[通常モード] [URL送信]

novel
appetito/スク16歳


 5日前、ドルチェに添えられていたライチを一粒。3日前、固形の栄養補助食品を半かけ。今日は…ああ、そういえば朝から水一滴口にしていなかった。
 最近の食事はどうしてたの?と、凄まじい剣幕で問い詰めるルッスーリアに心の中で返した答えがこれだ。
 3日掛かりの任務を終えて城に帰還し、おざなりな報告書もまぁ一応は書き上げてから後の処理を全てオッタビオに押し付けたスクアーロは、珍しくベルフェゴールが勧めてきたアペリティフのシェリー酒を訝しく思いつつも軽い気持ちでくいと呷り……倒れた。
「だからちゃんと食べなさいって言ったでしょ!」
 横になるスクアーロの頭上へくどくどと金切り声の小言が降る。ろくに栄養も摂らず任務に出るなど、馬鹿なことをしたという自覚があるだけに耳が痛い。とはいえ一つ言い訳をするなら、意識して物を口にしなかったわけではないのだ。単純に食べる気が起きなかったというだけで。
 だが彼に、彼女にかかればその程度のこと、とうにお見通しなのだろう。自称留守を預かる世話女房兼年下幹部の母親役は伊達じゃない。どうして食事をしなかったのかと、普通ならば一番に聞かれるべき事情を尋ねられないのがその証拠だ。ついさっき倒れるまで本人さえ気付いていなかった、スクアーロが食事を摂らなくなった本当の理由にも思い至る節があるのだろう。
 ついには相槌を打つのも億劫になり、スクアーロは不貞腐れたようにふいと顔を背けごろりと寝返りを打った。途端、ルッスーリアの金切り声が半オクターブ上がる。それに重なって、ドアの外から何か言い争うような声が聞こえてきた。ドタドタと喧しい足音が先に届き、乱暴に扉が開かれ鼻息荒くスクアーロの寝室に怒鳴り込んで来たのは。驚くなかれ、スクアーロとは犬猿の仲であるはずの、あのレヴィ・ア・タンだった。
「スクアーロ!!き、きさまぁあああ…!自惚れるな!貴様がボスの上に立つことなど断じて有り得ん!」
 怒りで顔を真っ赤にしビシッと勢いよく指まで突き付けて、声高にレヴィが言い放つ。
 訳が解らないという表情でスクアーロはルッスーリアと顔を見合わせた。ふと見ればレヴィの後ろでベルフェゴールがニヤニヤと笑っている。それでピンときたらしいルッスーリアがため息を吐きつつ整った眉をキュッと寄せた。
「ベルちゃんったら、レヴィに何て言ったの?」
「別にぃ。馬鹿鮫がボスより上になるのを嫌がってるって。事実は事実じゃん?しししっ」
「んもう、わざと誤解されるような言い方して!」
 己の肩越しに交わされる会話の間も、レヴィはただ独り延々と喚き続けていた。
「貴様のような青二才がボスを超える日など永遠に来ない!思い上がるのもいい加減にしろ!」
 ふと、ラジカセのボリュームを落とすように五月蝿いレヴィの声が聞こえなくなり、急激に世界が遠退いた気がした。瞬きすら忘れスクアーロはただ真っ直ぐに誰もいない中空を、自身より少し高い目線の空間を見据えていた。
 偶然にも視線の先にいたレヴィが揺らがぬ銀色の瞳に気圧されたように言葉を詰まらせる。年嵩の男が気まずさにウロウロと視線をさ迷わせる頃になってようやく、スクアーロはゆっくりと瞼を伏せた。
 片手で顔を覆い小刻みに肩を震わせる。くつくつと濁った囀りが高らかな哄笑へと変わるまでそう時間は掛からなかった。
「う゛お゛ぉい!ごちゃごちゃうるせぇぞレヴィ!んなことてめぇに言われるまでもねぇ!」
 ばさりとシーツを蹴り上げ、スクアーロは身を起こす勢いのまま、たんっと軽やかな所作で床に降り立った。
「ルッス!飯ぃ!」
 屈託ないというには余りに強烈で、牙を剥き出しにした笑顔は鍛えた刃のようにギラギラと目映い。
 息を吹き返した獰猛な海洋生物に、ベルは呆れたように肩を竦め、ルッスーリアは仕方のない子ねとクスクス笑った。
 扉の閉まりかけた寝室の中には、置いて行かれたレヴィだけが独りぽつんと佇んでいた。


 顔を上げなければ合わせられなかった視線。爪先を震わせてようやく交わした不器用なキス。
 遠いと思っていた年齢分の成長差は、ただ食事をし呼吸をし起きて動いているだけで無くなろうとしていた。
 それでも時は過ぎ今日が終わるなら。いつか来る明日のために、さあ、食卓について。

 Buon Appetito!


Fine.



レヴィのおかげだと言えなくもなくもなくもない。(笑)
バラバラでいても存外支え合って生きてたボスのいない8年間。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!