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novel
crescita/ボスとちび鮫


「う゛お゛ぉい!報告書できたぜぇ!!…っと、ボス?」
 勢いよく開け放った扉の向こうに求める姿はなく、スクアーロは前につんのめるようにしてたたらを踏んだ。伸ばし始めたばかりの銀髪が細い首筋を撫で、パサパサと落ち着きなく跳ねる。
「どこ行ったんだぁ?」
 この時間帯ならてっきり部屋でむっすりと唇をひん曲げ、つまらなそうに書類の整理をしていると思ったが。
 実際机の上には処理途中の書類が広げられているし、皮張りの執務椅子はつい今し方立ち上がったばかりのようにくるりと横を向いている。
 ふと、広いその背に真新しいジャケットが掛けられているのに気付き、スクアーロは苦々しく顔をしかめた。
「また新調しやがったのか…ちっ」
 悔しげに舌打ちを零し、手にしていた報告書を書類の上に放る。
 望んで埋められるものではないと分かっていても、やはり成長期における二歳の差は大きい。自身の隊服を仕立てたのはいつだっただろうと思いかけ、スクアーロはフンと拗ねたように鼻を鳴らした。
「まだそれほど変わらねぇはずだぁ!」
 声高に吐き捨てぐるりと机を回る。勢いよく伸ばした手はちょうど右肩の位置に触れると慄いたように一瞬引きかけたが、スクアーロはそのままぐいと手を伸ばし、未だ皺一つないジャケットをぞんざいに掴み上げた。
 自分のものではない衣服が生きた右手にずしりと慣れない重みをもたらす。いつもあの男がしているようにばさりと長い裾を翻し格好良く…はいかなかったが、多少もたつきながらも袖を通してみる。
「…………」
 ……やるんじゃ、なかった。
 袖の先からちょこんと飛び出した自身の指を恨めしく見遣りながら、スクアーロは悔しげに唇を噛んだ。
 毎日顔を合わせているはずなのに、男の服は思っていたよりずっと大きかった。隊服の上から羽織っても余りある肩幅はだらんとだらしなく垂れ下がっているし、二の腕も胸元も布が余ってだぶついている。腰周りなんて、脚の付け根まで裾にすっかり隠れてしまっていた。
「ンの野郎…いつの間にこんなデカく…!」
「何をしてる」
「お゛わっ!」
 いつからいたのか、振り返ると薄手のシャツを纏った部屋の主ことザンザスが心なし呆れ顔でこちらを見下していた。
 気まずさと気恥ずかしさに目をきょろきょろさせるスクアーロをざっと一瞥し、即座に状況を把握したのだろう。ザンザスはちろりと視線を撫で下ろしてから、小馬鹿にするようにフンと笑った。
「ずいぶんと身の丈にあわねえもの着てるじゃねぇか、チビカス」
「っうううるせえっ!」
 かあっと羞恥に顔を沸騰させ、スクアーロは羽織ったばかりのジャケットを乱暴に脱ぎ捨てようとした。
「待て」
 片手を上げ、ザンザスが犬にでも命令するようにスクアーロを制止する。
「あ゛?」
 ぶすっとふて腐れた顔のまま胡乱気に首を傾げたスクアーロは、紅瞳に宿る獰悪な光を目にして密かに息を呑んだ。
「そんなに欲しければくれてやる」
「はぁ?だってこれお前の隊服だろぉ?」
「さっきまではな。だが、どうせすぐに要らなくなるものだ」
「っ、ザンザス、それって…!」
「なんならそいつはてめーに着させてやろうか?」
 くいと男が顎をしゃくってみせる。はっとしてスクアーロは自身の右肩を押さえた。感覚のない左手に何かが触れる。
 そこにあるのは、唯一許された対の飾り緒。ヴァリアーの頂点に君臨する者の証。
 言外に込められた意味を理解し、スクアーロはにやりと口端を吊り上げた。
「遠慮しとくぜぇ」
 まだぎこちなさの残る左手を垂れ下がったモールに絡め、引き千切るようにして脱ぎ捨てる。用済みとばかりに放られたジャケットは、重く乾いた音を立てて床に落ちた。
「オレはお前の側から離れる気はねぇからなぁ。どこまでも着いて行くって言っただろうが」
 人工皮膚に覆われた硬い金属の骨格を掲げて見せると、ザンザスはくだらないと言わんばかりに片目を眇めた。
「ならそいつは処分しておけ」
 踵を返し部屋を出て行こうとするザンザスに、スクアーロは慌ててジャケットを拾い上げた。先を行く男の背を見失わぬよう追い掛ける。


「で、いつやるんだぁ?」
「あ?何の話だ」
「なんのって、もうすぐ仕掛けるんだろうが」
「誰がそんなこと言った」
「へ?だって、このジャケットがもう要らねぇってのはそういう…」
「さっき新しい隊服の採寸を済ませて来た」
「はあ゛っ!?なんだよそれ!つーかまた新調すんのかよ!こいつも仕立て上げたばっかりじゃねぇか!」
「てめーと違ってオレは成長期だからな」
「ん゛な゛っ!オレだって成長期だああぁっ!」


Fine.



ボスの成長期はゆりかご前、鮫の成長期はゆりかご後、という設定希望です。


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