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novel
granato perdente†


「まだ死なねぇのか、ドカス」
「生憎とそう簡単にくたばるつもりはねぇからなぁ!」
 ちょうど側を通り掛かった給仕人がぎょっとしたようにこちらを振り返った。
 物問いたげな顔をジロリと睨み上げると、ひっと潰れた悲鳴を上げてそそくさと逃げて行く。それを見た周囲の客が抑え切れぬ好奇心にひそひそと囁き始めると、スクアーロはあからさまに眉を顰めて音高く舌打ちした。
「お前こそ、今日は個室にしろって騒がねぇじゃねぇか、ボス」
 普段ならば五ツ星に超と高級が付くような店にしか入らない暴君が、今日に限って選んだのは何故か場末の小さなレストランだった。
 ただでさえ狭苦しい店内に目立つ男が二人連れ、不遜な黒と剣呑な銀のコントラストは否が応にも目を惹く。
 些かの皮肉と恨みを込めてスクアーロが言うと、ザンザスはいっそ清々しくらいに堂々とのたまった。
「余興には観客も必要だ」
「う゛お゛ぉい!やっぱそういう腹かぁ!」
 思わず反射的に立ち上がりかけた瞬間、とろりと沸き上がった下肢の感触にスクアーロはピタリと動きを止めた。
「…ハッ、残念だったなぁ。オレはそれほど安くねぇ」
 言いつつグラスに手を伸ばしながら、腰の動きが不自然に見えぬよう、さり気なく椅子に座り直す。
 こちらの反応を肴に酒を楽む気らしいザンザスは、出された料理に手も付けずゆったり長期戦の構えだ。
 出掛けに交わされた会話を思い出して、スクアーロはギリリと奥歯を噛み締めた。


 緩く弧を描いて飛んできたそれは、グラスや花瓶などよりもずっと小さく、一見すると小さな香水瓶のようにも思えた。ぱしっと軽い衝撃を右手に収め、窓に翳して中身を透かし見る。
「んだぁ、こいつはぁ?」
 つるりと透明なアンプルには無色透明の液体が封入されていた。ゆらゆらと右手を揺らしながら訝しむスクアーロに、それを投げた男が端的に命じる。
「飲め」
「おう」
 頷くなりポキッと頭部を折り捨て、躊躇いもせずに正体不明の液体を呷る。あまりにあっさりとしたスクアーロの態度は、命じた本人の方こそ意外だったらしい。
「…真性の馬鹿だな、てめーは」
「あ゛?」
 かすかに甘みのある液体が喉奥を滑り落ちていく。ご丁寧に唇の端に垂れた雫まで舐め取って、スクアーロはきょとんとザンザスを見た。
「そいつが毒だったらどうするつもりだ」
「そりゃ最悪死ぬんじゃねぇか?」
「馬鹿のカスには同情の余地もねえ」
「お前が飲めっつったんだろうが!」
 空になった小瓶をガシャンと床に叩きつけてから、スクアーロは世間話でもするように、で?と尋ねた。
「結局なんの毒だったんだぁ?」
「毒じゃねえ。媚薬だ」
「そうか」
「闇ルートで取引されてる新種の覚せい剤だが、一定量以上服用すると死ぬらしい」
「ほぅ」
「致死量は今調べてる」
「オレの身体で?」
「珍しく物分りがいいじゃねえか、ドカス」
「クソボスとは長ぇ付き合いだからなぁ!」
 硬く拳を握り締め、薄く青みを帯びた白目に血管まで浮き上がらせて、スクアーロはザンザスをカッと睨み据えた。それをさらりと受け流して、男が言う。
「てめーの顔は見飽きた。せいぜい苦しんで死ね」
 最期はオレが看取ってやる、とはどこかのボス狂信者なら泣いて喜びそうな台詞だが、ニヤリとつり上がった唇は死神の鎌そのもの。
 更におぞましく腹立たしいのは、致死量に近いという媚薬の効果が、この時のスクアーロの予想を遥かに超えていたことだった。


