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novel
rosa cremisi†


 猫目の瑣末な月光はとうに消え失せ、足元から這い登るような冷気が肌を撫で上げる。
 窮屈な上着を脱ぎ捨てて、スクアーロは冷え切ったベッドの端に腰を下ろした。この部屋に帰ってくるのは何週間振りだろう。私室とは名ばかりで、年中任務やら何やらに飛び回っている自分にはいつまで経っても馴染みがない。城に帰った時はこのベッドを使う機会が少ないのも、その一因だろうか。
 しかし今、殺風景なこの部屋に珍しく華やかな彩りが添えられている。
 粗末な新聞紙に包まれベッドサイドに放り出されたそれは、純白を鮮血で染め上げたような、深い紅色の薔薇だ。
 遡ること数時間前、任務を終え本部に帰還する途中だったスクアーロは、下町のはずれで花屋の露店を見かけた。いつもなら素通りするところ何気なく足を止めてしまったのは気紛れとしかいいようがない。
 そして、同じような外見をした数多くの薔薇の中でひときわ鮮やかに咲く一輪に目を留めた。だが色こそ美しいその花は、運搬中どこかにぶつけられたのか、花びらの幾つかを失い歪な形をしていた。
 気付いた店主が別の薔薇に取り替えようとするのを押しとどめ、スクアーロはその一輪が欲しいと言った。
 出会った瞬間、痛切に欲しいと思った。飢えた渇望に近いその感情はいつか味わった衝撃とどこか似ている。
 思ったとおり、仲間たちから引き離され唯一人攫われてきた花は、放り出され横たわっていてさえ、堂々たる姿を欠片も損なっていなかった。
 嬉しさに穏やかな笑みさえ浮かべて、スクアーロは小さな花弁をそっと撫でた。
 次の瞬間。
「お゛あっ!」
 こめかみを何かが掠めて、スクアーロは勢いよく仰け反った。カッと小気味良い音を立ててベッドヘッドに突き刺さったものは、ご丁寧にもキャップを外し、殺傷力を増幅させた万年筆だ。こんな物騒な真似をする人間をスクアーロは一人しか知らない。
「う゛お゛ぉい!あぶねぇだろうがこのクソボスがぁ!」
 万年筆を引き抜きざま床に叩き付けて、くわっと眼を血走らせる。
「てめーがボケたツラ晒してやがるからだ」
「あ゛あんっ!?」
 ザンザスの忌々しげな声音に、スクアーロは顔に疑問符を貼り付けて近付いてきた男を見上げた。だがその視線はスクアーロを見ていない。紅い瞳が傍らのサイドボードを見据えているのに気付き、スクアーロはカッと頬を染めた。
 血に酔った暗殺者の身でこんな花など似合わないと、どうせそう思っているのだろう。
「違ぇぞぉ!こいつはたまたま任務帰りに見つけただけで、別に深い意味は…」
「女でもできたか、カス」
「…あ?」
 思いがけない言葉に一瞬返答が遅れた。訝しげに眉を顰めるスクアーロの表情をどう読み取ったのか、ザンザスがすうっと両目を眇めてスクアーロを見下ろした。
「てめーに女を抱く余裕があったとはな。女の中に出すのは気持ちいいか?」
「お前なに言って…」
「ならその快感をてめーの身体にも味わわせてやる」
「ちょっ、待ちやがれ…!ザンザス!」
 スクアーロの声など耳に入れるのも不愉快だという様子で、いきなり伸びてきた男の腕がスクアーロの身体を押し倒し、シャツを胸元まで捲り上げる。剥きだしにされた肌のあちこちには、今回の長期任務に赴く前ザンザス自身によって余すところなく付けられた噛み跡が、まだうっすらと痕を残していた。
「フン。こいつの言い訳はどうやったんだ?カス。それともバレるのが怖くて、てめーは服を脱がなかったのか?」
「違うっつってんだろうが!人の話を聞きやがれ!…ん、くっ!」
 ザンザスの指が平らな胸の尖りを摘み上げる。くりくりと数回擦られただけで、ここしばらく欲望とは縁のなかった身体は、水を撒かれた砂漠のようにたちまち快感を拾い上げた。
「うあ゛っ!」
 反対側に顔を伏せたザンザスが、まだ柔らかい尖りに思い切り歯を立てる。ぷくりと浮き上がったそれにちろちろと舌を這わされると、明らかな快感が身体の中心を走った。
