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novel
消炭色の棺で眠れ


 要人暗殺に1日、中小マフィアの殲滅任務に2日、準備と事後処理と部下の尻拭いに2日。計5日間文字通り不眠不休で働き続けたスクアーロは、本部に帰還するなり談話室のソファに倒れ込んだ。
「う゛お゛ぉい…死ぬほど眠ぃぜぇ…」
 途端、これまで忘れていた眠気が急激に襲ってくる。ずぶずぶと沈み込むような疲労感に逆らわず、ほっといても落ちる瞼の好きにさせる。
 本部に帰還したらボスへの報告が最優先事項だが、ここまで鈍った頭ではマトモな報告書など書ける気がしない。それどころか執務室まで無事辿り着けるかどうかも怪しい。
 ここで寝ていればいずれ通り掛かった誰かが起こしてくれるだろうと、スクアーロはソファに突っ伏したまま泥沼のような睡魔に身を委ねた。



 目が覚めたのは、虫の羽ばたきよりも微かな物音が暗殺者としての本能を刺激したからだろう。瞼を開くのが早いか全身の筋肉を張り詰めさせたスクアーロは、鍛え上げた腹筋の力だけで弾かれたたばねのように勢いよく身を起こした。
 眼前に迫る気配を押し退けざまに互いの体勢を入れ替え、地面に組み敷いた相手の喉元に剣を突きつけた。…つもりだったが、装備されているはずの左手は何故か空だった。
「チィッ!」
 鋭く舌打ちし、すかさず打撃の態勢へと移りかけたところで、スクアーロはようやくそこが戦場でも敵地でもないことに気が付いた。
 目の端に赤々と燃えさかる暖炉の炎が映り、自身が乗り上げていた逞しい体躯に見慣れた火傷の痕を見つける。隆起した筋肉を首から上へと辿ったところで血色よりも濃い紅瞳と目が合い、引き攣れた男の唇が恐ろしげに歪んだ。
「よほど死にてぇらしいな、ドカス」
「おあ゛ぁ゛ぁっ!?ボ、ボスっ!?」
 ざっと全身から血の気が引く音を、スクアーロは薄れかける意識の中で本当に聞いた。だが、いっそこのまま気を失ってしまおうかと思う逃げ許すほど、ザンザスは甘くも優しくも慈悲もない。
 視界が翳ったと思った次の瞬間には天地がひっくり返り、スクアーロは床の上で仰向けに伸びていた。
 どうやら顔面を引っ掴まれてソファから叩き落されたらしいと、ぐわんぐわん揺れる脳味噌の片隅でようやく理解する。反射的に身を起こそうとすると、すかさず頭上から降ってきた脚が容赦なくスクアーロの喉を踏み潰した。
「っぐ!」
「選べ。じわじわ窒息するのと一瞬で首の骨を折られるのとどっちがいい」
「く、は…っ、どっちもごめん、だぜぇ…っ!」
 ぎりぎりと狭められた気管から息を絞り出し、男の足を引っ掻くように服越しに爪を立てる。
 度重なる疲労と酸欠のせいか、いつもより限界は早く訪れた。うっかり霞みそうになる意識をなんとか繋ぎ止めながら、呆けたように天井を見上げる。
 そういえば帰ってきたんだった、とスクアーロはぼんやり思った。
 鼻腔に馴染んだトワレの微香、じりじりと肌を焦がす憤怒の波動。じわじわと気管を狭められる苦痛さえ慣れたものだ。
 逆光で表情はよく見えなかったが、圧し掛かるように覆い被さる見慣れたシルエットが喜々として自分をいたぶっているのが分かる。
 腹が立つより先に、なにやら奇妙な安心感と可笑しさが込み上げてきて、気が付くとスクアーロはほろりと笑みを零していた。
「ボス…、ザンザ、ス」
「…なんだ」
「……ただいま、だぁ…」
 そこでスクアーロの意識はぷつりと途切れた。



 吸い込まれるような深い意識の奥底で、なにかゆらゆらと揺れる夢を見たような気がする。空中に投げ出された身体が酷く不安定なのに、不思議と安らかな心地に包まれる、奇妙な夢だ。
 その温もりを手放したくない、このままずっと包まれていたいと猫のように身を丸め小さく喉を鳴らせば、何故か唐突に柔かな感触の上に放り出される、最後はそんな理不尽な夢だった。



