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novel
白花の地を溶かせ1†


 じりじりと大地を灼いた夏の陽が落ちると、日の翳った部屋にようやく涼しい夜気が流れ込む。西空が茜色から青藍へと塗り終わる頃には、厨房の方から飢えた獣さえ黙らせる美味しそうな匂いが漂ってくるだろう。
 いい加減、昼寝とも呼べぬ眠れぬ森の野獣を叩き起こさなくては。そう考えて執務室の扉をノックしたスクアーロは、まさかその数分後に紫檀の机で後頭部を強打させられる羽目になろうとは思ってもいなかった。
「…っは、…ぁ」
 せっかく冷えた夜の暗闇を、熱く湿った吐息が蝕む。骨の浮いた脇腹を汗が伝い落ちると、たったそれだけの刺激が敏感になった肌に這い回るような掻痒感をもたらした。
「も、ボス…、やめ…っ!」
 切れ切れの息に乗せた声はすっかり掠れていて、口端から溢れた唾液を拭う気力も既に尽きている。霞みかけた目に怨念を込めて睨み上げると、鈍く痺れた下肢にもう何度目か分からないちりっとした痛みが走った。
「っつ゛!」
 びくっと跳ねた両脚が空を切る。不安定に浮かされた腰骨の下で、剥ぎ取られた隊服が乾いた音を立てた。哀しくも見慣れてしまった執務室の天井を背にし、ザンザスが嘲笑する。
「ハッ、そう言いながらしっかり感じてんじゃねぇか」
 仰向けに押し倒され、男の肩に両脚を抱え上げられた格好では隠すものも何もない。全身の衣服を奪われ、執務机の上で汗まみれになっている自分に比べて、ザンザスはシャツのボタンを数個外しただけだ。立ち上がったまま萎える気配のない自身が視界の真ん中に飛び込んできて、スクアーロは舌を噛み切りたくなった。
「触ってもいねぇのにこれはなんだ」
 蔑むように細められた視線がスクアーロのそれを撫でる。先走りに濡れた自身がふるりと震え、切れ込んだ蜜口が愛撫をねだるようにひくついたのが分かった。
 ザンザスの言う通り、今日は一度もそこには触れられていない。それどころか、赤くぷっくりと突き出した乳首にも、男の肉棒で抉られる快感を覚えた後孔にも、ザンザスは指一本触れていなかった。
「…くっ」
 再び下肢にちりっとした痛みが走る。見上げると、高く担ぎ上げられたスクアーロの太腿にザンザスが唇を寄せている。普段日の当たらない皮膚は自分で見ても気味の悪いくらいに青白くて、いつもならば静脈の細い流れまではっきり視認できる程だ。だが、今はそこに見慣れぬ小さな朱色がいくつも散っている。
 キスマークなんて可愛らしい代物ではない。細かな赤い歯型と青痣、噛み傷から滲む血色の方が、朱色の痕などよりもずっと多かった。
 白いそこに痕が付くのが面白いのか、ごつごつと骨ばかり浮いた身体の中でも幾分肉付きの良い場所にザンザスが唇を落とす。付け根の際どい部分に舌を伸ばされると、はしたなく張り詰めた双珠にまで吐息が掛かりそうで、スクアーロは緊張に身を強張らせた。
「ふ、あ゛っ…!」
 ぬるりと蠢いた舌先が、血の滲む噛み痕をぐりぐりと抉る。乾き始めていた血を舐め溶かすように何度も傷口を往復する。
 小刻みに動く舌はまるで別の生き物のようで、ぞわぞわとしたおぞましい感覚が神経を掻き毟った。下肢からじわじわと這い登るそれを快感と認めてしまうのは、スクアーロにとって耐え難い屈辱だ。
 最後にぴちゃりと淫猥な音を残し、ザンザスが顔を上げる。つっと唇に引いた糸を舐めとる仕草が酷く肉感的で、スクアーロはカッと熱くなった顔を慌てて背けた。ふっと零す息で笑う気配が濡れた肌を撫でる。
「なんだ、期待してんのか」
 ぴくと腹筋をひくつかせたスクアーロの反応に、ザンザスが嘲るような視線を投げた。
「っ、ん゛んん!」
 首を振って否定したかったが、あと少しでも身じろいだら、ずきずきと疼くそこを男の頬に擦り付けてしまいそうだ。そんな真似をしたら、もう二度と陽の光は拝めない。歯を食いしばりきつく目を閉じたまま、スクアーロは滑らかな執務机の表面にぎりぎりと爪を立てた。
「施しだ、カス」
 そう言いながら、男が狙い定めた箇所をきつく吸い上げる。抱え上げられた両脚は既に感覚を失っているのに、吸われたところの感覚だけがやけに鋭敏で、痺れた足先がびくびくと跳ねた。
「い゛あ゛あああっ!」
 鋭く尖った歯を太腿に突き立てられ、ついに噛み締めていた唇がほどけた。いっそう深く食い込んだ犬歯が皮膚を食い破ったのか、じわりと鈍い痛みが広がり新たな鮮血が溢れる。
 滲み出たそれを啜るように痕を残してから、ザンザスは呆れたように鼻で笑った。
「これでも感じるのか、変態ザメ」
 思わず声を上げてしまう程の痛みを与えられたというのに、スクアーロの自身は萎えるどころか、ますます反り上がって腹の上に先走りを撒き散らしている。
「る、せぇっ」
 この眼で仇を射殺さんとばかりに睨み返し、スクアーロは息も絶え絶えに悪態を吐いた。
「お前…こそっ、太腿フェチとは、知らなかったぜぇ…っ」
 小馬鹿にしたようにフンと笑ってやると、ザンザスがすっと目を眇める。不機嫌そうに唇を引き結び、ザンザスは抱え上げていたスクアーロの両脚を突然放り出した。
「おわ゛っ!」
 広々とした机のお陰で床に転げ落ちることだけはどうにか免れる。スクアーロがもたもたと上半身を起こすと、こちらに背を向けたザンザスが何も言わぬまま部屋を出て行くところだった。反射的に我が身の状態を顧みて、スクアーロは慌てたように声を上げた。
「う゛お゛ぉい!まさかこんなところで終わる気かぁ!?」
「だったら何だ」
 ドアを開ける寸前、肩越しに視線だけ投げて寄越したザンザスが、見苦しいとでも言うようにスクアーロの身体を睥睨する。
「興が削がれた。あとは勝手にしろ」
「勝手にって、こいつの始末はどうす…!」
 まるで続きをねだるような台詞に途中でもごもごと言い澱むと、ザンザスが眉間の皺に更なる侮蔑と嫌悪を刻んだ。
「てめー、このオレにそんなものの処理をさせる気か?」
「っ゛!」
 言われるまでもなく、よほどの気まぐれか、後孔を緩めさせるための前戯でもなければ男がそこに触れることなどほとんどない。後ろへの刺激だけで極めることが出来ないときには、男の恣に揺さぶられながらこっそり自身の手で慰めることさえあった。



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あきゅろす。
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