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novel
似せ紫の嘘を叫べ


 話がある、などと生真面目な顔で物陰に誘い込まれた刹那、頭で考えるよりも先に動いたのはスクアーロの右手だった。仕込み火薬の残り弾数を確認し、チッと密かに舌打ちする。
 それでも反射的に剣を振り上げなかっただけまだマシというものだ。3日間の徹夜任務明けで判断力が鈍っていたというせいもある。訝しげな表情に不信感をべったり貼り重ね、心持ち身体まで引き気味にして安全な石壁に背を預けてから、スクアーロは心底面倒臭そうに聞いた。
「何の用だぁ?…レヴィ」
 帰還したスクアーロを待ち構えていたように呼び止め、わざわざ人気のない廊下へと連れて来たのはレヴィの方だ。その様子がやけに真剣だったから、なけなしの義理をかき集めこうして話し出すのを待ってやっている。だが当のレヴィはさっきからうろうろと視線をさ迷わせるばかりで、何か言いかけては躊躇うように口を閉ざしまた開く動作を延々繰り返していた。
「話があるなら早く言え」
 金魚よりはナマズに似てるな、などと下らないことをぼんやり思いつつ、これが最後だと言わんばかりにこちらから水を向けてやる。チラリとスクアーロを見たレヴィが吐きかけた溜息を引っ込め、ようやく躊躇いがちに話し始めた。
「…スクアーロ、貴様、今年でいくつになった」
「はぁぁぁ?いきなりなんだぁ!?」
「いいから答えろ!」
「あー…次の誕生日で30だったな、確か」
「やはりそうか」
 一人納得したように何度も頷くレヴィにげんなりしつつ、だからどうしたぁ、と話の続きを促す。
「その、つまりだ…そろそろ良いのではないか?」
「なにが?」
「ボスのご意志とはいえ、いつまでもこのままというわけにはいかんだろう」
「だからなにがだぁ?」
「貴様もいい加減に立場というものを弁えろ」
「う゛お゛ぉい!言いたいことがあるならはっきり言えぇ!」
 ここでまたもや言い渋るレヴィに声を荒げたスクアーロは、次の瞬間、自身でも思いがけず酷く間の抜けた阿呆面を晒す羽目になった。
「だから!そろそろお褥を辞退したらどうだと言っているのだ!」
「…………………………………………は?」
 オシトネヲジタイという言葉が日本語だと気付くのに数秒、更にその単語の意味を知識の奥底から引っ張り出してくるまで十数秒掛かった。
「…レヴィ、お前……」
「な、なんだ?」
「…本物の馬鹿なんじゃねぇのか」
「なっ!!」
 思わず疲れたように投げた視線は、憐憫を込めたものになってしまっていただろう。どこぞの暴君を真似てフンと鼻先で笑い飛ばし、スクアーロはひらひらと片手を振った。
「んなこと、オレが決められるもんじゃねぇだろうがぁ!元々あいつの気紛れから始まったもんだ。オレに選択権なんかねぇ」
「だが貴様はボスをあい、あい…愛しているのではないのかっ!?」
 悲鳴にも似たレヴィの叫びが無人の廊下に響き渡る。
 とうに三十路を越えた男と間もなく三十路を迎えようとしている男が二人、暗殺部隊本部の片隅で何やってるんだろう。
 ちらりとそんな考えが脳裏を過ぎったが、顔を真っ赤にして怒鳴るレヴィはこれでも大真面目らしいので、スクアーロはせめてもの情けに茶化すのをやめてやることにした。
「ボスとて長年貴様に目を掛けておられるのだ。言葉に出さなくとも、貴様には情のようなものがおありなのだろう」
 とはいえ、苦虫を百匹ぐらい噛み潰したような顔で唸るように吐き捨てたレヴィの心境まで慮ってやる気はさらさらない。呆れたように深く溜息を吐き出し、スクアーロは片手でこめかみを押さえた。
「…あのなぁレヴィ、オレとボスには最初からそんなもん、」
 途中まで言いかけ、スクアーロはその気配に気付いた。足音どころか暗殺者でも感じ取れないほど極限にまで潜められた気配。だが、どんなに意識しても消しきれない憤怒の波動がこちらへと近付いてくる。
 ニヤリと笑ってスクアーロは言った。
「なんなら本人に聞いてみるかぁ?」
「なに?」
「なぁ、ボスさんよぉ!」
「ぬおっ!ボ、ボス、いつの間にこちらへ!」
 浮気現場を見られた夫でもあるまいし、しどろもどろになって焦り出すレヴィをひらりとかわして、スクアーロはザンザスの行く道を塞いだ。
「…てめー、何のつもりだ」
「まぁ待て。オレの話はすぐに終わる」
「どけ、邪魔だ。殺すぞ」
「ハッ!聞いたかレヴィ!これのどこが愛してる相手に言うセリフだぁ!?」
「なに?」
「レヴィのやつがなぁ。オレはお前を愛してて、お前はオレに情が移ったんだと」
「かっ消す」
「だよなぁ!」
「死ね」
「ってオレかよ!」
 ひとしきり怒鳴りおいてから、スクアーロはククッと小さく笑って肩越しに振り返った。
「ほらな、レヴィ。オレたちなんかに、」
「気色悪い寝言言ってんじゃねえ。こんなドカス相手に、」
「「愛なんてねぇよ」」


 がっくりと肩を落として去って行くレヴィの後ろ姿に、スクアーロは軽く小首を傾げた。
「結局何がしたかったんだぁ?あいつ」
「放っておけ」
 言うなり、ぐっと伸びてきたザンザスの右手がスクアーロの顔面を押し潰す。
「ぐあ゛っ!」
 そのまま壁に後頭部を激突させられて、翳った視界に眩い火花が散った。じんじんと鈍い痛みを感じながらも、スクアーロは広い掌の下で押し殺した笑いを隠すのに必死だった。
 人より少し熱い男の手に冷たい無機の左手を重ね、目元を覆うように更に強く押し付ける。唇にからかうような色を乗せ、口端を歪めて笑ってみせる。
「なぁ、ザンザス」
「…なんだ」
「アイシテルぜぇ」
「……死ね、ドカス」


 暗い暗い世界の奥底に、知らないうちに紛れ込んだ不思議な魔物。
 逃げ出さないように、零れ落ちないように、蓋を閉じて鍵を掛けて鎖で縛ってしまえば。
 もうずっと、気が付かない。


Fine.


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