novel
■mezzaluna calendola†
似ていると思った。
弓に準えた鋭利な弧光。一面の黒を穢す銀の裂傷。
闇空に浮かぶあの三日月に、この生き物は酷く似ている。
ねっとりと手に纏わり付く白濁の感触に眉を潜め、ザンザスは見下ろす背中を厭わしげに睨み付けた。不遜にもこの手を汚した張本人は、いまだ絶頂の余韻に浸って細い肩を上下させている。
肌のあちこちに散らばった真新しい鬱血は、今夜スクアーロが拒絶の言葉を口にした回数と同じだ。普段なら嗜虐心を煽り、ザンザスの支配欲を満たす些細な抵抗も、今は何故か不快感をそそるものでしかなかった。
途中でそれに気付いたのか、スクアーロは諦めたように抵抗をやめたが、カスのくせに浅知恵を働かせたその態度はもっと気に入らなかった。
濡れた指先でスクアーロの唇をなぞると、青臭いそれの正体に気付いたスクアーロがカッと頬を染める。
「やめ…」
子供がいやいやをするように、力なく首を振ったその仕草に大した意味などなかったのだろう。だが、ふと瞬間的な怒りが込み上げ、ザンザスは埋め込んでいた自身を一気に引き抜いた。
「んあ゛あぁっ!」
途端くずおれそうになる尻を乾いた方の手で容赦なく打つ。高く腰を掲げたままびくりと身体を跳ねさせ、スクアーロは抱え込んだ枕に呻き声を染み込ませた。
だがそれきり興味を失ったように、ザンザスがスクアーロの身体を離す。緩めた前立てを戻し、ベルトも締め直してしまう。
「……?ザンザ、」
金属音でそれに気付いたのか、訝しげに眉を顰めて振り返ろうとしたスクアーロの頭を、ザンザスは慣れた所作で枕に押さえつけた。柔らかな枕は空気の通り道をぴっちりと埋め尽くし、生きる術を奪う。酸素を得ようと必死でもがく姿を堪能してから、ザンザスはようやく手を離した。
「ごほっ!が…はっ、げほごほっ!てめぇ…っ!」
むせつつ振り返って咬みつきかけたスクアーロが、不意にさっと顔色を変えて口を閉ざした。見下ろす紅瞳から一切の表情を消したザンザスが、全身から噴き出すほどの怒気を纏わせていることを、敏感に感じ取ったのだろう。
だが、ウロウロと視線を彷徨わせているところを見ると、その理由には全く思い至らないらしい。
「ドカスが」
ああ、そうだ。人間のくせに鮫より小さい脳みそしか持ち合わせていないこいつには、どうせ何一つ分からない。
ちらりとザンザスの下肢を見下ろし、スクアーロは諦めたように溜息をついてごろりと仰向けに寝返りを打った。今夜の行為はもう終わりだと思ったらしく、ぐしゃぐしゃになったシーツを引き上げて今更のように剥き出しの下肢を覆う。
無様に濡れそぼった部分が隠されてしまうと、白く透き通った肌にしなやかな銀髪だけ纏ったスクアーロは驚くほど清廉な存在に見えた。胸元を埋め尽くす無惨な鬱血でさえ、振り散らばった花弁のように見える。
どこか愕然として、ザンザスはスクアーロを見下ろした。
こんな…こんなことがあってはならない。
こいつは自分と同じ持たざる者であるはずだ。欠けた左手には剣を、銀の瞳には偶像を、空疎な心には渇望を。
持たぬが故に誰よりも薄汚い血に塗れ、積み上げた屍を踏み進んで飢えた獣のように生きる。そうでなければ許さない。
「…淫売の分際で」
「あ?」
低めた声が聞こえなかったらしく、スクアーロが無防備なアホ面を晒してザンザスを見上げてくる。
少し開き気味のこの唇に今すぐ猛った自身を捻じ込んでやったら、どんな表情を見せるだろう。恐らく抵抗はするだろうが、最後の一線でこいつが自分を拒むことはない。悔しげに睨み返し、文句を撒き散らしつつも従うだろう。赤く柔らかな舌を醜悪な肉棒に絡みつかせ、眦に涙さえ浮かべてしゃぶりつく様が目に浮かぶ。
どこまで貶めたら、この清廉さは失われるのだろう。淫猥で浅ましく、取るに足らないつまらない存在に堕ちるのだろう。
「いつまでもてめーだけ綺麗でいられると思うな」
「はあぁ?お前さっきから何言って…」
訳が分からないと困惑の表情を浮かべるスクアーロを、ザンザスは酷く残酷な気分で眺めながら細い喉笛に手を掛けた。
虚空に浮かぶその存在は、いついかなるときも無遠慮に暗闇を引き裂き、図々しくも土足で他人の領内に踏み込んでくる。そして好き勝手に掻き乱しては消えて、再び何食わぬ顔で姿を現わす。
ただの引っ掻き傷。消えそうで消えない、じくじくといつまでも疼く傷。
それを不愉快と呼ばずして、なんと呼ぶのか。
似ていると思った。
夜空に煌々と輝く満月ではなく、引っ掻き傷のように小生意気な、あの三日月に。
刻まれた傷は消えない。
だからこの不愉快な疼きを、きっともう手離せない。
Fine.
伊藤様へ捧げますw
ありがとうございました!
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