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novel
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●陽炎は春でした
 剥き出しの皮膚を晒しただけで焦げ付くような炎天下、嬉々として剣を振るうスクアーロの姿がゆらりと霞む。消えると思ったときには声に出してしまっていた。
「どうしたぁ、ボス」
 驚くほど間近から声が聞こえ、ザンザスは自分がほんの数瞬意識を飛ばしていたことに気付いた。
「このクソ暑いのに隊服なんか着込んでたら倒れるぜぇ?」
 苦笑を浮かべ覗き込んでくるスクアーロの身体は、当然ながらどこも消えてなどいない。遠い地面が朧げに揺らめいてるのを見て、先刻のが陽炎かとようやく納得する。
「で、何か用かぁ?」
「…あ?」
「行くなって言っただろう、さっき」
 オレはずっとここにいるのに、とスクアーロが不思議そうに小首を傾げる。唐突に耐え切れぬほどの苛立ちが沸騰し、ザンザスはスクアーロの横っ面目掛け思い切り膝を蹴り上げていた。
 耳障りな悲鳴を残し、スクアーロが砂地を転げ回る。
 もっと痛め付けてやりたいと、酷く残忍な気持ちでザンザスはそれを見下ろしていた。額に張り付いた前髪を掻き上げ、フンと吐き捨てて踵を返す。
 暑苦しい隊服を脱ぐ間、冷たい飲み物を用意させるべく、ザンザスはルッスーリアの名を呼んだ。


●継承式出立前妄想1
「う゛お゛ぉい!冗談じゃねぇぞぉ!」
 紫檀の机が揺れ、破れた封蝋が粉々に砕け散る。剣を引っ掴み勢いのまま飛び出しかけたスクアーロをルッスーリアが慌てて押し止めた。
「ダメよスクちゃん、今は冷静にならなきゃ!」
「うるせぇ止めるなルッス!あの老いぼれジジイ、今度こそ仕留めてやる!」
 体面上仕方のない処置だとか顔を出すだけで構わないとか、恐らくは自身も不本意な白々しさで宥めるルッスーリアの声をザンザスはどこか他人事のように聞いていた。
「ボス!」
 振り向いたスクアーロの両眼がいっそ面白いくらいに釣り上がっている。何故か不謹慎に込み上げる笑いを堪え、ザンザスは無言で視線を投げ返した。
「お前は来るな。こんなくだらねぇ座興、オレらだけで十分だぁ!」
 それとも、と一旦言葉を切りスクアーロがニタリと笑う。その口元に滴る鮮血の幻が見える程、獲物を見付けた鮫の笑いは醜悪で生々しい死の香りがした。
「お前がやる気ならオレはどこまでも付き合うぜぇ!」
 剣を振り上げ意気込むスクアーロをザンザスはただ無表情に眺めていた。全身を巡る憤怒は確かに燃え滾っているのに、穏やかとさえ呼べる感情が心奥に染み渡っていく。初めて得る感覚にザンザス自身戸惑っていなかったと言えば嘘になるだろう。
 焚き付けても反応の無いザンザスの態度に業を煮やしたのか、スクアーロは憤然と肩をいからせ執務室を出て行った。残されたルッスーリアがやれやれと深い溜息をつく。「ごめんなさいね」と零した言葉はザンザスに向けてのものだろう。
「あんな風に自分の怒りを爆発させるスクアーロって私たちも見たことがないのよ。感情の激しい子ではあるけど、常に頭の片隅では冷静さを保てる子でしょ?」
 誰かさんが絡むとそれも無くなっちゃうのね、としみじみ呟かれた言葉の意味を、ザンザスは考えようとしなかった。
 ただ静かにドアが閉められ、しんと静まり返った部屋の中で思う。
 既に秘密は明かされた。長い眠りの中で独り燃やし続けた怒りも、いつの間にか自分だけの物ではなくなっていた。
 自分以外の誰かが自分と同じ怒りを燃やしている。それは酷く不可思議で居心地の悪い感覚だ。なのに、どうしようもなく心が震える。
 この感情の名を何と呼ぶのか。
 知りたくないと願う答えは、一体誰に問えば良いのだろう。
 机に捨て置かれた手紙をくしゃりと握り潰し、ザンザスは拳に炎を点した。瞬く間に燃え散らばった灰の上に、溶けた蝋の残滓がぽたりと落ちた。