「…っ」
 指一本、筋の一筋を動かす度に、限界まで張り詰めた自身からとくりと先走りが漏れる。濡れて湿った下着は既にねっとりと皮膚に張り付いていて、気持ち悪いことこの上ない。かろうじてジャケットの裾に隠れているが、膨らんだ前立てにはもう淫らな染みが出来ていることだろう。
 ともすれば喘ぎにも似た吐息さえ零れてしまいそうで、スクアーロは肩を動かさぬよう深く息を吸い込んだ。
「フン、ずいぶん耐えるじゃねえか」
 聞きようによっては感嘆とも取れる声でザンザスが言う。
「このくらい、どうということはねぇ」
 ついでに肩まで竦めながらさらりと言ってのけ、スクアーロは震えそうになる指を叱咤してナイフを操り並んだ料理を口に放り込んだ。もはや味など分かっていない。ここまできたら後はどこまで意地を張り通せるかの勝負だ。
 見定めるようにスクアーロの一挙手一投足を眺めていたザンザスが、不意にすっと視線を外し、カトラリーを手に取った。
 思い通りの結果を見込めない遊戯に飽きたのだろうかと、ちらりと上目遣いに様子を窺う。
 手付かずのまま放置されていた塊肉は、すっかり冷めて脂が浮き始めていた。普段なら絶対口にしないであろうそれがこの男には酷く不釣合いで、手持ち無沙汰に肉を切り分ける指先は場違いなくらいに洗練されている。
 どことなくつまらなそうに不満を湛えた口元が、酔狂もこれ限りだと言わんばかりに薄く開く。
 身の内に滾る憤怒の炎を宿すのと同じ指が、高貴なる王の風格を持つ指先が、安っぽい肉の欠片を口元へと運ぶ。
 赤く濡れた唇の隙間から、見目良く並んだ白い歯が覗いた。
 数度咀嚼し、飲み込む。
 流し込むようにワインを呷った喉元が、こくりと大きく上下する。
「っ!」
 カッと一気に体温が数度上がり、スクアーロは思わず立ち上がっていた。勢い余った椅子が派手な音を立てて倒れる。周囲が驚いたように振り返ったが、気にしている余裕はない。
 ザンザスが微かに身じろいだ気配を感じ取った瞬間、スクアーロは片手で顔を覆い、猛然と店の奥へ駆け込んでいた。


 手洗所の表示に身体をぶつけるようにして扉を押し開き、個室に飛び込んで後ろ手に鍵を閉める。
 どくどくと鼓膜を叩く振動が頭蓋骨にまで響いていた。振り払うようにぶんぶんと頭を振ると、翻った髪先がぺしりと冷たく頬を叩く。媚薬に煽られた熱と相まって、かつてないくらいに身体の奥が熱かった。
「嘘だろ…」
 恐る恐る触れた下肢は、先ほどまでとは比べ物にならないほどぐっしょりと濡れている。イったのだという自覚は後からついてきた。
 媚薬による下地があったことは言い訳にならない。致死量だろうとなんだろうと、自分はヴァリアー所属の暗殺者なのだ。ある程度毒や薬には耐性を持っているし、しぶとさには誰より自信がある。媚薬による安易な快楽などにこの身が屈するはずはなかった。
 …それが、あの男の前ではあっさり崩壊した。
 カトラリーを操る武骨な指先に、しっとり濡れた赤い唇に、男らしく隆起した喉仏に。
 …欲情した。
「う゛お゛ぉぉい…ねぇだろ。それはさすがにねぇだろぉ…!」
 やり場のない羞恥に、スクアーロは頭を抱えてずるずるとうずくまった。
 情けないを通り越してちょっぴり泣きそうな気分を味わっていると、更なる追い討ちを掛ける足音が聞こえてくる。
「おい」
 キィと軋んだ音と共に流れ込んできたのは、今最も感じたくない男の気配。
 物音一つ立てたら終わりのような気がして、とどめの瞬間を引き伸ばすべく、スクアーロは全身全霊で気配を殺し息を潜めた。
「開けろ」
 スクアーロが隠れている個室の前で、ぴたりと足音が止まる。
 バレていることなど百も承知で返事をせずにいると、静かな声が重ねて言った。
「ここを開けろ、ドカス」
 普段ならドアを蹴破るくらいはするくせに、勝ち誇ったようなその余裕がますます憎たらしい。クソッタレと口の中で罵って、スクアーロはガチャッと乱暴に鍵を開けた。
 ザンザスが、笑う。
 捕らえた獲物をいたぶるようにゆっくりと、思わず拍手したくなるほど極上にサディスティックで凶悪な笑みが形作られる。
「オレの勝ちだ」