「う゛お゛ぉい!よく寝たぜぇ!」
 思わず声を上げてしまう程、気持ちのいい目覚めだった。すっきりした頭で大きく伸びをすると、馴染んだ自室の光景が目に飛び込んでくる。
 あれ、と思ったのは一瞬のことで、ぱちぱちと瞬きをする度に昨日の出来事が虚ろに蘇ってきた。ザコ部下どものヘマに無駄な労力を費やし、ようやく任務を終えて城へと帰還、眠気に耐えられず談話室のソファに倒れ込んだ…ところまでは覚えているが、それ以降の記憶が曖昧だ。自分はいつ部屋に戻ってきたのだろう。
「ボスに会った…っつーか殺されかけたような気がしたが、ありゃあ夢か?」
 ベッドの上であぐらをかき、腕を組んで首を捻ってみても、どうにもよく思い出せない。
 歩いて部屋へ辿り着いた覚えはないから、死体と見紛うばかりに熟睡した自分を誰かが部屋まで運んでくれたのは確かだろうが。
 もっとも、発見者がベルならまず確実に命を狙われているだろうし、新入りのフランなら無関心、レヴィならそのまま放置されている。幹部の中でこんな気を利かせてくれるのはルッスーリアくらいのものだ。
 そう思って肩を竦めたところで、携帯の着信音が鳴った。発信者はルッスーリアだ。
「ハァイ、スクアーロ。起きてる?」
「おう、ルッスか!昨日は悪かったなぁ」
「んもうホントよ!せっかく準備して待ってたのに、スクアーロったら全然帰ってこないんだもの!」
「?」
 準備という言葉が引っ掛かったが、気にせず話を続ける。
「ったく、使えねぇカスどものせいで余計な手間が掛かっちまった」
「そうみたいね。部下の子たちから聞いたわ」
 あなたも大変だったわね、とルッスーリアが苦笑する。
「1日遅れちゃったけど準備は整ってるから、顔を洗ったら広間へいらっしゃいな」
「?さっきもそんなこと言ってたなぁ。いったいなんの話だぁ?」
「何って、あなたの誕生日パーティーじゃない!お祝いするから早めに帰ってきてって言っておいたでしょ!」
「あ゛ー…」
 そういえば、出掛ける前にそんなことを言われたような気がする。
 正直、自分の誕生日自体すっかりさっぱり忘れていたが、口に出したら後で顔を合わせたときに何を言われるか分かったものじゃない、とここは素直に謝っておく。
「そいつは悪かったな。つーかさっき起こしてくれりゃ良かったじゃねぇか」
「さっき?っていつのこと?」
 スクアーロの言葉に、今度はルッスーリアが電話口で首を捻る番だった。
「オレを談話室から部屋まで運んでくれたのお前だろぉ?」
「なんのこと?知らないわよ私」
「へ?じゃあまさかベルかぁ?」
「ベルちゃんも他のみんなも、昨日は主役のいないパーティーでぐでんぐでんに酔い潰れちゃってたけど」
「え?」
 レヴィなんて全裸にされて広間の入口にまだ逆さに吊るされてるわよ、と行きたくなくなるような情報を付け加え、早くいらっしゃいねと念を押して電話は切れた。
「どういうことだぁ?」
 沈黙した携帯電話を枕元に放り捨て、スクアーロは唸った。
 そもそもいくら疲れていたとはいえ、無防備な状態の自分がおいそれと他人の接近を許すはずがないのだ。だから多少なりとも気配を殺すことの出来る幹部の誰かかと思ったのだが…。
 じゃあ、他に誰がいる?
 一瞬、極悪非道で冷酷無比な対の紅瞳が脳裏をよぎった。
「う゛お゛ぉぉい!そいつは有り得ねぇだろぉ!」
 高々と笑い飛ばす自身の声が何故か虚しく響く。
「…いやいやいやいや。まさか、それは、ねぇだろ…」
 だってあれは夢だったはず、と喉元に手をやれば、微かな痛みがちりっと肌をくすぐった。
「………え?」
 つっと、背中を冷たいものが流れていく。
「…………………えっ?」


 それは不思議な夢だった。
 ゆらゆらと不安定で心もとなく、最後は唐突に放り出されるような。
 酷く理不尽で、とても温かな夢。


Fine.


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