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novel
anima/ただのボスカス


「ではボス、私はこれで。あとでズコットを作るからスクアーロに持たせるわね」
 処理を終えた書類の束を両腕で抱え、ルッスーリアが席を立つ。次から次へと舞い込む事務処理にいい加減うんざりしていたザンザスは、ルッスーリアの不可解なセリフにも無視を決め込み、さっさと消えろと言わんばかりに片手を振った。
 執務椅子にどさりと背を預け、疲労からくる軽い頭痛に目を閉じて額を押さえる。小さく笑むようなルッスーリアの気配が離れて行くと、おざなりなノックと同時に突然ドアが無遠慮に開いた。泣く子も黙るヴァリアーボスの執務室にそんな態度で入ってくるのは一人だけだ。
 不敬な闖入者と入口で鉢合わせたらしいルッスーリアが二三言葉を交わす声が聞こえてくる。
「ならそっちの件は任せちゃっていいのね?」
「おう、内々に処理しとく。あとは誓約書だ。この間入った新人にサインさせとけぇ」
「了解」
 じゃあね、としなを作ってルッスーリアが部屋を出て行く。入れ替わりで近付いてくる鬱陶しさにピリピリと産毛を逆立たせながら、ザンザスは眉を顰め薄く目を開けた。
「誓約書…?」
 思わず漏れた疑問符を耳敏く聞き付けたスクアーロが、あ゛?と首を捻ってこちらを覗き込んでくる。
「ああ、新人が来たら毎回書かせてるだろ?今後そいつがいつどこでくたばっても、ヴァリアーとボンゴレは一切関知しねぇってやつだ」
「…ほう」
「オレも昔サインした記憶が…って、そういやお前には関係ねぇのか」
 そこまで言ってようやく気付いたのか、軽く目を見開き数回瞬きしてから、スクアーロは納得したように頷いた。
「死んで墓も建てられないオレらとは違って、お前には立場ってもんがあるからなぁ」
 その実情はともかく、ボンゴレの内外に於けるザンザスの立場は未だ9代目の息子という扱いであった。暗殺部隊の長といえど、スクアーロを始めとした幹部以下のザコ共とは身分も立場も背負っている物も違う。
「お前が死んだら墓はどうすんだろうなぁ。やっぱボンゴレ本部の敷地内に建てんのか?」
「そんなことオレが知るか。死んだ後のことなどどうだっていい」
「う゛お゛ぉい!ならオレが今のうちに碑文でも考えてやろうかぁ!?」
 何が面白いのかゲラゲラと耳障りな声を上げてスクアーロが笑い出す。
「ドカスが!墓ならてめーのが先だろうが!」
「オレかぁ?オレぁ墓なんざいらねぇ。死んで空っぽになっちまった肉体なんかに未練はねぇからな」
 陰の世界に身を置き、幾多の死を目の当たりにしてきた男は、自身の死さえも鼻先で笑い飛ばす。
「その代わり、魂だけはどこまでもお前について行くぜぇ!」
 さも当然のことのように先に訪れる自らの死を宣告して、スクアーロはニヤリと口端を吊り上げた。
「お前がくたばる瞬間まで、離れねぇ」
 感情の見えない紅瞳でスクアーロの顔を一撫でし、ザンザスは顔を顰めた。
「うぜぇ」
 包み隠さぬ本音にぶはっと噴き出したスクアーロはどこか嬉しそうにさえ見える表情で笑っていた。
「だろうなぁ!どうせ目には見えねぇから安心しろぉ」
 死してなお役にも立たぬ分際で、ただついて行くと変わらずにそれは言う。
 肌を溶かす陽射しの温もりに、ほつれた前髪に遊ぶ薫風に、この苛立ちをもたらされる日が来るとでもいうのだろうか。
 なんという不幸、なんという悲運。
「笑ってんじゃねぇ!カスが!」
 込み上げる不快さにぐっと眉根を寄せ、ザンザスは銀色の死神を容赦なく殴り飛ばした。


Fine.



括目すべきは気持ち悪いストーカー鮫ではなく、鮫が死んでもその存在をうざいと感じてしまえるボスの方。


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