 そこに座れ、と示されたのは洗面台の上だった。ちょうどドアのすぐ横で、人が入ってきたら隠れようもない位置。
「誰か来たらどうすんだぁ!」
 と叫んだ文句に、
「見せてやれ」
 と返されたのは予想の範疇だったが、「孔はてめーで開け」と言われたのには快諾しかねた。
「ザンザ、」
「早くしろ」
 勝者の強みか、男の命令には容赦も慈悲もない。そう思いかけて、いつもと同じじゃねぇかとスクアーロは諦めたようにベルトに手を掛けた。
 媚薬に散々煽られた身体はおこりのように震えていて指が上手く動かない。その間もザンザスの視線はじっと自分を見据えたままで、居た堪れなさにますます動きが鈍った。
 ようやく金具を外し、みっともないよりはマシだと下着も靴下もまとめて脱ぎ捨ててしまう。さっき吐き出した蜜と先走りのせいで、ぐちゃぐちゃに濡れた下着が重たい音を立てて床に落ちた。
 チラリと見下ろした自身はしっかりと固く勃ち上がったままだ。媚薬のせいで過敏になっている身体には空気に触れる微弱な刺激さえも快感で、スクアーロはくっと短く息を詰めた。
「なんだこのザマは。口ほどにもねえ」
 ドロドロに濡れそぼった下肢をみやって、わざとらしく片眉を上げザンザスが冷笑する。返す言葉がないのが悔しい。
 唇を噛み締めながら渋々腰を下ろすと、ひやりと冷たい感触に火照った身体が一瞬怯んだ。抱え込むように片膝を曲げて踵を洗面台に乗せ、心持ち膝を開く。狭い場所ではこれが限界で、伺うようにザンザスを見上げると面倒臭そうにくいっと顎をしゃくられた。
 …覚えてろよチクショウ。
 心の中で毒づくと、聞こえたはずもないのにククッと低く笑われる。
「カスが。身の程を弁えろ」
「う゛あっ!」
 こんな媚薬如き、と先刻の舐めた態度を罰するように、切なげに震えていたスクアーロの花茎をザンザスが無造作に掴む。ずきりと激しい痛みが身体の芯を貫いた後は、爪先が掠めたほんの一擦りで足りた。
「あっ、あ、あ…あー…」
 何とか耐えようと太腿を突っ張るが、片足を上げた不安定な体勢では上手く力を込められない。あまりに情けなくて、諦めに上がる声も意図せずか細いものになった。とくりと吹き上がった白濁が側面を伝い、だらだらとザンザスの手を濡らす。
「早いな」
 節操のなさに呆れたのか、ザンザスがすっと不愉快そうに片目を眇めた。
「…ク、ソッ…」
 はっはっと継ぐスクアーロの息が荒い。
 一度吐き出せば引くはずの熱は、じりじりと燻る媚薬のせいで早くも下肢に集まり始めていた。終わったはずなのにまた次の波がくる。あと何度繰り返せば解放されるか分からない、淫地獄に目の前が白く眩んだ。
「中はどうだ。濡れてんのか?」
 スクアーロの淫らさをあげつらうように問うザンザスの声もどこか苛立たしげに聞こえる。
「ん゛ぁ…っ!」
 開いて見せろと言ったくせに、ザンザスは焦れたように性急な動作で奥まった蕾へと指を差し入れてきた。スクアーロの蜜液で多少濡れてはいるが、いきなり太い指を突き入れられて痛みを感じないわけがない。
 だが、節くれ立った関節を一息に呑み込んでしまうと、スクアーロはひっと声を上げて仰け反った。勢いよく反らしたせいで、後ろの鏡にゴツンと頭がぶつかる。
「や…っ、な…んだ、これ…」
 後孔にザンザスの指を咥え込んだまま、スクアーロは上半身をくねらせて苦しげにもがいた。身じろぐたび頭や背中があちこちにぶつかるが、些細な痛みは神経を伝わる前に強烈な快感で掻き消されてしまう。