「ん…はぁ…っ」
 スクアーロとて若く健康な肉体を持つ男だ。忙しさにかまけここ数週間は単調な処理さえご無沙汰で、男のもたらす些細な快感は平生の何倍もの刺激となって下肢を疼かせる。
 はあっと熱い息を吐き出しながら、スクアーロは本能のまま自身へ手を伸ばした。固く締まったベルトを乱暴に緩め、下着の隙間から無理矢理手を突っ込む。たったこれだけの刺激で蜜を滴らせるほどに昂ぶっていたそこは、スクアーロの指が触れた途端びくりと跳ねて反り返った。引き出した自身が冷たい空気に晒されると、思わず鼻に掛かった心地良さそうな声まで漏れる。
「淫乱ザメが」
 その様子を眺めつつ好きにさせていたザンザスが、とどめを刺すように鋭い犬歯でギリッと新たな噛み痕を付けた。
「ぅく…っ」
 じんじんと疼く痛みにスクアーロが胸元を見下ろすと、ぷつりと立ち上がった尖りが綺麗な赤色に彩られている。その間も自身を扱く手は止められない。にちゃにちゃと先走りを絡め滑りの良くなった指筒を勢い良く上下させると、ビクンと勝手に腰が浮き上がった。
「てめー一人で気持ちよくなってんじゃねえ」
 一瞬身を起こしたザンザスが、何かを手に再び屈み込んでくる。ぼんやり熱い目を開いて見たそれは、スクアーロが買ってきたあの薔薇だった。
 快感を貪っていたスクアーロの手を無造作に跳ね除け、ザンザスが淫らな蜜にまみれたそれをぐっと上向かせる。男がもたらしてくれる新たな悦楽を期待して、スクアーロは小さく喉を鳴らし大胆に腰をくねらせた。
「あっ…、は…ぁ…ん」
 無骨な親指がぐりっと先端の小孔を抉る。切り込みを深くするようにごりごりと強くなぞられると、たまらない快感に太腿が震える。
「んぁっ…、あ…?」
 だがそれきり男の指が動きを止めてしまって、スクアーロは先を促すように物欲しげな声を洩らした。しかし、細長い薔薇の茎が自身の先端に向けられているのに気付き、さすがにぎょっとして身を起こす。
「てめっ、なにする気だぁ!」
「黙ってろ。手元が狂う」
 狂わなければ無事だとかそういう問題ではない。贈答用に短くカットされた薔薇の茎は根元こそ棘を切り落とされているが、その数センチ上には鋭く固い棘が残されたままなのだ。
「んなもん突っ込まれたら裂ける…っ!」
「当然だ。そのためにやってる」
「な゛っ!」
「てめーの血にまみれた挙句、出せねえ快感にもがき苦しめ」
「お、お前、冗談は…」
「オレが冗談を言ったことがあるか?」
 ぞっとするほど冷徹な声に、さすがのスクアーロもひっと息を呑んだ。
「や、やめ…」
 震える手で力なく止めた抵抗も虚しく、ぷつりと溢れた白濁を先端に絡め、細い茎が尿道口をくぐる。
「ひ…あ゛あ゛あああああっ!」
 狭い筒を押し開きずぶずぶと容赦なく突き込まれて、スクアーロは裂かれるような痛みに悲鳴を上げた。
 だが、男の望みはこれだけでは終わらない。
「あ゛…あ…っ、や……ひっ!」
 固い棘が入り口に引っ掛かり、一瞬ザンザスの動きが止まる。
「ザン、ザス…」
 未知の恐怖に唇を震わせ、スクアーロが縋るように男を見上げた。
 無愛想に引き結ばれていた唇が薄く開き、ゆっくりと弧を描く。
「…あ゛あ゛ああああああああ!!!!」
 ぐっと指先に力を込められた瞬間、これまで以上の激しい痛みが下肢を貫いて、スクアーロは割れんばかりの悲痛な叫びを迸らせた。仰け反った背中がぶるぶると震え、だらしなく開いた脚が思い出したようにびくん、びくんと跳ねている。
 固く鋭い棘は折れることなく入り口を潜り抜け、ザンザスがそれを出し入れさせる度、狭過ぎる内壁を引っ掻いていくつもの小さな傷を作った。その一つが血管を破ったのか、この期に及んでさえ萎えることのない自身から赤色に滲んだ白濁がぷくりと溢れた。
「おら、もう一度だ」
 残酷にそう言い放ったザンザスが細杭を一層深く突き込み、次の棘を示して見せる。
 絶望の渕でその声を聞きながら、スクアーロはきつく唇を噛み締めた。


