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novel
枯色の雨を待て1


 止まない雨を眺めていると、それだけでうんざりする。
 濡れたガラスがひんやりした冷気を伝えてきて、そろそろ雪でも降ろうかという今の季節にはあまり喜ばしくない。
「あ゛ー…クソつまんねぇぇ…」
 窓際のソファに座ってだらりと脚を投げ出し、スクアーロは仰向いたままごんっごんっと頭をガラスにぶつけて唸った。
「ちょっとスクアーロ、鬱陶しいからやめてくれる、それ」
 眉をひそめて咎めたのは次の任務の資料に目を通していたルッスーリアだ。
 不満げにちょこんと突き出された唇が何となく腹立たしい。じろりとねめつけもう一度ごんっと頭をぶつけると、さっきより大きな声で「あ゛ー!」と唸ってやった。
 やれやれと溜息をついてルッスーリアが言う。
「まったく子供じゃないんだから。それ以上頭が悪くなったらどうするの」
「んだとぉ…!」
 悪口にだけは即座に反応し、スクアーロはがばりと身を起こした。その足元へふわりと小さな影が通りかかる。
「珍しいじゃないかスクアーロ。こんなところで暇を持て余してるなんて」
 ちょうど部屋へ入ってきたマーモンが天然記念物でも見るような目でスクアーロを見上げてきた。
「いつも適当な理由をつけては金にもならない獲物を狩りに行ってるくせに」
 世の中は金が全てと豪語する赤ん坊にとっては、剣の勝負だなんだと任務以外の狩りに精を出すスクアーロの考えが理解できないらしい。続いて現れたベルフェゴールがニヤリと口端を上げてこちらを見た。
「うししし、王子知ってる。昨日のあれでボスにこっぴどく叱られたんだよな」
「昨日?何かあったのかい?」
「ああ、マモちゃんは昨日任務でいなかったのよね。実はこのお馬鹿さんが…」
「オレは馬鹿じゃねぇっ!」
 ぐわっと牙をむき出しにしたスクアーロをさらりと無視して、ルッスーリアは昨日の出来事をマーモンに話して聞かせた。
「この単純お馬鹿がちょっと派手にやり過ぎちゃってねぇ」
 昨日のスクアーロのターゲットは近頃勢力を伸ばしてきていた新鋭ファミリーのボスだった。
 第三世界への銃の密売や違法麻薬の裏取引、薄汚い手を使って古参マフィアの縄張りを荒らすことで有名で、その悪名は以前からボンゴレ上層部の耳にも届いていたらしい。これ以上のさばらせて置くのは危険と判断され、先日ついにヴァリアーに暗殺命令が下った。
 ファミリーの構成人数やアジトの規模から指令を受けたのはスクアーロただ一人。勿論暗殺は滞りなく遂行され、ボスを失った新鋭ファミリーはボンゴレの手によって解体、消滅するはずだった。
 しかしスクアーロの持ち帰った報告は、『敵アジト殲滅、生存者ゼロ』という二言のみ。
「スクアーロったら、侵入から脱出まで完璧に用意されたシュミレーションをぜーんぶ無視して、正面から堂々と突っ込んでったのよ。お陰で向かってきたファミリーは皆殺し、倒れた燭台から火がカーテンに燃え移っちゃってアジトは全焼」
「アンサツって言葉の意味知らないんじゃないの?しししっ」
「う゛お゛ぉい!どうせ最後には全部ぶっ潰すつもりだったんだから別にいいじゃねぇか!」
「そういう問題じゃないでしょ。ウチは暗殺部隊なの。特攻隊じゃないのよっ!」
「まったくだね…」
 話の途中から呆れて物も言えなくなったマーモンがちらりとスクアーロを見る。
「血の気が多いのも程ほどにしなよ、スクアーロ。そんなことしたって任務の報酬が増えるわけじゃないんだし」
