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novel
弁柄色の錆を曝せ


 薄暗い店内に夥しい数の刃物が所狭しと並べられている。そこらの家庭で使われていそうな普通の包丁から、刃を潰した鑑賞用の刀剣まで、扱いは実に多種多様だ。
 剥き身の命を晒しているような、ピリピリと肌に染み入るようなこの緊張感は嫌いではない。むしろ、これでもかと言わんばかりにすっきり晴れ上がった外より、こちらの方が落ち着くくらいだ。
 ケースに収められた儀式用の短剣を物珍しそうに眺めていたスクアーロは、カウンター脇に無造作に置かれた一振りに目を留めた。錆の浮いた柄に思わず手を伸ばしてしまったのは、抗えぬ剣士としての性というものだろう。
 半月型に湾曲した刀身を持つそれは、ショーテルと呼ばれる長剣の一種だった。随分昔に使い手と戦った覚えはあるが、自身の戦闘で試してみたことはない。扱い難く場合を選ぶものの、身体の回転に巧く体重を乗せればかなりの攻撃力が期待できると聞く。
 重心を探るように数度軽く振ってみてから、スクアーロは強く床を蹴って見えぬ敵の懐に踏み込んだ。腕を振り上げざま上体ごと捻り、横一閃で首を撥ねる。
 いつもの癖で有りもしない血糊を払うと、ヒュウッと感嘆の口笛が聞こえてきた。
「相変わらず鮮やかな身のこなしだ。型もなにもみんな無視しているくせに、まったく隙がありゃしない」
 とんでもない男だな、と苦笑したのは、スクアーロがヴァリアーに入隊した頃からもう10年以上の付き合いになる刃物屋の主人だった。
「はいよ、研磨材と仕込み火薬。火薬はまけてやるから、たまにはうちに研ぎに出しな」
「おう、いつも悪ぃな」
 ずっしりと重い紙袋を受け取って、スクアーロは手にしていた長剣をカウンターの上に戻した。
「ショーテルとは珍しいな。研ぎか?」
「いや、昨日たまたま入ってきたんだが、既にもうこんな状態でな」
 渋い顔で唸る店主の視線は、ところどころ赤錆に塗れた剥き出しの刀身に注がれている。
 没落貴族の屋敷から見つかったというそれは、アフリカの王族が所有していた由緒ある逸品らしい。だが弓月にも似たかつての輝きは見る影もなく、美しかった銀色は褐色の皮膜に浸蝕されている。これでは骨董品としての価値も低そうだ。
「手入れもできねぇくせに見栄張りやがって。剣を飾りとしか思ってねぇ腐れ貴族が」
 研ぎ師でもある店主の言葉は容赦がない。気持ちは分からないでもないと、スクアーロは無言で苦笑を返した。
「良ければ持ってくか?ただ飾られて見世物にされるよりは、あんたみたいな剣士の手に渡った方がコイツも幸せだろ」
 それなりに使えるようにはしてやるぜ、と続けた店主にスクアーロは緩く首を振った。
「やめとくぜぇ。コイツの戦闘スタイルはオレの剣技に合わねぇからな」
 湾曲した刀身は、戦場に於いて敵の首を突き、斬り落とすのには最良の武器だ。だが、隠密行動を第一とする暗殺任務にはあまり適していない。
「そうか」
 と短く答えた店主はそれ以上強く勧めてこなかった。こちらの素性を明かしたことはないが、マフィア関係者であることは薄々感づいているのだろう。裏社会の人間相手に商売をするなら、引き際の見極めが最も重要になる。
 だからこそ、これほど長い付き合いが続いてもこの男を殺さずに済んでいる。
 代金を支払っていると、唐突に店主がくつくつと笑い出した。
「あの男、また来てるな」
「あ?」
 ひそめた声で言われ、さりげなく指差された方を振り向く。
「ザ…!」
 危うく名前を叫びそうになって、スクアーロは口を開けたまま呼吸ごと飲み下した。
 店の外、ひさしもない晴天の下に、黒スーツ黒靴黒サングラスで固めたどう贔屓目に見ても堅気には見えない物騒かつ剣呑かつ邪悪な雰囲気を漂わせた黒髪の男が立っている。
「あいつなんでこんなとこにいんだぁ!?」
 スクアーロにしては控え目な声で叫ぶと、店主が可笑しそうに笑う。
「懐かしいな。二人ともあの頃と全然変わらないじゃないか」
「あ゛?んだぁそりゃ、いつの話だ」
「覚えてないのか。もう10年以上前、あんたがうちの店に初めて来た頃か」
 研ぎに出した剣を引き取りに来て、帰る間際に表を見たら、いつの間にかそこに男が迎えに来ていて。
「あの時と同じ彼だろ」
 あんなに迫力のある男、一度見たら忘れられないからな。と笑う店主は、まさかその男がマフィア界の重鎮ボンゴレ9代目の息子で、暗殺部隊ヴァリアーを取り仕切るボスだとは夢にも思っていないだろう。
 店先を通り掛かった子連れの女が、ザンザスを見るなり慌てて子供を抱え逃げ出したのを見て、スクアーロは思わず溜息をついた。
「別にあいつはオレを迎えに来たわけじゃねぇ」
 そんなことが起こるのは大地震の兆しか世界恐慌の前触れか。
「なんだ、待ち合わせでもしてたのか」
「もっとねぇよ!」
 むきになって食って掛かるスクアーロに、店主はまた笑った。
「どっちでもいいが、あんたの知り合いならさっさと連れて帰ってくれ。あれじゃ近所中に営業妨害だ」
 拗ねた子供のように唇をひん曲げ、だが店主の言い分はもっともなので、スクアーロは憤然と肩をいからせ店を出た。


