novel foglia morta/酷い鮫と気の毒なボス 運転席のドアを開けた途端、肌を切るような寒風が喉元を撫でスクアーロはひゅっと首を縮めた。 「さっみ゛いな゛ぁ!」 寒さを振り払うようにぶるりと身震いしながら声を張り上げる。詰めた隊服の襟元を握り締めて小走りに後部座席の方へ回り込むと、人一倍短気な男はそれを待たずしてさっさと車を降りてしまっていた。ドア一つ開けるのだっていつもは部下にやらせるくせに、珍しいこともあったものだ。 「…なんだ」 感心したように目を丸くするスクアーロの表情をどう読んだのか、ザンザスがぎろりと険悪な眼差しで睨み付けてくる。それに「別に」と肩を竦め、スクアーロは先に立って歩き出した。 「とっとと片付けちまおうぜぇ、こんな任務」 何も好きこのんでこんな晩秋の深夜に男と二人車を飛ばしてきたわけではない。ヴァリアーのトップとナンバーツーが揃うからには、この先にはそれなりに危険な任務が待っているということだ。 「Sランク5人程度でうちのボスをご指名とは、上層部もヘタレたもんだなぁ」 「フン、今に始まったことか」 「5、0でいいだろ?お前は車で待ってろぉ」 「3、2だ」 「なんだぁ?運動不足か?」 「寒い」 「八つ当たりか」 まるでちょっとそこまで散歩にでも行くように軽い足取りで進むスクアーロの背中を、時折吹く強い風が押しては過ぎていく。地面に降り積もった落ち葉が頼りなげに散らされてはまた折り重なる。 「うお゛っ!」 不意に、ごうっと鳴るように吹いた突風が、かさかさと土の上を転がっていた落ち葉を高く吹き上げた。スクアーロの後ろに長く伸びた銀糸が風の悪戯に巻き込まれて空を舞う。 「すげぇ風だったなぁ」 思わずつぶっていたらしい目を開けると、スクアーロは顔の前に垂れ下がった髪を無造作に指先で摘み上げた。見るも無残にざんばらだった銀色は、片手で数度掻き上げただけでさらりと元に戻ってしまう。大した感慨もなく髪を直したスクアーロは、さてと再び歩き出そうとした。 「っで!」 途端、ぐんと強い衝撃が首に掛かり、頭皮の一部に凄まじい痛みが走る。髪を引っ張られたのだと気付くより早く、スクアーロは振り返りざまに叫んでいた。 「にしやがる!」 そのすぐ後ろでスクアーロの髪を一房しっかと掴んだザンザスは、何故か、自分でも不本意だと言わんばかりに眉根を寄せ、訝しげに自身の手元を見つめていた。 「離しやがれこのクソボス!」 またいつもの嫌がらせだろうと思ったスクアーロは、いつもと同じようにギャーギャーと喚き散らす。ぐっと不機嫌に眉間の縦皺を濃くしたザンザスは、掴んだ髪はそのままに腕を引き戻し、さらに耳障りな悲鳴を搾り取った。 「っ!てめっ、今日のはなんだってんだぁ!」 「オレの前を歩くな」 「はぁ゛!?んなこと口で言、」 「うるせぇ」 「い゛あ゛っ!」 存分にいたぶって満足した頭皮を解放し、トドメとばかりにザンザスの拳がスクアーロの後頭部を殴り付ける。無様に崩れ落ちた敗残兵を見捨て往くザンザスの手から、ふと乾いた小さな欠片がはらはらと零れ落ちた。 銀糸に絡み、壊れて砕けた赤茶色の残骸が落ち葉に紛れて見えなくなる。 慌てたように立ち上がったスクアーロの靴底で、くしゃりと何かが潰れる音がした。 誰も知らぬままに、冬がすぐそこまで来ていた。 Fine. そうして鮫はボスの愛を無碍にしているという話。(違) [*前へ][次へ#] [戻る] |