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novel
金糸雀の声を聞け


 刹那に生きる暗殺者に家などと呼べるものがあるとしたら、扉を開けた瞬間に覚えた嗅覚の違和感を、数秒後に感じなくなる場所のことだろうか。
 今まさにその感覚を味わいながら、スクアーロはぐるりと談話室の中を見渡した。任務を終えた、もしくは暇を持て余した幹部連中がたむろしているはずの部屋には珍しくルッスーリア一人の姿しか見えなかった。
「う゛お゛ぉい!他の連中はどうしたぁ!」
「今日はみーんな任務で外に出てるわ。ベルちゃんとフランちゃんはもうすぐ戻ってくると思うけど」
 ヴァリアーきっての問題児二人の名を出され、スクアーロは顔を顰めた。
「チィッ!やかましくなる前にボスに報告してくるかぁ!」
「あ、待ってスクアーロ」
「あ゛?」
 キュッと捻った靴音を響かせてスクアーロが振り返る。
「ボスならシエスタ中よ。邪魔しちゃ悪いわ」
「シエスタだぁ!?ふざけてんのかてめぇ!」
「そうじゃなくて。私もさっき執務室に行ってきたんだけど、あんまり気持ち良さそうに寝てるから邪魔しないようにと思って出てきちゃったのよ」
 だから、ね?とやけに筋肉質の小首が傾げられる。
「あんのクソボス、オレには面倒ごと全部押し付けやがって自分はのうのうと…!」
 と途中まで言いかけ、スクアーロは訝しげに眉を顰めた。
「…お前ボスの部屋に入ったのかぁ?」
「ええ、入ったわよ。ノックしたのに返事がないから気になって、ドアを開けただけだけど」
「で、あの男は目を覚ますこともなくぐーすか寝てやがったと」
「ええ、たぶん」
「納得いかねぇええええ!!!」
 突然大声を上げたスクアーロにルッスーリアが驚く。
「ど、どうしたの?スク」
「どうしたもこうしたもねぇ!あいつ、オレが昼寝の邪魔した時は『うるせえ』とか『かっ消す』とか言ってグラスだの本だの投げ付けてきやがったくせに、他のやつにはお咎めなしかよ!」
「いやぁねぇなに言ってるのよ。そんなのいつものことじゃない」
「そもそも他人の気配にも気付かず寝こけてやがったってのが許せねぇ!オレには『暗殺者としての自覚が足りねえ。仕置きだ』とか言って明け方までムチャクチャしやがったくせに!」
「ちょ、ちょっとスクアーロ…」
「ハッ!こうなったらオレもやり返してやる!今からあのクソボスんとこに忍び込んで、居眠りしてやがるあいつの顔を指差して思いっきり笑ってやるぜぇえええ!!!」
「やめなさいったら、あなたには無…」
「う゛お゛ぉい!!!飛ばすぜぇええええ!!!!!」
 バァン!とドアを蹴り開けてスクアーロが飛び出して行く。
 その背中を見送りながらルッスーリアはやれやれと首を振った。
「分かってないわねぇ、あの子は…」
 あのボスが、他人の気配に気付かず眠りこけていることなど、あるはずがない。
 恐らく自分を含め他の者が咎められないのは、相手にすらされていないからなのだ。
 オレの邪魔をするなと、あの恐ろしいまでの無言の威圧に逆らえる者が他にいるだろうか。
 スクアーロの他に。
「スクアーロだけ、じゃなくて、スクアーロだから、なのよね」
 たとえ相手がどれほど気配を殺していても、気付かずにはいられない。
 無視をすることなど、出来はしない。
「まったく、子供ねぇ…」
 誰にともなく呟いて、ルッスーリアは遠くから聞こえてくるスクアーロの悲鳴にふふっと笑った。


Fine.


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