●継承式出立前妄想2
「んじゃ行ってくるぜぇ」
「……(パリン)」
「う゛お゛ぉい、またかよ!今日一日で何個目だぁ!」
「…フン」
「だから昨夜から何度も聞いてるだろぉ?……これで最後だ、ザンザス。…やるか?」
「……」
「やっぱりだんまりか。まぁオレはお前がそう望むなら、」
「まだだ」
「あ?」
「まだ、だ」
「…そうか。……ハッ、そうかぁ!了解だぜぇ、ボス!」
「うるせえ、さっさと行けドカス」
「おう!お前の敵になる連中の顔をオレがきっちり見定めてきてやるぜぇ!」


●さり気に看取ってやる発言
「ボス!…ボス、ボスッ!起きろザンザス!」
「…うるせえドカ…ス」
「寝るなぁ!起きろ!んでコイツを見ろぉ!」
「あ?…チッ、なんだ?」
「白髪」
「………は?」
「だから白髪だぁ!お前の!朝起きたら枕に落ちてたんだ!」
「ふざけてんのかてめー。色からしてどう見てもてめーのだろうが」
「オレのはこんな短くねぇし、太くもねぇ!」
「じゃあ下のk「う゛お゛お゛ぉぉい!!」
「…いちいちうるせえな。とにかくそいつはオレのじゃねぇ」
「どうするザンザス!今から白髪なんて早過ぎだぜぇ!お前昔っから結構苦労してるからなぁ!」
「人の話を聞けドカスが!オレのじゃねぇって言ってんだろ!」
「けど心配するなぁ!老けてもお前はお前だ!寝たきりになってもオレがずっと面倒見てやるからなぁ!」
「うるせえ!てめーが先に死ね!!」


●修学旅行のアレのその後
「ボスー出てきてー(棒読み)」
「大丈夫よ!一瞬だったから私たち誰も見てないわ!」
「ボスの偉大さには傷一つ付いておりません!」
「そうだぁ!あんなこと何でもねぇぞ!実は正座も胡坐も出来ないってバレるよりずっとマシだったじゃねぇかぁ!」
「スクアーロオオオオオオっ!!!!!」


●旦那様ですから
「よぉボス、例のリングが完成したって?」
「フン、施しだ。受け取れ」
「っと。へぇーこいつがルッスの騒いでたヴァリアーリングか」
「てめーには過ぎた代物だ。有り難く思え」
「ハッ!そいつは使ってみてから考えるぜぇ!で、サイズの直しはルッスに頼めばいいのかぁ?」
「…必要ねぇ」
「は?採寸のときオレだけ任務で留守にしてただろうが」
「ぐだぐた騒ぐ前に付けてみろドカス」
「…お?お゛おっ?すげぇ!ぴったりだ!剣士の割に指が細いって言われるんだが、よくオレのサイズが分かったなぁ!」
「…フン。カスが、そのくらい知っ」
「さすがルッスだな!」
「……###」


●ボス復活記念日1
 慣れた仕草でキャビネットを開ける。中身が半分ほど減ったウイスキーボトルに手を伸ばしかけてスクアーロはふと指先を惑わせた。
 珍しく幹部全員が顔を揃えたと思えば、次から次へと肉料理ばかりが饗された今夜の夕食。未だ喉元に張り付く脂っこさを飲み下し、改めて隣に並んだ木箱を取り出す。
 古びたラベルを躊躇なく破り捨て、豊かな琥珀色を二個のグラスに満たせば緩んだ口元から自然と笑みが零れた。
 特別な日のためにと、あの面倒臭がりの暴君が自ら手を回し地球の裏側からわざわざ取り寄せたというヴィンテージウイスキー。密かなお楽しみを勝手に開けられたと気付いたときのザンザスの顔を思い描き、スクアーロは芳醇な香りを胸が一杯になるまで吸い込んだ。


●ボス復活記念日2 (twitterリンクから再録)

 また夢を見ていたのだと思った。
 何千、何万回、自分でも呆れるほどに同じような夢ばかり見た。他人が夢に現れるときは自分か相手のどちらかが会いたいと願っているのだと、くだらない迷信を信じればそれは間違いなく自分の方だろう。

