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novel
camino/ザンスクと書いて夫婦と読む


 降り注ぐシャワーの冷たさにスクアーロは思わず悲鳴を上げた。長い銀髪をぶるりと震わせ、あたふたと温度を調整する。
 つい数週間前まで温かいと感じていた柔らかな水流が今はもう身を切るほどに冷たい。時間が過ぎるのは早いなと何気なく思って、そう思えるようになった自分に小さく笑った。いつの間にか笑うことすら出来るようになったのかと、続く笑いは少しほろ苦かった。
 ふと何かを思いついたように顔を上げ、スクアーロは手元の蛇口を思い切り捻った。叩き付けるような荒いシャワーで手早く汗を流し、慌ただしく身繕いを済ませて私室を飛び出す。通い慣れた廊下を一気に駆け抜け、行く手を塞ぐ扉を乱暴に押し開ける。
「う゛お゛ぉい!ボス、まだ起きてるかぁ!?」
「うるせえっ。今何時だと思ってやがる!」
 寝酒の用意でもしていたのか、一歩踏み出した途端間髪入れず氷の入ったグラスが飛んできた。それを額で受けてからスクアーロはつかつかと部屋を横切り一番奥のドアを開け放った。
「今夜はお前の寝床借りるぜぇ!」
「あぁ?犯して欲しいならもっと上手く誘え淫売」
「淫…っ!?誰がだぁっ!!」
 ギロリと眦を釣り上げて叫び返しながら、勝手知ったる主寝室の壁面にぽっかりと開いた暖炉の口を覗き込む。
「やっぱこっちの部屋も寒ぃな。予報じゃ今夜は12月中旬並まで冷え込むらしいぜぇ」
 言いつつ傍らを見ると、夏の間片付けられていた道具や薪は既に一通り揃えられていた。まだ火の入った形跡はないがどうやら使用人によって手入れはされているらしい。これならすぐにでも火を熾こせそうだ。
「てめーの部屋にも暖房くらいあるだろうが」
「ねぇよ。今年の始めに誰かさんがストーブぶっ壊したきりだぁ」
「……」
「火、入れるぞぉ?」
 振り返りもせずに尋ねると、勝手にしろとでもいうように舌を打つ音が返ってくる。慣れた手つきで細めの薪を選び出し、炎が広がりやすいよう交互に重ね並べていく。
「このマッチ湿気ってんなぁ…ザンザス、お前の火ぃ貸してくれ」
「かっ消すぞドカス」
 憤怒の代わりに放られた重い鉄製のライターを受け取り、暖炉に火種を投げ込む。弱々しい炎はしばらく燻った黒煙を上げ、やがて細枝を舐めるようにゆらゆらと身をくねらせ始めた。空気がパチリと弾ける度に新たな薪をくべ足していくと、炎は徐々に激しさを増し次第に部屋の中も暖まってくる。
「あ゛ぁ゛ー…」
 心地好い熱を浴びながらスクアーロは床に両手をつき、曲げていた背中を伸ばした。寒さに縮こまっていた筋肉がみしみしと解れ、喉奥から満足げな吐息が零れる。
「猫かてめーは」
 呆れたような声に顔を上げると、新しいグラスを手にしたザンザスが胡乱げな瞳でこちらを見下ろしていた。
「なんだぁ?お前には猫と床でヤる趣味でもあんのか?」
 獣だな、と気まぐれにからかってやれば、男がほうと興味深そうに片目を眇める。
「そういうプレイがしたいのか」
「違ぇよ!!」
「生意気なカス猫に躾の施しだ。……来い」
 くいとグラスを呷ったザンザスがそれ以上何も言わずスクアーロに背を向ける。その先にある寝台と男の背中を見比べ、スクアーロは気付かれないよう小さく肩を竦めた。
 正直そんなつもりは毛頭なかったがザンザスが望むというのなら仕方ない。仕方ない、で片付けてしまえるほど慣れた自分に今度ばかりはちょっと笑えなかった。
 だが、たまにはこんな夜もあって良いだろう。
 深まる秋に初めて暖炉の火を入れた、こんな寒い夜くらいは。


Fine.



主人に命じられて動くのはただの使用人。
何も言わずとも気付いて先に動いちゃうのはただの嫁。


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あきゅろす。
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