novel 葡萄色の欠片を喰らえ1 騒ぎの始まりは夕食の席で顔を合わせたベルのチャチャ入れだった。 ポンポンととうもろこしが弾けるみたいに次から次へと溢れ出す子供っぽい悪態に、スクアーロが一々反応して噛み付き返す。 いつもなら、もうそろそろといったところでルッスーリアが止めに入るのだが、今日は任務で本部にいなかった。レヴィはさっきから姿が見えないから、雷撃隊の連中とどこかで訓練でもしているのだろう。 「う゛お゛ぉい!そこを動くんじゃねぇ!3秒で片をつけてやる!」 「うししし、じゃあ王子、1秒であんたの息の根止めてやるから」 「ぬかしやがったなこのガキがぁああ゛!」 カッと目を見開いたスクアーロは手近にあったナイフをベルフェゴールに投げ付けた。 「そんなの当たるわけないじゃん、バーカ。ナイフは王子の専売特許だし」 ひょいと軽々かわしたベルフェゴールが、自慢の特注ナイフを出して手の中で弄ぶ。 「なあ、どこを短くして欲しい?」 「やれるもんならやってみろぉおお!」 生憎スクアーロの剣はさっきまで座っていた椅子の側に立てかけてある。今からそこに駆け戻り義手に装着して戦うなんて余裕を与えるほど、ヴァリアーきっての天才は甘くなかった。 さり気なくスクアーロの退路にナイフを投げ、剣に近づけさせまいとする。 「チッ」 ベルフェゴールには聞こえないよう小さく舌打ちして、スクアーロは目に付いたワイングラスを手に取った。 薄く繊細な造りのそれは触れただけで一級品と分かったが、今そんなことはどうでもいい。 「いい加減にしやがれクソガキがぁ!」 ぶんっと放り投げると、芳しい香りの赤い液体を振りまきながらグラスが一直線にベルフェゴールの頭へと飛んでいく。 「だから当たんないって、学習しなよスクアーロ」 あっさり避けられたそれは、ちょうど入り口のドアに当たって粉々に砕け散る…はずだった。 その瞬間、有り得ないタイミングでカチャリとドアが開いた。 「あ」 「げっ」 どす黒い気配をまとった男の正体を、誰かと問う必要があるだろうか。 一気に流れ込んできた凄絶な威圧感を肌で感じ取り、スクアーロとベルフェゴールの声が重なった。 パリン。 その場にそぐわぬ甲高い音がして、パラパラとガラスの破片が磨き上げられた大理石の上に落ちる。 「ざ、ザンザス…」 先に引きつった声を出したのはスクアーロだ。恐る恐る視線を上にずらすと、胸元の辺りで掲げられたザンザスの右手が赤い液体にまみれている。 どうやら気の毒な高級ワイングラスは、ぶつかる寸前で男の手に払い落とされたらしい。 「やっべー…かも?」 ポソリと呟く声が聞こえて、ザンザスの視線がジロリとベルフェゴールに向けられる。 凄まじいオーラに、あのベルフェゴールもびくりと身体を跳ねさせて引きつった笑みを浮かべていた。 「どっちだ」 このグラスを投げたのは。 たったそれだけの一言でスクアーロの背筋が凍えた。 「王子違うから。ほら、位置的に有り得ないし」 どこか焦って聞こえるベルフェゴールの言葉に間違いはない。 そうだ、間違いなく、あのグラスを投げたのは、スクアーロなのだから。 ザンザスの視線が、部屋の中へと向けられる。 「てめえか」 「っ!」 地獄の底から響くような声に、ぞわっと全身の毛穴から汗が吹き出した。 「…あ、王子ちょっと用事思い出しちゃった」 ここは早々に退散が吉と読んだベルフェゴールが、一歩部屋に踏み出したザンザスの後ろからそそくさと逃げ出そうとしている。 「う゛お゛ぉい!待てクソが…き…」 反射的に上げた叫び声を、ごおっと燃え上がった憤怒の炎が遮った。 「てめーはここでかっ消す」 「ちょ、待てってザ…ボス!」 左手に灯された鮮やかな色の炎がじわじわとスクアーロに迫る。 もつれそうになる足で後ずさりしながら、無い知恵をふり絞ってこの場をどう切り抜けるか考える。が、どうシュミレートしてみても、焼け焦げて転がる自分の死体を拝む結末は免れそうになかった。 「お、わっ!」 ほんの数歩下がったところで、立派なダイニングテーブルに太腿がぶつかる。 炎の熱さをまとった空気が顔を撫でて、汗と冷や汗が交互に流れた。 「……わ、…」 あと一歩近付かれたら、本気で焼き殺される。 「……悪かった…」 「遅え」 「お゛わぁあああっ!」 [*前へ][次へ#] [戻る] |