 目が覚めたとき、スクアーロはそこが夢なのか現なのか分からなかった。
 暗闇に沈んだ窓の外から微かに星明かりが漏れていて、ようやくそこが現実だと認識する。同時に先刻までの記憶がざっと一気に蘇った。
 身に付いた習性で気配を探るが、部屋の中に人の気配はない。ザンザスは自室へと戻ったらしい。
「…終わった、のか…?」
 思わずほっと吐息をついて、その瞬間ずきりと走った痛みにスクアーロは声にならない悲鳴を上げた。そこがどんな状態になっているのか想像するのも恐ろしいが、じくじくと傷む下肢をそのままには出来ない。
 歯を食い縛り渾身の力で身体を起こして、ベッドサイドのランプを点ける。
 恐る恐る確認したスクアーロ自身は、見た目には思ったほど酷い有様にはなっていない。だが、しばらくは排泄の度にこの世の終わりみたいな苦痛を味わう羽目になるだろう。
 う゛う…と低く唸って、スクアーロはバサリとベッドに倒れこんだ。
 すると、ふわりとこの場にそぐわない芳香が立ち上る。
 ハッとして目をやると、ちょうどスクアーロの足元に例の薔薇が転がっていた。男二人に蹂躙されたそれは可憐な花びらをほとんど散らし、淫らな液体にまみれて変色さえ始めていた。
 一時の栄華を極めて咲き誇り、命を全うして枯れ果てる。そんな花に当たり前の生さえ奪われてしまったこの薔薇は今何を思っているのだろう。
「いったい何が気に食わなかったんだぁ…?」
 スクアーロが考えるのはもちろんザンザスのことだ。酷く抱き潰されてボロボロにされるのはいつものことだが、今日はどうにも様子が違っていた。
 多分、おそらくだが、この薔薇を見てからあの男がおかしかった。
「なんつってたっけなぁ…。確か女がどうとか言ってたよな…」
 思い当たることなどさっぱりないスクアーロは、先刻の会話を途中まで反芻し、結局考えることを放棄した。ザンザスの気紛れに一々理由を求めていたら、時間がいくらあっても足りない。それに。
「こいつに責任を負わせたくねぇ」
 無惨に転がる薔薇を摘み上げ、ポツリと呟く。
 ランプの灯りに照らして見た薔薇は、もともと歪だった花びらを散らし、唯一目を惹いた鮮やかな紅色さえも失っている。
 だがそれでも。
 これほどの無様な姿を晒してさえも、この薔薇を美しいと感じてしまうのは何故だろう。
「……ハッ」
 否、その理由など、とうに分かりきっている。
 力なく自嘲して、スクアーロは残った花びらをぶちりと毟り取った。


 さあ艶やかに咲き誇れ。
 その鮮やかな血色を掲げ、何ものにも染まらぬ孤高の紅を貫け。
 声を嗄らし、喉を引き裂き。
 欠けた歪な渇望さえも、いっそ愛だと叫んでやろう。


Fine.


まりも様へ捧げますw
ありがとうございました!


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