「あっ、あ、…んん…っ、あ…」
 虐げられたはずの内壁は勝手に侵入者を歓迎し、捕らえたザンザスの指を美味しそうにぎちぎちと締め付けていた。指先に宿る体温、武骨な関節の形、指紋の模様さえ覚えようとするかのように、ざわざわと蠢いてはさらに奥へ引き込もうとする。
 スクアーロの反応を無言で見ていたザンザスが、確かめるようにぐっと深く指を突き入れてきた。
「あぅっ…!んぁっ…は…ぁ」
 鏡に背を預け気持ち良さそうに甘く鳴いたスクアーロが、うっとりと目を閉じてぎこちなく腰を揺らす。狭い洗面台の上では動きにくいのか、足りない分を埋めようとするかのように、蕾の入口がきゅうっときつく喰い締まった。
「ふ、ぁ…っ!」
 綺麗に整えられた爪が中の一点を掠めた瞬間、えもいわれぬ快感がぞわりと背筋を這い登り、スクアーロは瞬く間に次の蜜を吹き上げていた。さすがに3度目ともなれば量も少ない。
 ぷつぷつと盛り上がるように垂れた白濁を見下ろし、ザンザスは酷く不機嫌そうに吐き捨てた。
「指一本でイきやがった。ド淫乱」
「…っ、は…ぁ…」
 言い返したいのに、立て続けにイカされた疲労で喘ぎと掠れ声しか出てこない。
「だ、れの…せい、で…っ」
 途切れとぎれに言い繋いで、スクアーロはとろんと濡れた目でザンザスを睨んだ。
「…そんなに媚薬はよかったか」
 ぐっと低められたザンザスの声がぞくりと腹の底に響く。その刺激は下半身に直結していて、襞が武骨な指を喰い締める度、びくんびくんと勝手に腰が跳ねた。
 自身の反応を意識して黙殺し、スクアーロはザンザスの指を咥え込んだそこに、震える自分の指をあてがった。
 たらたらと零れていた薄い白濁を絡め、きつく絞まった孔を緩めるように、入口に爪を掛けてぐいっと引き伸ばす。
「たまには…っ、悪くねぇ、かもなぁ」
 ニタリと下卑た笑みを浮かべてみせると、汚らわしいと言わんばかりにザンザスの眉間に深い皺が刻まれた。
 …それを見て、少しほっとする。
 けど、と濡れた手を伸ばし、スクアーロはザンザスの下肢にそっと触れた。きつそうにズボンを押し上げていた灼熱が、手の下で一層固く張りつめる。
「ぶっといのでぐちゅぐちゅに掻き回して貰わねぇと、これ以上はイけねぇらしい」
 わざと卑猥な言葉を選び、縋るように名を呼ぶと、一瞬目を細めたザンザスがフンと嘲笑した。
 興に乗る気になったのか、スクアーロの手を払いのけ、立てた膝を一層押し広げてくる。
 そうだ。これでいい。
 これで全部薬のせいに出来る。
「そんなに欲しいなら、次は量を倍にして試してやる」
「ハッ、それで殺れるもんならなぁ!」
 言い返す言葉も、ザンザスには負け惜しみにしか聞こえていないだろう。
 …真実を知られるくらいなら、その方がずっとマシだ。
「オレにトドメを刺したいなら、お前のそいつで殺ってみろぉ」
 ひたりと押しあてられた熱塊を自ら迎え入れるように、スクアーロはゆらりと腰をくねらせた。


 往生際が悪いと、嗤いたければ嗤え。
 挑む戦いに勝機はなく、唯一の前では常に敗者なのだと思い知らされても。
 永劫、隠し通してやる。

 この浅ましい、欲情の在処を。


Fine.


雅様に捧げますw
ありがとうございました!


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