[携帯モード] [URL送信]

novel
contratto/おのろけボスと鮫


 黒塗りのグラスで表情を隠したまま曖昧な身分だけを名乗ったその男は、終始うつむき加減で言葉少なに用件を済ませると、逃げるようにそそくさと帰って行った。
「なんだよあれ、気に入らねー」
 カッと小気味よい音を立て、慌しく閉じたドアに銀色のナイフが突き刺さる。書類をまとめていたスクアーロが顔を上げると、ソファから跳ね起きたベルフェゴールがつい今しがた不平を零した唇にニヤリと笑みを湛え、早くもドアノブに手を掛けたところだった。
「なぁボス、アイツ殺っちゃっていい?」
 呆れたように眉を顰め、スクアーロがう゛お゛ぉい!!と声を張り上げる。
「ダメに決まってんだろうがぁ!ついさっき、今回の件にヴァリアーは干渉しないって契約で手を打ったとこだろうが!」
「はぁ?そんなの守る必要ないじゃん。先輩バカ?」
「うるせぇ!これも大人の事情ってやつだぁ!」
 そう言い放った本人こそ納得がいっていないとばかりに、叫び返すスクアーロの表情は苦虫を数十匹噛み潰したそれより苦い。
「取引とかカンケーないし。殺りたかったら殺るよ、だってオレ王子だもん」
「ベル」
 ベロアの肘掛に頬杖を付き眠るように目を閉じていたザンザスは、声を荒げるでもなくただ静かにベルフェゴールの名を呼んだ。一瞬の沈黙が室内に満ちる。
 しばしの後、チェッとつまらなそうに舌打ちを零すと、ベルフェゴールはそれ以上何も言わず部屋を出て行った。
「まぁアイツの気持ちは分からなくもないがなぁ」
 扉に突き刺さったまま残されたナイフを見やり、スクアーロがひとりごちる。大した手入れもしていないくせにやたらと指通りのいい銀髪が、がしがしと乱暴に掻き回されて踊るように宙を舞った。
「いつまでも穏健派の幹部どもがのさばってるせいで、こっちはやり辛くて仕方ねぇ」
 武器密売組織の機密情報を提供する代わりに、ブラックリストからある人間の登録を抹消すること。たった今この部屋で交わされた取引の内容とは概ねそんなものだ。穏便な解決法といえば聞こえは良いだろうが、血と恐怖と殺戮を冠に戴いてマフィア界に君臨してきたヴァリアーにしてみれば、裏取引などぬるいの一言に尽きる。
 特に剣一本で己の運命を切り開いてきた男にとって、命を情報で購うことへの不快感はどれ程のものか。嫌悪をボンゴレの利益という名目で塗り固め、最後に苦い舌打ちで悪態を飲み下すと、スクアーロは表情を取り繕ってザンザスに向き直った。手元の資料から数枚の書類を引き抜き、机の上に滑らせる。
「こいつに目を通しておいてくれ。話は聞いてただろうが、ボスのサインがいくつか必要な箇所が」
「カス」
「あ゛?」
 話を途中で遮られ、中途半端に開いた口を間抜けに晒してスクアーロがザンザスを見た。それをちらりと一瞥してから視線を落とし、ザンザスは机の上に置かれた書類を人差し指の先でトントンと2回叩いた。
「オレは、こいつが、気に入らねぇ」
 わざとらしく言葉を切りながら、それだけを言う。考える間など、与える必要もなかった。男が最後まで言い終える前にぱあっと目を輝かせたスクアーロは、飴玉を与えられた子供のように見えない尻尾をぶんぶん振り回して、今置いたばかりの書類をひったくるように掴み上げた。ぎらりと底光りする銀瞳の横で一番上質な羊皮紙をぐしゃりと握り潰し、吊り上げた唇の両端から目には見えぬ薄汚い血を滴らせる。
 見る影もなくぐしゃぐしゃに丸められた契約書をぽいと放り出すと、スクアーロはさっと踵を返し、扉をくぐった。
「5時間で戻るぜぇ!」
 何を、どこへ、…誰を。
 そんな言葉など不要だった。改めて命令を下すまでもなく、スクアーロは己のやるべきことを理解し、行動し、それら全てに痕跡が残らぬよう与えられた役割を完璧にこなしてみせるだろう。後に残るのは、新聞の片隅に小さく載る程度の、些末な事実だけだ。
 スクアーロにとって意味をなす言葉は既に与えられている。剣の切っ先が振り下ろされる場所には、言い訳も理由さえも存在しない。そこにあるのはただ一つ。
「気に入らねぇ」
 男がもう一度口にした言葉は、どこか面白がるような響きを帯びていた。チッと不愉快そうに舌打ちを落とすと、ザンザスは部屋の隅に転がっていた紙の残骸へ向け軽く手首を捻った。五指から放たれた憤怒の炎が一瞬ぶわりと燃え上がり、瞬く間に灰塵へと変わる。
 床に残された小さな焦げ跡が片付けられるまであと5時間。昼寝をして待つには、少し猶予を与え過ぎたかも知れない。


Fine.



個人的な仕事は鮫に任せるという…あれ、のろけ?


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!