主の眠りを妨げぬよう呼吸さえ鎮めるベスターの姿に、スクアーロは何故か嫉妬にさえ似た感情を覚えた。
 が、こちらはザンザスにそんな気を遣ってやるつもりはさらさらない。
「う゛お゛ぉぉぉい!起きろぉおおおお!!」
 わざと耳元に近付き、ありったけの大声で怒鳴ってやる。ザンザスとてスクアーロが部屋に入ってきた時点でどうせ目は覚めているだろうから、これは嫌がらせ以外の何物でもなかった。
「うるせぇっ」
 案の定、即行で目を開いたザンザスが傍らに用意されていたグラスを引っ掴んで間髪入れずスクアーロの頭に叩きつける。
「ぐあっ!」
 薫り高いウイスキーが鼻腔に入って、つんとした刺激に涙が滲んだ。しかしこれもいつものことなので、条件反射的にう゛お゛ぉい!と叫び返して滴り落ちるウイスキーを舌先で舐め、ニヤリと笑ってやった。
「起きたか、ボスさんよぉ」
「うるせぇんだよ、カスが」
 ふわあと欠伸をしたザンザスが、めんどくさそうに視線だけ上げてスクアーロを見る。
「何の用だ」
「何の用じゃねぇだろうがぁ!そろそろ作戦開始の時間だ!」
「オレが出なきゃなんねぇのか?あ゛?」
「それとこれとは話が別だぁ!」
 言われずとも、今回の作戦においてさえザンザスの手を煩わせるつもりは毛頭なかった。だが、相手はあのミルフィオーレファミリーだ。どんな予測もしない手を使って来るか分からない。
 不意に、先日顔を合わせたボンゴレ晴のリングの守護者との会話が思い出された。

* * * * * * *

「よし、作戦会議はこれで終了だなっ!」
 ごちゃごちゃとミミズが這いずり回ったような字でメモを取っていた了平が満足げに言った。
「ならてめえはとっとと帰って、ガキどものお守でもしてやれ」
 対ミルフィオーレファミリー・イタリア総力戦。その開始が数日後に迫っている。
 イタリアボンゴレ側の作戦隊長であるスクアーロは、からかうように言って広げていた資料をまとめた。本来ならここにいるべきはずの我らが暗殺部隊ヴァリアーのボスは、面倒なことを全部スクアーロに押し付けてきっと今頃昼寝をしているはずだ。
「そんな言い方するなよ。あいつらだってちゃんと頑張ってるんだぞ!」
 ぷんすかと怒り出す了平の単純さは、どれほど身体が成長しても変わらない。だが、これから実際ミルフィオーレと戦うであろう連中の懐かしい面構えを思い返して、スクアーロはふんと笑った。
「この作戦が終わった後に、何人の首の皮が繋がってるか見ものだぜぇ」
「だからこうしてオレたちがお前たちと共同戦線を張ろうとしているのではないか」
「う゛お゛ぉい!」
 勘違いするな、とスクアーロは声を荒げた。
「オレたちヴァリアーは9代目直轄の部隊だ。お前たちと馴れ合う気はねぇ」
「それはもちろん分かっているが、だがな」
 一旦言葉を切って、了平が何故か嬉しそうに笑う。
「お前たちのような男がボンゴレにいて心強いと、沢田ならきっとそう言うと思うぞ!」
 その純粋な笑顔に、一瞬反応が遅れた。呆れるような面白いような笑いが込み上げてきて、結局苦笑に変えて吐き出す。
「刀小僧もそうだが…相変わらず甘ぇな、お前たちは」
「ま、そうかも知れんな!」
 高らかに笑った了平が小さく畳んだメモを大事そうに懐に入れて立ち上がった。
「じゃあこっちのことは頼んだぞ、おまえたち!」

* * * * * * *

 ククッと薄気味悪い笑みを浮かべるスクアーロを、ザンザスは鬱陶しげに払いのけた。わざわざご丁寧に、拳に憤怒の炎まで宿して。
「う゛お゛ぉい!あぶねぇだろうがぁ!」
「文句あんのか」
 吐き捨てたザンザスが、のっそりと立ち上がる。主の意思を察したようにベスターも身を起こし、先導するように数歩先へ歩いてから命令を待つように立ち止まった。
 百獣の王を従え、最強の王が全てを支配する。
 その身に纏うのは何よりも強く美しい怒りの炎。
 ぞくぞくするような感覚を覚えて、スクアーロは部屋を出て行こうとするザンザスの背中を見送った。
 しかし、男の背中が途中で歩みを止める。
「なにしてやがる、ドカス」
「…あ゛ぁ?」
 咎められた意味が分からず間の抜けた声を出すと、こちらを振り向きもしないまま男が言った。
「てめーに離れることを許可した覚えはねぇ」
 はっとして、スクアーロは眼前に堂々とそびえる逞しい背中を見つめた。
 血が沸き立つような興奮に、ニヤリと不敵な笑いが浮かぶ。
「当然だぁ。オレはどこまでもお前についてくぜぇ!」
 無敵の獅子が先頭に立って敵を切り裂くと言うのなら、背後から迫る敵は鮫の牙で跡形も無く噛み殺してやろう。
 お前の歩む道を阻む者があるのなら、その血潮と屍で祀ってやろう。
「行くぜぇ、ボス!」
 カッと靴音高く踏み鳴らし、スクアーロは誰もいない暗闇に噛み裂くような一閃を振り下ろした。


 眠れる獅子が目覚める。
 漆黒の闇さえひれ伏して、導なき道に足跡を刻む。
 さあ、お前の宴の始まりだ。


Fine.

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