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novel
萌黄色の春を潰せ


 罅割れた石畳の上で落葉が風に翻弄されている。はぐれた一枚がズボンの裾に絡みつき、ザンザスはベンチに寝転がったまま邪魔臭そうにそれを踏み潰した。地面に投げ出した靴底でくしゃりと微かな断末魔が響く。
 城の裏手、鬱蒼と茂る森の中に佇む東屋は、人が訪れなくなってもう随分経つのだろう。石造りのベンチは長く冬の冷気を溜め込み、ようやく訪れた春の日差しを得てもひんやりと冷たい。見上げた天井はあちこち崩れて空の色を映し、既に屋根としての役割を果たしていなかった。
 だがここには、御曹司のご機嫌伺いに寄って来る連中も、口喧しく煩わしい幹部たちもいない。少し前にザンザスがこの場所を見つけたのは全くの偶然からだったが、他人の気配を排除し独りで考え事をするには絶好の隠れ家といえた。
 組んだ腕に頭を預け、ザンザスは見るともなく剥落した支柱の装飾を眺めた。
「う゛お゛ぉい!ここにいたのかぁ、御曹司!」
 突然ガサガサと木の葉の擦れる音がして、五月蝿さと鬱陶しさに於いては他の連中の群を抜く男がひょいと顔を出した。ちょうどザンザスの上に屈みこむような形になったその顔目掛け、眉一つ動かさず反射的に裏拳を打つ。
「おぶっ!」
 ごきりと鈍い感触と共に情けない悲鳴を上げ、スクアーロは鼻の頭を押さえてへなへなとうずくまった。ついでにその収まり悪く跳ねた銀髪を引っ掴んで地面に叩きつけてやろうかとも思ったが、起き上がるのも面倒なので無視することにする。
「あにしやがる、てめぇ!」
 濁点交じりの呻き声を漏らしつつ、スクアーロが情けない顔でこちらを見上げてくる。無視して答えずにいると、今度は何を思ったのかずりずりと這い寄って来る音が聞こえてきた。
 地面に座り込んだままベンチに背を預け、スクアーロはザンザスの足元に空いた隙間にこてんと頭を乗せた。ズボン越しに時折触れる柔らかな感触は、さっき収まりが悪いと評した銀髪だろうか。
「こんなとこにいていいのかよ。オッタビオが血相変えて探してたぜぇ」
「フン、興味ねえ」
 どうでもいいとばかりに素っ気なく答えると、スクアーロが肩を揺らしてくつくつと笑う。
「まぁあいつじゃ、一生掛かってもお前を見つけられねぇだろうけどなぁ」
 まるで自分ならば見つけられるとでも言いたげな口調だ。不愉快そうに片目を眇めてちらりと視線を下ろし、ザンザスは邪魔者の顔面に効果的な踵落としを食らわせる角度を計算した。
「消えろ。てめーはさっさと戻れ」
「あ?どこに?」
 と心底不思議そうに聞き返してきたスクアーロの間抜け面に、ザンザスは踵を振り下ろすタイミングを逃した。
「馬鹿かてめーは。城に決まってるだろうが」
「だってお前はここにいるじゃねぇか」
「だからどうした。オレがどこにいようとてめーには関係ねえ」
「あるだろ。お前がいるなら、ここはオレのいる場所だ」
 何を今更、と呆れたような表情で続けたスクアーロの顔面に、ザンザスは今度こそ容赦なく踵を振り下ろした。
「い゛っでええっ!鼻潰れるだろうがぁ!」
 土にまみれた汚い顔に涙まで溜めて、スクアーロがぎゃーぎゃーと喚き出す。指の間からたらりと赤い糸が垂れてきて、どうやら出血もしたらしい。慌てて鼻を押さえ上を向いたスクアーロの額を、ザンザスはベンチに寝転がったままぐりぐりと靴底で踏み潰した。
「てめっ、ふざけ…お゛、ごあ゛あああああ…っ!」
 先刻の落葉とは違ってやはり頭蓋骨は潰し甲斐がある。ボールを転がすようにごりごりと硬い骨の感触を弄びながら、ザンザスはふわと欠伸を噛み殺した。
 見上げた屋根の隙間から、いつの間にか暖かな春の日差しが差し込み始めていた。


Fine.


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あきゅろす。
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