「というかむしろ減ってるわよね。責任取れって五月蝿い連中にせっつかれて、ご機嫌斜めなボスにぜーんぶの任務から外されちゃったんだから。実質、謹慎処分ってとこかしら」
「まだ命があるだけマシなんじゃね。昨日のボス、かなり怒ってたしー」
 かっきーかったと楽しげに語るベルフェゴールに、憤怒の炎を燃やしたザンザスの形相を思い出してスクアーロは言葉につまった。
 吹っ飛ばされるくらい殴られたり手近な物をあれこれ投げ付けられたりするのは日常茶飯事だが、昨日のザンザスの怒りはそんなものの比ではなかったのだ。
 ヴァリアーは9代目直属の独立暗殺部隊であるはずなのに、五月蝿い連中から横槍を入れられたのが余程お気に召さなかったらしい。
「もうちょっと頭を使って行動しなよねスクアーロ。僕たちはこんなつまらないことで躓いている場合じゃないんだから」
 話しを聞き終えたマーモンが、不意に声のトーンを落としてひそりと言う。万が一にも盗聴器の可能性を考慮したのだろう。
 その言葉が何を意味するかなどと考える必要もない。自分はそれを叶えるためにあの男について行くと誓ったのだから。
「けど、今日みたいな雨の日にこんなところでうじうじされるのも迷惑だし、なんなら僕の任務いくつか回してあげようか」
「なにぃっ!ほんとか!」
「あらいいの?マモちゃん」
 金づるをみすみす逃すような真似をするマーモンに、ルッスーリアが驚いたような声を上げる。
「構わないさ。レヴィが別の任務で出てるせいで、大した金にもならない雑用ばかり回ってきてね、いい加減飽き飽きしてたところなんだ。その程度の任務なら騒ぎを起こそうったって高が知れてるだろうし」
「わっかんないぜ。馬鹿は何するか分かんないから馬鹿っていうんだしな」
「う゛お゛ぉい!いい度胸だクソガキ!そのカスの象徴みてぇなダセェ冠、いますぐたたっ斬ってやるぜ!」
「出来るわけないじゃん。だってオレ王子だもん」
「はいはいはいあなたたち、そのくらいにしときなさいよ」
 パンパンと遮るように手を叩いてルッスーリアが二人の間に割って入る。
「けどスク、マモちゃんの任務を回して貰うにしてもボスの許可がないとあなたは外に出られないのよ?」
「もちろんそれが前提条件さ。僕だって自らあのボスの怒りを買うような真似したくないからね」
「わかってるぜぇ!許可さえもらってくりゃあいいんだな!」
 そんなの簡単だとでも言うように頷いて、スクアーロは行ってくるぜぇ!と声を上げて勢いよく飛び出していった。
「まるで水を得た魚…いや、鮫だね」
「ほんとに大丈夫なのかしら、あんな調子で」
「うししし、絶対無理な方に5万てーん」


 ドカッと扉を蹴り開けて視線を巡らせ、スクアーロは中にいるはずの人物を探した。
「う゛お゛ぉい!外に出る許可を貰いに来たぜぇ!」
 目当ての人物は頭の下で腕を組み、暖炉前のロングソファで居眠りをしていたらしい。うっすらと開いた瞼の隙間からギロリと眼球だけ動かして、黙れ、と命令する。
 それには気付かぬフリを決め込んで、スクアーロはソファの背面から覗き込むようにザンザスを見下ろした。
「別に構わねぇだろ、ちょっと外に出てくるだけだ」
 その視線が気に入らないと言わんばかりに眉をひそめ、ザンザスがさらに眼光を鋭くする。
「…オレはてめーに動くなと命じたはずだ」
「だからこうしてわざわざボスさんの許可を貰いに来たんじゃねぇか。なっ、良いだろ」
「このオレに同じことをもう一度言わせる気か」
 地獄の底から響くような声で素気無くあしらわれても、スクアーロは「う゛お゛ぉい!」とめげずに食い下がった。


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