 見覚えのある談話室の天井を見上げ、何故自分はソファに寝転がっているのだろうと記憶を探る。警鐘よろしく頭蓋をかき鳴らしているのかと思うほどずきずきと後頭部が痛んだ。更に騒がしく鼓膜を叩いているのが自身の鼓動だと気付くのに、スクアーロはしばらく時間を要した。
 ぱちぱちと瞬きを繰り返せば、目が覚めたのねと不気味に優しく微笑むルッスーリアの姿が見える。ぶっ倒れるなんてマジ間抜け、と腹の立つ口調はベルに違いない。さっさと顔を出してきなよと促すマーモンに首を傾げると、レヴィが苛立たしげにフンッと鼻息を荒くした。
 なんだ、一体なんの話だ。そう思いつつひとりでに起き上がった身体は、本人の意志を無視して勝手に歩き出した。一歩踏み出す度ズキリと重く痛む頭を押さえると、髪がしっとり濡れていることに気付く。部屋の中で雨でも降ったのか、と馬鹿なことをつらつら考えていれば唐突に足の動きが止まった。
 歩いていたのは自分の足なのに、ここはどこだと周囲を見回す。煩く騒ぎ続ける鼓動と、無意識に連れて来た両脚と、戸惑う思考の歯車が噛み合っていない。
 後で考えればそれはストッパーのようなものだったのかもしれない。
 気が遠くなるほど遠く、おぞましいほどに長い時間だった。暗く冷たい現実の鎖に両腕を絡め取られながら、いつかこの夢は現実になるのだと信じて剣を振るっていた。
 だからこそ、何の前触れもなく目の前に鎖の鍵を放られて精神の均衡が一瞬崩れたのだろう。
 もしこれも夢だったら、目が覚めてまたいつもと変わらぬ現実が待っていたら。
 見えない鍵を握り締めるように拳を固めてから、スクアーロは不意に小さく吹き出した。終わらないもしもを繰り返す自分に、こんなところで躊躇するなんてらしくねぇと自答する。
 感動的な再会?涙に濡れる再会?そんなもの端からありはしない。
 もう一度濡れた髪に手をやり、不愉快にべたつく酒の香りにチッと舌打ちを零す。止まらない早鐘のせいで血流は勢いよく巡り、殴られた痛みはいや増すばかりだ。
 それもこれも全て、あの男のせい。

 鍵も使わず鎖を引きちぎり、夢の残滓を叩き潰して眼前に立ちはだかる扉を押し開ける。
 8年間空席だった玉座にふてぶてしく座す王の姿を見止め、スクアーロは声を張り上げた。

「よぉ!久しぶりだなぁ御曹司!」


●あるのか卒業式
 卒業式の帰り道、別れを惜しむ友人もいないままスクアーロは歩みを速める。音もなく近付いてきたベンツはエンジン音を抑えた特注車で、不覚にもドアが開くまで寄せられたことに気付かなかった。猫の子でも摘むように首根っこを引っ掴まれ、中へと引き摺り込まれる。懐に忍ばせた短剣の動きを止めたのは、全身の細胞をビリビリと刺激する憤怒の気配だった。
「もう戻れねぇぞ」
 そう尋ねる声がいつもの揶揄に加え、どこか試すような色を滲ませている。なんのことだと見上げた視界からは、さっきまで見えていた鮮やかな街路樹の緑も雲一つない青空も消えていた。そこにあるのはただ先の見えない漆黒の闇だけだ。
 皮張りの座席に転がったまま選んだ世界を見据え、スクアーロは答えた。
「ただいまだぁ、ボス」


●中二病的プロモーションビデオ
 ひび割れた石柱、色褪せたドレープ、静寂を吸って置き去りにされた玉座。
 選ばれた者だけが昇ることを許された階段に躊躇いなく足を掛けると、無機質な靴音が冷たく響いた。
壇上に王を迎えてもこの世界の時は止まったままだ。媚び諂う廷臣も膝をつく群臣も一向に現れる気配がない。つまらなそうに眼下を睨め付けると玉座の背後から耳障りな濁音が聞こえた。
「う゛お゛ぉい。そう急かすなぁ、これから全部お前のものになるんだぜぇ」
 耳を澄ませば石柱の陰から、分厚いドレープの隙間から、くすくすと笑う数種類の気配がある。
 「先行くぜぇ!」と命令を待たず飛び出した影は銀色の残像を揺らめかせ瞬く間に見えなくなった。先を越されたと慌てた誰かがそれを追い、呆れたように肩を竦めた連中がばらばらと後に続く。影に潜んでいた気配は結局誰一人として姿を見せず、世界は依然として廃墟のままだった。
 これで皮肉のつもりかと王は哄笑する。その気になれば崩れかけた瓦礫の塊など片手で消し去ってしまえるが、今夜は少し気分が良かった。真実の王は寛大である。埃一つ被っていなかった玉座に免じて愚民どもに猶予をやろう。
 さあ、この静寂に終焉を。
 偽りを罪と知らぬ哀れな者たちに、最後の復讐を。


2010/09/26


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