「う゛お゛ぉい!てめぇこんなとこで何してやがる!」
 突如響き渡った怒声に、ザンザスの登場でビビりまくっていた周囲が更にドン引きしたのが分かった。
 だが、今のスクアーロにそんな些細なことを気にする余裕はない。
「あ?どこへ行こうとオレの勝手だろうが」
 案の定というかなんというか、予想と一言一句違わぬセリフが返ってきて、スクアーロはその場で頭を抱えたくなった。
 イビリも嫌がらせも慣れるには十分過ぎるほどの付き合いだから、今更どうこう言うつもりはない。だが、
「護衛はどうしたぁ!」
「必要ねぇ」
 それもまた、予想通りの答えだ。
 この男に護衛など必要ないのは重々承知している。しかし問題はそこではなくてザンザスの立場というかボスの自覚というかそろそろ30歳にもなるんだから部下の苦労も考えて…。
 とそこまで思案して、スクアーロはふと蘇った記憶の残像に「あ」と小さく声を上げた。
 店主が言っていた。以前にも同じようなことがあったと。
 あの頃の自分はまだヴァリアーに入ったばかりで、ザンザスという男の本質も抱えた闇の正体も知らず、ただその背中を追い掛けることだけを考え走っていた。
 今も自身の根底は変わらない。ただ年を重ね、身長が伸びて世界が広がった分、目に見えるものが増えただけだ。
 例えば、眉間に深い皺を刻み、どす黒いオーラを垂れ流して唇を引き結んだ男の表情が、記憶のそれと同じであること。当時の自分なら、これを不機嫌と捉え身を引いたはずだ。
 だが、今なら分かる。今なら、いつもより少し落ち気味の瞼や、頬に落ちる疲労の影に気付くことが出来る。
 そういえば最近書類仕事ばかりで、任務もザコ部下に任せきりだったな、と思い起こし、スクアーロは何気ない口調を装って言った。
「来ちまったもんは仕方ねぇ。どうせお前も昼飯まだだろ?」
「ハッ、てめーと同じものをこのオレに食えってのか」
「おう、たまにはシモジモの飯を味わえクソボス」
 ケッと口汚く吐き捨て、先に立って歩き出す。
 しばらくしてから渋々という感じで後ろをついて来る気配に、スクアーロは必死で笑いを噛み殺した。
 ここで声を立てたりしたら、確実にかっ消される。
 だが、昔には無かったこの距離を、今は心地好いとさえ思えるから不思議だ。
 剣たる自分の居場所は、この男の手の中にあるのかもしれないと。
 そんな戯言を言ったら、またあの店主に笑われてしまうだろうか。


Fine.


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