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novel
焦茶色の毒を呷れ2


 耳朶をくすぐる微かな秒針の音が、まどろんでいた意識を優しく呼び覚ます。シーツの端に投げ出されていた腕を何気なく引き戻すと、甘く気怠い疲労感が羽毛のように纏わりついてきた。
 みしりと軋む背骨を伸ばし、スクアーロは衣擦れの音を立てぬよう細心の注意を払いながら暖炉の置時計に目をやった。
 23時55分。ちょうどいい頃合だ。
 傍らに視線を落とせば、珍しく自分から言い出した休暇を満喫中の暴君殿が規則正しい寝息を立てている。
 あれだけやりたい放題すればそりゃあ満足だろうよ、とスクアーロはぎりぎり拳を握り固めながら筆舌に尽くし難い腰奥の鈍痛に耐えた。
 どこからどうもぎ取ってきたのかは知らないが、この週末も任務で埋まっていたはずの自分のスケジュールが、ザンザスの休暇に合わせていつの間にか書き換えられていたことを知ったのはつい昨日のことだ。休暇を別荘で過ごすための警備責任者として同行を命じられた時は、まぁ当然のことと思い素直に受け入れたが、まさか週末の間中食事と入浴以外のほぼ全ての時間をベッドで過ごす羽目になるとは思いもしなかった。というか入浴中もやることはやっているので気を身体も休める暇もないという話はこの際どうでもいい。だが。
「こいつぁ復讐のひとつでもしねぇと割に合わねぇだろ」
 自らを奮起させるようにひっそりと呟いて、スクアーロはにたりと口端を吊り上げた。
 23時59分。そろそろ時間だ。
 さらさらと頬に流れ落ちる銀髪をかき上げ、眠っているザンザスにゆっくりと覆い被さる。磨き上げた暗殺者としてのスキルを最大限に発揮して、極限まで呼吸を制し気配を押し殺す。
 こうして見下ろすと、憤怒を宿す紅玉が伏せられているせいか常程の殺伐した威圧感や剣呑さは感じない。無惨に肌を汚す火傷の跡も、精悍な男の相貌に色気を垂らし、むしろ匂い立つような男らしさに華を添えている。
 いつも先に意識を失わされているせいで、男の寝顔をじっくり見る機会などほとんどない。ここぞとばかりに肌のきめ細やかさ睫の一本一本まで観察し、スクアーロは不意に身を屈めた。
「……ん゛んっ!?」
 悪戯に落とした唇が触れ合った瞬間、上がったのは濁点交じりの呻き声の方だった。軽く掠め盗る予定だった口づけは伸びてきた腕に後頭部を押さえつけられ、すぐさま唇を割られて舌を差し入れられる。
「んく、…は、ん…っ」
 驚きに目を見開けば、閉じるタイミングを逃した銀色が無謀に近付き過ぎた紅色に捕らえられた。色素の薄い虹彩は燃えるような赤に焼印を捺され、焦点の合わなくなった瞳に視界がぶれる。
 息つく暇もなく脅えて縮こまる舌を引きずり出され、ざらざらした熱い感触にねっとりと歯列を探られる。敏感な裏側をなぞられびくりと背筋を跳ねさせると、喉奥から馬鹿にするように笑う気配が伝わってきた。
 ぴったりと合わせられた唇は酸素を得る隙間すら奪おうとしているようで、スクアーロは呼吸の出来ない苦しさにザンザスを押しのけるようにして肩を叩いた。
 仕方なさそうな吐息を零した男が、施しだと言わんばかりに鼻先をつついてくる。だが酸欠で半ば恐慌をきたしたスクアーロは、それが呼吸を促す仕草だということに気が付かなかった。
 数え切れないほど身体を重ね、思いつく限りの体位と性技を試してきたが、キスの合間に息継ぎをする方法をスクアーロはまだ知らない。
「ヘタクソが」
 無理やり首を逸らして唇をもぎ離すと、心底馬鹿にした口調でそうザンザスに切り捨てられた。不覚にも上がった息を急いで整えながら、気まずさを忌々しさに変えてジロリと男を睨みつける。
「…こんのクソボスっ、いつから起きてたぁ!」
「ハッ、人に毒を盛るような相手の前でオレが気を抜くと思うか?」
「あ゛あっ?過ぎたことをいつまでも根に持ってんじゃねぇ!」
「つい数日前の話だろうが、サメの頭は鳥と同等か」
「う、うううるせええええっ!」
 顔を真っ赤にして叫ぶスクアーロを、ザンザスは見世物をひやかすような表情で眺めていた。その視線に耐え切れず目を逸らすと、とうに天辺を回った長針が無情な時を知らせてくる。
「あ゛あっ!」
「今度はなんだ」
「お前が勝手なことしやがるから時間過ぎちまったじゃねぇかぁ!」
「あ?何のだ」
「…っ」
 珍しくも言葉を詰まらせたスクアーロが、そこでぴたりと動きを止める。ふと我に返れば、先刻自分がしようとしていた行動の大胆さと軽率さに今更ながら羞恥心が込み上げてきた。首筋から胸元までさあっと熱が這い、瞬く間に淡い鴇色に上気していく。鎖骨に突き刺さる痛い程の視線にスクアーロはぎくしゃくと顔を上げた。
「何の時間が過ぎたんだ、ドカス」
 片目を眇めうっすらと笑うザンザスは、こちらの思惑など最初からお見通しだったらしい。先日のコーヒーの件といい今回のことといい、どうにも最近ついてない。憎たらしいばかりの余裕にベッドを殴り付けたい衝動を堪え、スクアーロはなんでもねぇと刺々しく吐き捨てた。背中を向けてどさっと横たわり、丸まっていたシーツを頭の上まで引き上げる。
「…来年、覚えてたらなぁ!」
 くぐもった声は正確に伝わったかどうか。クックッと低く笑う男の声を努めて意識の外へ追い出し、スクアーロは次に仕掛ける新たな復讐に思いを馳せ、目を閉じた。


 時計の針が重なるときに、深い深い夢の果てへ祈りの言葉を。

 。:+.゜Buon Compleanno。:+.゜


Fine.


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